06. 契約と2つの願い
だが、リアノの絶対零度な口撃で固まるフォルテに、第三者が救いの手を差し伸べた。
「リアノ、今回は私が指示した事だ。あまりフォルテを苛めてやるな」
いつの間にか部屋に入っていたその人物が声を発すると、リアノはフォルテから一歩離れ、かの人物に対して深く一礼した。
彼女の対応から、第3王子であるフォルテ以上の身分であろうその人物は、芽依が実験室で会った3人の内の1人――亜麻色の髪を持つ美しい顔立ちの男性だった。今は目付きがまともだ。
男性は、芽依の向かいのソファに座ると、芽依とフォルテに着席を促した。
それに従い、芽依は先程座っていた場所に、フォルテはその左隣の一人掛けソファに、それぞれ腰を下ろした。
2人が話を聞く姿勢になったのを確認すると、男性は、ゆったりしているが甘さのない口調で話の口火を切った。
「済まないが、あまり時間がないので手短に話すよ。良いかな?」
「はい」
相手から不似合いな気忙しさが感じられた事と、相手の意志を確認するところに好感が持てた為、芽依は素直に頷いた。
すると、男性は、ありがとう、と言ってから話を続けた。
「私の名は、ジュスト。このエルドリア王国第1位王位継承者にして、明日王位に就く者だ。先程は時間がなくて名乗れずに失礼したね。では、キミの名前を教えてもらえるかな?」
「倉数芽依と申します。クラカズは家名ですので、メイで結構です」
まさかとは思っていたが、相手は最高位権力者サマであった。
しかも明日戴冠式と言う事は、今はこんな所で小娘に話をしている暇など無い程忙しい筈だ。
にも拘らず、こうして時間を咲いていると言う事は、この会話がとても重要なものだからなのだろう。
想像もしなかった大事っぷりに、芽依はこっそり、背筋に力を入れ直した。
「まずは、異世界から召喚した事を謝っておこう。ただ、こちらにも事情があった事を頭の片隅にでも置いておいてくれれば助かる。我々は、魔法を操る能力に優れるだけでなく、対応能力や作法、心構えなど様々な条件を満たした者としてキミを召喚した。こちらにいてもらう期間は1年程度。色々と方が付いたところで、今回召喚を行ったフォルテに、キミを元の世界に送還させる事を約束しよう」
「え……?」
芽依は思わず目を丸くした。
既に“魔法”の原因たるアールから、元の世界に帰る事はできないと、聞いているし理解している。
恐らくこの400年の間に、召喚や送還に関する魔法はかなり研究されたであろうから、送還が不可能な事くらいは分かっていそうなものだが……。それなら、一国の主になるような人物が、“送還する”と公言するのはどう言う訳なのか。
不思議に思いながらも、話は続いた。
「勿論、こちらにいる間はフォルテ率いる魔法士隊に所属する形で、不自由のない生活を保証させてもらう。ああ、こちらから頼んで所属してもらうのだから、契約金も用意してある」
「え、えっと、“魔法士隊”、とは何ですか?」
「魔法士とは、国家から認められた、魔法を操る能力に長けた者の称号。そして、僕が隊長を務める魔法士隊は、騎士団と同列に並ぶ組織で、生活や戦闘などの魔法の開発や、騎士団と共に戦闘を行ったりする、魔法士の集団の事なんだ。だから、僕は魔法語でキミに話し掛ける事ができたんだよ!」
芽依の疑問に、フォルテが徐々に声を大きくしながら答えた。リアノが魔法オタクと呼ぶ所以を垣間見た気がする。
それはともかく、ここまでの説明で、芽依は自分が魔法士隊のテコ入れ要員として召喚された事を理解した。
帰る事ができないのであれば、当然安定した職に就きたい。日本語を活かせる職場なら、心情的にも尚良しだ。
ジュストは、魔法士の話で若干ヒートアップしてきたフォルテを落ち着かせる様に一度咳払いをすると、赤紫色の強い眼差しを向けた。
「肯定の返事しか受け付けない状況に追い込んでおいて申し訳ないが、どうかこの国に魔法士として力を貸してほしい」
彼の言葉に、芽依は少しだけ視線を落として考える。
契約は勿論結ぶつもりだし、それ以外に道はない。
だが、こちらの意思を尊重して勧誘をいう形をジェストがとっている現在、契約を結ぶにあたって、少しくらいならお願いも聞いてもらえそうな気がする。
どう言えば良いかと考えを巡らせた芽依は、答えが出ると同時に顔を上げた。
「分かりました、契約させていただきます。ただ、2つばかりお願いしたい事があります」
「感謝する。願いも、我々にできる範囲でなら叶えるようにしよう。それで、内容は?」
「立場は保証していただけるようなので、一つ目は、生活に慣れる為に侍女を付けていただきたいのです。できれば、事情をご存知のリアノさんを専属として付けていただけると助かります。そして、二つ目は、契約金はいりませんのでその代わりに、隣の実験室の机にあった『日々の言の葉』と書かれた日記……じゃなくて魔法書?を、こちらにいる間、貸していただきたいのです。いかがでしょうか?」
ジュストの目をしっかりと見つめて、芽依はお願いした。
リアノは、芽依がこの世界でまともに会話した最初の女性であり、とても好意的に接してくれる。加えて、髪と目の色がとても見慣れた色合いなので、安心するのだ。
外には見せない様にしているが、やはり心許ない芽依としては、そんな安心できる相手が傍に居て欲しかったのだ。
『日々の言の葉』こと『ラジエルの書』に関しては、あれは”魔法の真理”と”あらゆる文字情報の閲覧”と言うチート性能を持った、ある種の“武器”である。それも、異世界人専用武器なのだから、できる事なら使わせてもらいたい。
そんな芽依の思惑から、突然名前の上がったリアノは、一瞬驚いた顔をしたものの直ぐに笑顔になり、ジュストの方を向いて発言した。
「恐れながら発言させていただきます。私からも、メイ様のお世話をお任せいただけますよう、お願い申しあげます」
「そうか。では、後はフォルテの判断次第だな。リアノは幼い頃からお前の侍女だし、魔法書の所有者はお前だ」
ジュストに話を振られたフォルテは、意外にも清々しい笑顔で答えた。
「リアノは一番信頼できる侍女で、元々事情を説明してからメイの専属に付けようと思っていたので、全く問題ありません。むしろ快く受け入れてくれるようでありがたいです。これで穏やかに……いや、ナンデモナイ」
うっかり口を滑らせたフォルテは、リアノの凄みのある笑顔を向けられ、視線を逸らした。
だが、ジュストの前であるからか、直ぐに気を取り直して、今度は芽依の方を向くと、もう一つのお願いについての回答を始めた。
「『日々の言の葉』だけど、あれは先日、オークションで購入した魔法書なんだ。”魔法の祖”と呼ばれた魔法の第一人者が、その真理を書き記したものだと言われている。非常に巧みな劣化防止の魔法が施されているから、まず間違いないだろうね。でも、中の文字を読む事はできても、誰一人として意味を理解する事ができず、人々の手を転々と渡り歩いてきたんだ。もし、それを理解できると言うのなら、貸し出しても構わないよ」
フォルテの説明は、ラジエルの書を正しく表してはいる。いるのだが……口伝と実物との乖離が大きすぎる。ギャップ萌えすら起こらない。
芽依は、日記の内容やアールとのやり取りを思い出して、微妙な表情を浮かべながら答えた。
「それなら、理解できましたよ。残念な事に」
「やっぱり、幾ら何でも理解でき……え? 『理解できました』?」
「はい。私がこちらの言葉に対応できたのがその証拠です。非常に残念ですが」
大事な事なので、2回言った。
しかし、微妙な顔をしている芽依とは反対に、またじわじわと相好が崩れてキラキラ目になったフォルテは、これまた芽依の両手をガシッ、と握って叫んだ。
「いやもう、本当に凄いよ!! メイを召喚できた事は、ボクの魔法士人生最大の功績だね、きっと!!」
興奮するフォルテだったが――。
ごすっ。
後ろから銀の丸盆アタックを食らい、轟沈した。言うまでもなく、リアノの仕業である。
それを、ジュストは咎める事なく笑って見ているのだから、この2人の強弱関係は王家公認なのだろう。芽依もそう認識することにした。
「では、リアノ=センテには、メイ=クラカズの専属侍女となる事を命じる。それから、実験室から件の魔法書を持ってきて、彼女に渡しなさい」
「拝命いたします。メイ様、どうぞよろしくお願いいたしますね。それでは、実験室より先日フォルテ様がニヤケ顔で落札なさった魔法書を取ってまいりますので、少々お待ちください」
ジュストの命令に、リアノは躊躇いなく答えると、要望が叶って無意識にホッとした表情をしていた芽依に笑顔を見せてから、実験室へと入って行った。
次回こそはネタを盛り込みます。