ラーメン屋なんてやってられないよ
「お前ら、昨晩はやんちゃしてやがったな。道中ずっと寝てただろう」
馬車から降りると徐栄にそう指摘された。町に戻るともう夜明け前だったから、寝る間もなく準備をして出発となったのだ。当然、馬車に揺られているとゆりかごよろしく眠る他ない。
洛陽はこの漢という国の首都。つまり、皇帝がおわす地である。
行政の中心地であり、文化、文学、軍事の中心地だ。当然、中華最大の人口を誇っている。商業の中心である長安にはやや華やかさでは劣るものの、荘厳な建物がそこかしこに並んでおり、さすがに威厳のような物を感じることができる。通りは広く、帝がお通りになる表通りは全て綺麗に掃き清められている。
眠たい目を擦る僕らにはありがたいことに今日は一日休んで、明日、参内する予定となっている。
徐栄と数名は城へ到着の報告に行き、僕らには自由が与えられた。
僕らはまず宿に行き、荷を降ろす。馬車で寝た分、いくらか元気があったので観光に出る事にした。さすがに首都だけあって迷子になりそうなほど広い。汚れた服を着たものは少なく、衛生的で文化的な生活を送っている人間が多いようだ。
通りからはだんごを焼く臭いや櫛に刺した肉を焼く臭い、麺を湯がく臭いが漂い、すきっ腹を刺激してくる。
「兄様。片っ端から食べようぜ。片っ端からよ。そうだ、こんだけでけえ町なんだからよ、ラーメン売ってねえかな」
残念ながら彼がイメージするようなラーメンは日本料理なので中国には無い。現代ならあっただろうが、古代には作られていないし、露店で売られていることは絶対無い。
「いやいや弟よ。ラーメン屋なんてこんな時代に……」
「おーう、あったぞー。ラーメンだ。喰おうぜ。兄様」
って、あるんかい!
なんと、あった。董戎が向かう店は長蛇の列ができており、そこからあの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
これは転生者が作っているのかもしれない。その発想があれば、麺を作るための小麦粉やスープの出汁となる鶏がら豚骨など材料自体はこの時代でも簡単に入手可能だ。
店主の顔が見てみたいので、長い列の最後に並んで順番が来るのを待つことにした。長らく待ってようやく案内された店内は現代のラーメン屋そのものだった。入ってすぐに支払いをするテーブルがあり、カウンターの奥は厨房。店員が数名で作業をしており、カウンターの手前に客が丸椅子に座って麺をすすっている。
「へい。いらっしゃい~! 一番奥のテーブルへどうぞ」
威勢のいい声に案内され店内へ。
「まさしくラーメン屋!」
カウンターの上にお品書きの札が並んでいる。といっても、ラーメンと握り飯の二種類にトッピングがいくつかあるだけのシンプル設計だったが。
「メチャクチャええ臭いや~。ラーメンなんか久しぶりや~」
店の回転率をよくするためにテーブル席は設けられていないようだ。合理的な店舗作り。これはもう転生者が経営をしているので間違いないだろう。
「おおう、こりゃ美味いぜ。味噌ラーメンだな」
「豚骨やろこれ。大声で間違うとか恥ずかしいから止めてや」
李霊が珍しく赤面している。
具はチャーシューと煮卵、あとネギだ。確かに美味い。現代で食べていたとしてもリピーターになっていたかもしれない味だ。餃子も頼んで食べてみたがこれまた絶品。幸せな気分になる。行列ができる訳だ。
「この中に転生者の方はいますか?」
忙しそうにしている厨房に向かって声をかける。が、返事は返ってこない。それどころか、食べ終わったなら帰ってくれといわれてしまった。
転生者である事を隠しているのだろうか。それとも、あの中に本当にいなかったのだろうか。
店を出たところで裏口から出てきた店員に声をかけられた。
「君が転生者?」
「違うよ。私はこの店の店長を任されている。でも、店のオナは、転生した、とかって事を口走っていた事があった。まだ子供なのにラーメンなんて変わったものを考える人はどこかやっぱり変わってるな、って思ってたんだよ」
「で、そのオナって奴は今どこにいるんだ?」
「オナはたまにしか店に来ないよ。他にも何店舗かあるし、食材の仕入れとかで遠くに出ている事が多いしね。いつ来るかはよく分からない」
オナという人物が来たら、僕らの宿に来て欲しい事を告げて店を後にした。長安にも出店しているらしいので、長安での滞在場所も教えておいた。
しばらく町を見て回った。董戎がまたラーメンを食べたいと言って列に並びに行った。そのあと李霊がモンスターの気配があると言って姿を消した。そうして一人になった僕は、書店に向かう事にした。
この時代、中華ではまだ紙の本はあまり多くない。ほとんどは竹簡、竹を束ねた物に文字を書いた書物が主流だった。
棚に並ぶ竹簡を取ろうと手を伸ばすと、隣からも伸びてくる手があった。手と手が触れそうになって、相手と目が合う。
これは普通、相手と恋に落ちる古典的パターンだが。
「やあ。奇遇じゃあない。董真君」
そこにはにやにやと嫌らしい顔で笑いかける周豊がいた。
これが偶然であるわけが無い。彼は僕がこの洛陽に来た事を知って跡をつけ、一人になったところを見て声をかけてきたに違いない。
まさかという思いが頭を支配して、その時の僕の中には「逃げる」という選択肢が現れてくれなかった。




