事件を追え1
どれ程、その場に佇んでいただろうか?
不意に現れた気配に私と真奈香は思わず振り向いた。
「そう、こんな場所にあったのね……灯台元暗しかしら」
そこにいたのはエメラルドグリーンの髪を掻き上げている女性。
常塚秋里支部長だった。
待って、この人はここのこと、知らないはず……
「な、なんで常塚さんが?」
「悪いけど、追跡させてもらったわ」
少しバツの悪そうな顔で呟く。
「あなた達が柳ちゃんと接触しないか心配だったから。杞憂だったけど、こんな場所があったなんてね」
「秘密にしておいてくださいませんか? ここは斑鳩さんの眠る場所らしいですし」
「分かってるわ。彼女の墓を荒らす気は無いもの」
近づいて来た常塚さんは、斑鳩入鹿の墓の前に来ると、膝をついて祈りだす。
「……彼女はね、私が殺したの」
一心に祈りを捧げていた常塚さん、不意に私たちに声を掛けてくる。
「常塚さんが? 隊長が殺したって……」
「本来なら、彼女は逃げ切っていたはずだったの。柳ちゃんがわざと逃がそうとしたからよ。でも……」
言葉を切って、常塚さんは立ち上がる。
見つめる先は名も無き墓石。
その瞳は、どこか哀愁を漂わせていた。
「私が撃った。彼女の心臓を」
「常塚さんが……?」
「何も、知らなかったのよ。柳ちゃんを助けようとして思わず発砲してたわ。それで彼女は致命傷だったの。けれど最後の力を振り絞って小金川さんに向って行って……」
小金川……何度か聞いた名前だよね?
誰だっけ?
ああ、今回隊長が殴った人だっけ?
「だから、柳ちゃんがトドメをさすしかなかったの。あの場で満足に動けるのは柳ちゃんだけで、彼女を楽にできるのも、上司を救えるのも柳ちゃんだけだったから」
斑鳩入鹿の事件は、きっと沢山の人に後悔を与えたのだろう。
そして今、隊長までもが裏切り、多くの人に悲しみを与えようとしている。
私は、隊長を相手にどうすればいいんだろう。
とても素敵な人だった。
今まで出会った男の人で、おそらく一番尊敬できる人だと思える。
そんな人が、敵に回った。回らざるを得ない何かがあったんだと思う。
「常塚さん。隊長……抹消するんですか、本当に」
「……わからない。柳ちゃんだって相当悩んだはずよ。本来なら斑鳩さんと反逆してたっておかしくなかったのに、私を守るためにグレネーダーに残ったんだもの。それなのに小金川さんに殴りかかるなんて、余程腹に据えかねたのね」
その場で何があったのか、私たちには想像もつかない。
でも、あの隊長が公衆の面前で人を殴り飛ばすなんて、余程のことがあったはず。
それこそ、斑鳩入鹿並みに大切な誰かが、また死んだぐらいの絶望が。
大切な人が……死ぬ?
まさか、何かあったのだろうか。
そういう大切な人が死んだ事件が。グレネーダーにより消された……
そうだ。
あった。
つい先日あったはずだ。
護送係の二人がグレネーダーに対する重大な反逆行為をしたとして抹消された事件が。
「常塚さん、あの、先日の護送係反逆事件、隊長との関連ってなかったですか?」
「さぁ? 少なくとも私は何も聞いてないわ」
「そうですか……」
見当違いかもしれないけど、調べてみるか。
私は動きそうにない真奈香をひっぱり、高港支部へと戻ることにした。
とりあえず、あの辺りから調べてみる。
もし繋がれば、隊長の今いる場所もわかるかもしれない。
ただし、懸念はある。
その事件を調べる事で、私までが反逆者になる可能性だ。
でも、多分。隊長の後を追うには、これを調べないといけない気がする。
まずは……そう支部にとんぼ返りだ。
護送係の方に聞いてみよう。
何か隊長との関わりがあるかもしれない。
まずは抹消対象に指定された切っ掛けを探ろう。
果たして何が出て来るか……
ああ。とんでもないモノがでてくるかもしれないのに、私、今ちょっとだけわくわくしてます。
人の秘密を調べるのって何でこうドキドキするかな。
真奈香や隊長には悪いけど、好奇心は抑えられそうにない。
出来るだけ危険な場所には近づかないように気を付けて行動しよう。
別の係に向うのは、今日が初めてだ。
共同で作業することは何度かあったけど別室の作戦会議室に入るのは、本当に初めてなのである。
しかも、護送係は内側の円周部、あまり入ったことがないこともあり、結構緊張したりする。隊長のことを聞くならなおさらだ。
「あの、失礼します」
部屋に入ると同時に声を出す。
すると、三人ほどいた護送係が一斉にこちらを向いて来た。
「確か、処理係の」
「はい、少々お聞きしたいことがありまして、お時間ありますか?」
「……係長なら席空けてるけど、それでもよければ」
「ええと、この前、抹消対象に指定された二人について……」
言った瞬間だった。
明らかに空気が変わった。
皆、関わりたくないとでも言うようにそっぽを向いてしまう。
「係長に聞いてくれ」
とだけ言って、仕事に耽ってしまった。
仕方ないので部屋から出て廊下で真奈香に向き合う。
「どうしようかな。多少なりとも当ってる気はするんだけど。隊長の大切な人とはあまり関係ない気もするし、こっちの隊長さん待つのもなぁ」
「大丈夫だよ有伽ちゃん。私に任せて」
片手で親指を立てる真奈香は、一人、護送係の部署へと入って行く。
「なんだ君? まだ何か……」
「教えてくれませんか? 知ってますよ……ねぇ?」
真奈香の声だろうか?
それにしては底冷えするような冷たい声に聞こえる。
と、思ったのもつかの間、なぜか悲鳴が聞こえ出す。
あれ? ちょ、真奈香さん?
あんた一体何してんの!?
開けようかと思ったけど自動ドアの前に立つことが出来なかった。
何か、ここを開けてしまえば鶴の恩返しの逆パターンが待ってそうな気がしたのだ。
そして……静寂が訪れた……
自動ドアが開き、真奈香がでてくる。
頬に赤い飛沫がついてますが……ナンデスカソレ?
わ、私は何も見ていない。ワタシハナニモミテイナイヨ。
「ふふ、皆素直な人でよかったよ有伽ちゃん。教えてくれるって。ふふ、ふふふ……」
怖ェッ!? 目が見えない分余計に怖ェッ!?
頬に付いた飛沫を舐め取り真奈香が不気味に笑う。ケチャップ? ケチャップだよね!?
視えない場所で起こったはずの惨劇が、なぜか目に浮かぶ私だった。




