そこにはいつも、彼女がいた
隊長に会おう。
そう思ったモノの、時間が無いのは確かだ。
今日だけで色々あった。
学校の終業式。
隊長の反乱報告。
鮎川って人の痕跡も探った。
真奈香が死んだ……
色々な場所を歩いた。
学校へのいつもの道。
グレネーダーへの今年から歩きだした道。
隊長に連れられて向ったお寺への道。
犯罪者二人の通った道を辿りもした。
三嘉凪さんたちの潜伏場所にも行ったし、止音君たちのたまり場にも行った。
午後からは本当に濃密な時間だった。
今にして思えばよく夕闇が迫る前にこれだけ動いたものだと思う。
それもこれも隊長を探すためだ。
その隊長の居場所をようやく手に入れたのかもしれない。
でも、もう夜になっている。
この時間に向うのは難しいだろう。
当然追手の心配もある。
私がいきなり不審な行動を行えば坂出さん辺りがすぐに対応して来る筈だ。
合流を考えるならば慎重に。
多分、隊長の居場所が国原市という場所なのは私だけが知ってるはずだから。
私は支部への帰り道を歩きながら電話を行う。
対象は黛さんだ。
彼女は捕まえられただろうか? いや、多分無理だろう。
黛さん方向に逃げたのは本物の静香だけじゃない。
和樹がいる。あいつの妖能力は確か、人を集めたり遠ざけたりする能力、ならば惑わされて巻かれている可能性が高い。
つまり、私達は隊長の居場所を掴めなかったことになる。
それを、今は演技する。
黛さんならあるいは話してしまっても良いかもしれない。
でも、それでもし、もしもの話、黛さんが坂出さんに洩らしたら?
いや、そればかりか黛さんの身体に盗聴器みたいなのが付けられていたら?
「ヒルコ。一応だけど、私達に盗聴器とか追跡装置とか、付いて無いよね?」
『……ん。ナイ』
「ならいいよ。ふと思っただけだから」
『もしもし』
何かの咀嚼音と共に黛さんが電話に出た。
今の会話聞かれてなかったよね。
いや、丁度今通話になったはずだから問題はないはずだ。
「すいません。こっちは偽物でした」
『ん。そう……ごめん撒かれた』
やっぱりか。
「一度合流しましょう。もう足元も見辛い暗さになりましたし」
『そうね。どこに行く?』
「……いつものファミレス。かな」
『聞いたことあるわ。場所も知ってるからそこで会いましょ』
通話を切る。
さて、とりあえずそこにいるのかな皆も。
とりあえず、今日は動かないことにする。
今下手に動けばいろいろとまずそうだしね。
とりあえずは仕事中は止めとこう。
明日は一応仕事も休暇になってたはずだ。
行くなら明日だろう。
ヒルコに警戒を頼んで駅に向って国原市に向う。
一人きりだ。
他の誰にも話さない。
だって私は……真奈香を救うため、隊長の力を使いに行くのだから。
待っててね真奈香。
私、絶対に助けるから。
必ず助けるから。
だから、これからも、ずっと一緒に居てください。
あなたがいなければ私は、壊れて行くだけだから……
あ、百合な扉は開きませんよ。あしからず。
「来たわね高梨さん」
ファミレスに入った瞬間、案内役をやっていたウェイトレス、常塚秋里さんが笑顔で言った。
支部長、こんな時もこっちでてるんですか……
案内されたのはいつもの面々が座る場所だ。
既に小林さんを始め、前田さんと稲穂もいる。
翼は居ないな。どこいった?
黛さんもまだついてないらしい。
「やぁ。どうやら少し持ち直せたみたいだね」
「はい。黛さんのおかげです。ご迷惑おかけしました」
「迷惑なんかじゃないさ。君の気持ちは多少理解できるつもりだ。親友とも呼べる存在が居なくなるのは、辛いからね」
そう言えば、斑鳩さんの同期だったっけ小林さんは。
国原市……か。
そこが隊長と斑鳩さんの思い出の場。
「あの、小林さん。後でいいので、斑鳩さんの話、聞いても良いですか?」
「……大した話じゃないよ。隊長程詳しくもないし。まぁ真由も来るだろうし、揃った後でいいかな?」
「はい。じゃあ食事頼んで待ってます」
「ああ。真由が来たら戦場になるだろうから今のうちに食べておいた方が良いよ」
妙に説得力があるなその言葉。
私はメニュー票を見る。
開いていた席が稲穂の隣なので座っただけなんだけど、稲穂が妙に顔を赤くしてすり寄って来ます。助けてください。
「……真奈香専用食、モツ鍋で」
支部長に注文を終える。
皆の動きが止まっていた。
ちょっと、どうした稲穂?
その同情するような視線は止めてほしいのですが?
きょとんとした眼を向けると、稲穂は少し躊躇いつつも、ばっと両手を広げる。
そして目を瞑り、さぁこいとばかりに抱きしめ体勢に入った。
「さぁ、辛いなら泣いていいよ『あ』。私のここ、空いてるよ」
どこぞの芸人みたいな台詞を吐くな。
でも……今はちょっとだけ、お言葉に甘えようかな。
稲穂もずっと、私のこと心配してくれてたみたいだし、抱きしめるくらいはしてあげたい。
稲穂をぎゅっと抱きしめる。
小さい身体だ。真奈香が抱きついてくるのとは全く違う。
それでも、暖かかった。
「ほ、ほほほ、本当に来た。こ、これ、私選ばれた? ど、どどど、どしよう!?」
本当に抱きしめられると思っていなかった稲穂が妙にうろたえ顔を上気させている。
小林さんも前田さんも戸惑ったような顔だった。
まぁどうでもいい。
「一緒だったんだ。出会ったのは中学からだったけど。ずっと……」
そう。ずっと一緒だった。
たった一年。雨の日も風の日も、雪が降った日も、台風の日も、学校で、街中で、毎日顔を合わせた。
その度に抱きついてきたり袖掴んで来たり、初顔合わせの時に好きだと告白されて以来、ずっと。本当にずっと一緒だったんだ。
壊れた家族よりきっと濃密な時間を過ごした。
笑い合った。一緒に悲しんだ。慰めてくれた。支えてくれた。
思えば、あの日から、いつも隣には真奈香が居てくれた。
家族が壊れて荒みそうになった私を、妖に目覚め壊れそうな私をずっと傍で優しく包み込んでくれていた。
そんな真奈香が、いなくなった。
いつもいたんだ。ふと気付けばすぐ横に。手の届く距離に。
それが当たり前だと思っていた。今までも、そしてこれからも。
思い返すと涙が溢れる。
大丈夫、すぐにやり直す。そう思っても……
彼女の最後の笑顔が脳裏に焼き付いて離れてくれない。
やり直しても、この事実だけは消えないのだ。
真奈香に助けられ、彼女の命と引き換えにおめおめ生き残ってしまった私がいる事実だけは、絶対に。




