回想回(かいそうかい)
ヒルコ、または【蛭子神】の妖使いともいうこの女。
いや、軟体生物なので生物学的女性に類するのかどうかわからないけれど、こいつは今、私の身体に纏わりついている寄生体の一人である。
何の因果か妖研究所という場所から脱走をした彼女は、いつの間にか私に寄生して妖タワーまで付いてきた。
これをどこからか嗅ぎつけた妖研究所の捕獲部隊というか暗殺部隊というか、そいつらがタワーに大挙して押し寄せ、私は60階にもなる妖タワーを階段で駆け上がる逃走劇に発展した。
そのどさくさで死んだと思われたヒルコだったけど、私から離れると妖反応を知覚されてまた追われるからと、私の身体、体表面に薄く寄生することになった。
せっかくなので、稲穂から貰ったナイフとか、流亜ちゃんから託された草薙ぎとかを彼女の体内に隠してもらっている。
多少前より肉付きがよくなったように見られることに我慢すれば、割に合う程の便利人間。
言えばいつでも取り出せる四次元ポケットを手に入れた気分だよ。
太ったとかは……真奈香様が言わせないよ?
「有伽ちゃん、明日から夏休みだね~」
学校を後にした私は、真奈香と二人でいつもの道を歩いていた。
いつもの道というのは、妖専用特別対策殲滅課。通称グレネーダーの高港支部へと向かう道である。
私、実はこれでも抹殺対応種処理係の一人なのですよ。
立派な公務員。手に職つけた勝ち組さんなんですよ。はっはっは。
と、まぁ高笑いしてみたい気分ではありますが、よくよく人生を思い返してみると……あれ? なんだろう。目から汗がでてくるぜ?
思えば……初めての唇は横の変態女に奪われ、セカンドキスは出会い頭の衝突である女性に持ってかれ、サードキスまで真奈香に奪われ、次こそ良い男。と思った四度目はダイビングキッスで女性に掻っ攫われ。挙句ようやく男とキス出来たと思ったら、女装ストーカーの変態野郎だったし……
他にも人前でもら……とりあむしてしまうし。
なぜか惚れられるのは女性ばっかだし。
まぁ、一人性別的に男がいるけど恋愛対象外である。うん、絶対無いな。
ふっ、私、なんて勝ち組なんだらう?
……どうしよう。激しく死にたくなってきた。
自分の人生がつらたんです。
「有伽ちゃんは夏どうするの? 何か予定がないならぁ。二人で何処かデートとか行っとく?」
「隊長と行って来い♪」
「ええ~っ。有伽ちゃんと行きたいよぉ。一緒にイきたいぃ」
なんだろう。普通に誘ってるだけのはずなのに、背筋に悪寒が……
「まぁ、やることはないんだろうけどさ、どうせ仕事で遊べないっしょ」
「あ……そっか。残念」
本気で残念がる真奈香は、しかしすぐに元気に顔を上げる。
「じゃあ、お泊りしよう有伽ちゃん。お泊まり会」
「えー、お泊まり会ぃ?」
「うん。グレネーダーの女の子で施設にお泊まりするの。どちらかというと二人きりで私の家にお泊まり会がいいけど。どう?」
「全力却下かな」
「えぇ――――っ」
真奈香の家に行くなど人生を捨てに行くようなものだ。
誰が好きこのんで野獣の餌になりにいくものか。
同じ理由でお泊まり会などさせるわけにはいかない。
なぜなら、真奈香の他にもいるのだ。
抹殺対応種処理係にもう一人、斑目稲穂という超危険人物が。
二人がタッグでも組んでみろ、操が幾つあっても足りないっつの。
『大丈夫だと思うヨ。膜破れたら相手【黴】で死ヌし』
小声でなんつーことをいうんだヒルコのバカは。
「とにかく、お泊まり会など却下です。真奈ちゃんと絶交も視野に入れるからね」
「私に死ねとっ!?」
絶交くらいで死ぬのかあんたは? ああ、でも真奈香ならホントに自殺しそうだ。
キッチリ遺書に有伽ちゃんに絶交されたので死にます。とか書かれてそうで怖い。
ついでに夜な夜な枕元に立ってそうで恐い。
考えてると思わず背筋がゾクゾクしてきた。
「ところで、隊長とはどうなってんの?」
最近、真奈香は我らが抹殺対応種処理係の係長、白滝柳宮と付き合いかけている。
この前の妖タワー関連のごたごたとつい先日の護送係反逆事件で忙しかったので、この件に触れる暇がなかった。
おそらく彼女と隊長の関係も同じくあまり進んでいないだろうけれど。
「え……と、ね。前回のデート途中で終っちゃったから、今度また行こうって」
「おーっ。前進してんじゃん。よかったね真奈香」
「う、うん。でも……」
口籠る真奈香の言いたいことは既に分かっている。
どうせ私と隊長秤にかけるのが辛いとか、幸せ過ぎて生きるのが辛いとか言いたいのだろう。
「あ、そ、そうだ有伽ちゃん。メール見た?」
おっと、珍しく真奈香が話を逸らしやがった。
「メール?」
「うん。常塚さんから、緊急メール」
言わて携帯電話を取り出してみる。
今時ならスマートフォンが主流だし、最新式なんて空中に枠が出る便利携帯があるわけですが、私はいつでも旧型開閉式携帯電話だ。
メールを確認してみると、確かに届いている。
しかも昼前に。
「意識朦朧としてた時だ。気付かなかった」
「終業式だって返したらゆっくり来てくれていいって」
メール内容は緊急事態発生に付き、全課係員集合せよ。まさに未曾有の大事態という奴だ。超危険級妖使いである斑目稲穂が脱走したときだって全課の係員が招集されることなどなかった。
何があったのか、不安になってくる。
「ちょっと、急ごう真奈ちゃん」
「うん。じゃ、はい」
と、なぜかしゃがんで背中を向けてくる。
……え? これもしかして、乗れと?
真奈香の背中に跨った私、素人がバイクで高速走るくらいの恐怖を味わうことになるなんて、この時の私はちっとも……ちょっとだけ後悔したけど知らなかった。
今回時までの有伽の寄生状況
基本妖能力……【赤嘗】
体内寄生 ……【黴】
体表面寄生……【蛭子神】
所持武装1……【紫色のナイフ】
所持武装2……【草薙剣(七支刀バージョン)】




