表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖少女  作者: 龍華ぷろじぇくと
第三節 陰口
14/485

のっぺらぼう逃走

 一時間経った。

 もう限界だ。まだか隊長? まだ来れないんですか?

 思いのほかボロをだしすぎるのっぺらぼうをスルーすることが限界に近づいていた。


 親父ですら不審に思い始めているのだからどうしようもない。

 のっぺらぼうもそろそろ潮時だと逃げだす機会を覗い始めている。


「有伽さん、酒が……」


 三年ぶりの母さんの来訪がよほど嬉しかったのか、二日分の酒を飲み干した親父が、申し訳なさそうに言ってきた。


「今日は自分でいっといで、ボクは行きませんよ?」


 私がもし買いだしになんて行けば何も知らない親父とのっぺらぼうしか残らなくなる。

 そんなことになれば、のっぺらぼうはすぐにでも家からでて行ってしまうだろう。

 せっかくのチャンスなのに買いだしなんかで不意にしてたまるか。


「それじゃあ留美さ……」


「母さんに頼まず自分で行く」


 母さんもといのっぺらぼうに買い物に行かせるなんて論外です。

 のっぺらぼうがチャンスとばかりに席を立つよりも早く、私は親父を追い出した。

 しぶしぶ買いだしにでて行く親父を見送って、私はたった一人、のっぺらぼうと対峙する。


 さて、いつ来るかわかんない隊長は当てにしないとして、同情引きそうな身の上話でもして引きとめてみるか。

 抱き付かれるくらいに密着しさえすればのっぺらぼうの体臭だけでも覚えることはできるはず。


「驚いたっしょ親父の態度」


「え? ええ……」


「母さんがでて行った後ね、ボクも妖使いになったんだ」


「そ、そうなの?」


「母さんが風俗商売に手をだして親父には大変なショックだったのに、自棄酒に走ってた親父は、ボクがお風呂舐めてるの見ちゃったことでそのまま壊れたんだ。今じゃ他人よりも他人みたいな関係」


 思った以上に効果があった。泣いてますよのっぺらぼう。


「な、なんて家庭なんだ。母親は家族ほったらかして風俗、父親は一緒に居ても他人のようで……一人で健気にがんばっていたんだねっ」


 地がでてるよね。演技じゃなく本当に同情されてるよ。

 ってか男の声でてるよっ!?


「俺は、俺はなんて浅はかなんだっ」


 泣きながら口走るのっぺらぼう。もはや演技なんてかけらも存在しない。

 それにつられて……


「ぼ、ボクは大丈夫ですって、のっぺらぼうさん」


「いや、俺はものすごく自分が恥ずかしい。彼女に顔が変わる人は嫌だって

言われたくらいで人生終わった気になって銀行強盗するなんてっ。あげくその金で風俗店に片っ端から入ってやれなんて勢い込んで、正体ばれたら相手を家族ごと消そうなんて……俺はバカだった。大バカだっ」


 ま、まぁ気持ちは分からなくもないけどさ、私も親父から「はじめまして、どちら様ですか?」とか言われたときは殺意すら抱いたし。


「仕方ないですよ、気落ちしたときは間違いくらい起こしちゃいますって、これからがんばっていけばいいじゃないですかのっぺらぼうさん」


「ああ、君はなんて優しいんだ。俺は、俺は……のっぺらぼう?」


 あ、気づいちゃった。


「な、なぜその名をっ!?」


 私に抱きついて咽び泣こうとしたのっぺらぼうが寸前で止まる。

 驚愕に見開かれた顔で私を睨みつけた。


「いつから気づいていた!?」


 いつからって、あの演技で騙せるのは親父か翼くらいなもんだって。


「最初から、かな? お母さんの妖は認識できるし、のっぺらぼうさん反応ないじゃん」


「し、しまったぁっ!?」


 頭を抱えて蹲るのっぺらぼう。自分の特性忘れてたな。


「どおりで致命的な間違いをしてもスルーされるはずだっ」


 一応、気づいてたんだ。スルーされてること。


「これ以上は演技に付き合うこともないか」


「さっきの、言葉も嘘だったのか?」


「両親のこと? ううん。あれは本当。本当の母さんは親父の現状を知って

るけどね」


「なぜ俺の名を知っている?」


 質問攻めか。これはこれで時間も稼げるかな?


「それは……」


 私が答えようとした瞬間、玄関の扉が蹴破られた。


「のっぺらぼうッ! どこだッ!」


 隊長ッ!? なんてタイミングの悪い。


「この声、確かグレネーダーの……そういうことか高梨有伽ッ!!」


 ああ、なんだか敵意剥きだしッ!?

 立ち上がるのっぺらぼう。

 私はすかさず舌を吐きだす。

 ミニスカートから飛びでているのっぺらぼうの足に絡みつく。


「な、なにぃっ」


「にふぁふぁふぁいふぉ(逃がさないよ)」


 足……本当に男性か疑いたくなるくらいに綺麗だし。

 すべすべでもちもち、しかも何日か風呂に入ってなかったのだろう。

 垢が……垢が……ああ、ヤバイ……欲望に負けそう……


 なんとか彼の逃亡を阻止しようと伸ばされた私の舌に、トラウマにすらなった母さんの姿が被ったらしい。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ、長い舌は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 恐怖に歪んだ顔で、私の舌を必死に蹴った。

 自分の欲望と戦っていて力の緩んでいた私には、その攻撃に耐え切れるはずもない。


 私の拘束を振り切ったのっぺらぼうは窓を突き破り、そのまま落ちていった。

 ……ここ、二階なんだけど、大丈夫なんだろうか?

 ベランダから下を覗くと、血まみれで走り去る後ろ姿が見えた。


「無事か有伽っ!」


「隊長、タイミング悪すぎです」


「すまない、のっぺらぼう用に敷いた検問にひっかかってな」


 本末転倒じゃん。すでにのっぺらぼうは私の家入ってるし。


「奴はどこだ?」


「逃げましたよ、窓突き破って」


「そうか……これで途切れたか」


「途切れた? どういうことですか?」


「遺留品はすでに本部へ郵送されていた。東京だ。手続きもろもろで取り寄

せには二日かかる」


「はぁ、そうなんですか」


「ちなみに、お前のタイムリミットは明日の22時頃だ」


 え? タイムリミット? いきなりなんですかそれ?


「ち、ちょっと待ってください、タイムリミットってなんですか?」


「そいつを過ぎれば嘘ではあるがお前の起こした事件は私たちの管轄からはずれる」


「そ、そうなると……」


「支部長自らが命を狙う。丁度その頃には仕事を終えてこちらに来るらしく

てな」


「き、聞いてないですよそれっ」


「今言ったろう。さっき連絡が入ったのでな。上層部の決定である以上私は

逆らえん」


 てことはなに? 私最大のチャンスを逃しちゃいましたか?

 垢舐めるのに夢中になりそうになったせいでのっぺらぼうを捕り逃しさえしなければ今頃は……

 ああ、やっぱりまた自己嫌悪だ。


「とにかく、今日はもう遅い。一眠りして明日に賭けろ」


「で、でも……」


「家ものっぺらぼうによってドアと窓が全壊か。今日はグレネーダー内で寝

るか?」


 というか、家屋破壊の半分は隊長のような気が……


「そうですね、そのほうがすぐ動けるでしょうし、親父ももう狙われないでしょうから」


「うむ、では戻ろう」


 明日、私の生きるか死ぬかが分かる。

 臭いを覚えることは残念ながらできなかった。

 隊長のいう遺留品とやらも来なかった。


 頼りになるのはたった一つ。舌にちょっとだけ残った垢の味。これを頼りに見つけるっきゃない。やりたくないけど、生き残るためだもん。

 ちなみに、親父には何の連絡もせず、私はグレネーダー高港支部へと向かった。


 ドアと窓……開いてるけど、風通しが良くなったと思ってね(はぁと)。

 そろそろお酒を買って帰ってきた親父が家の前で呆然としているだろう事態を思い浮かべながら、隊長の運転する車で眠りにつく私だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ