表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

熱海一泊旅行(4/4)

目が覚めたら朝だった。


隣を見ると紀子がぴったりとくっついて寝ている。


その無防備な寝顔はもう見慣れたと思っていたけど、昨日の酔った顔を見た後だと余計に愛しさが増した。


こいつのこの顔を見られるのは俺だけだ。


思わず腕を伸ばして抱き締める。


それで紀子が目を覚ましたらしく、モゾッと動いた。


そして徐々に目を開け、こちらを見る。


至近距離で目が合い、今さら少し恥ずかしくなりながらも


「おはよう」


と声をかけると、紀子は


「……おはよう」


と少しおぼつかない口調で答えた。


まだ少し酒が残ってるのかな。


と思ったら、ガバッといきなり起き上がる。


もう少し甘い時間を過ごしたかったけど、こっちを見た紀子はいつもの紀子だった。


「……私、昨日何か言ってた?」


「え?」


「……私、お酒飲むと記憶が飛ぶんだよね。若い頃に色々やらかしたみたいだから、もう飲んでなかったんだけど」


やらかしてたのかよ。


「……取り敢えず、これからも飲むなら家、そして俺がいる時。絶対な」


「……うん。一人では飲まないからいいけど。でも昨日の日本酒美味しかったね」


「……そうだな。でも絶対、家でしか飲むなよ」


「分かったよ。しつこいな」


そう言って、ベッドから起き出す。


そしてはだけた浴衣を一気に脱ぎ去り、ベッドの上に放り投げた。


目が点になってる俺をよそにそのまま部屋を横切り、バルコニーへ向かう。


カーテンを開けると、一気に朝日が差し込んできた。


そうか、熱海は東に向いてるから、朝日が入るんだ。


「私、お風呂入るけど、悠樹はどうする?」


差し込む日差しのなか、全裸でこっちを振り向く紀子は言葉にできないほど綺麗だった。


こいつ、天女だっけ?


「……俺も入る。先に入っといて」


そう言うと紀子はスライドドアを開け、さっさと一人で出ていった。


昨夜の甘えが嘘みたいなあっさりした雰囲気だけど、これがいつもの紀子でもある。


寂しいような安心したような複雑な気持ちを抱えながら、俺も浴衣を脱いでバルコニーへ向かった。




─────────────────────




風呂から上がり一瞬迷ったけど、また浴衣を着ることにした。


服に着替えたら現実に一気に戻る感じがしたからだ。


紀子にもそう言うと頷いて浴衣と半纏を羽織っていた。


まだしばらく浴衣の紀子を見ていたいと言うのもある。


そうしているとドアがノックされ、宮本さんが現れた。


「矢野さま、おはようございます。ご朝食の準備が整いました。お運びしてもよろしいですか?」


「お願いします」


そうして運ばれてきた朝食も、宮本さんの説明よれば



焼き物

熱海名物 干物三種

鯵の開き

金目鯛の味噌漬け焼き

えぼ鯛


小鉢

釜揚げしらす

湯豆腐(生姜と刻み葱)

ひじきの煮物

出汁巻き卵

明太子


土鍋炊き白米

あさりの味噌汁

香の物三種


とのことだった。


魚尽くしの朝食も新鮮だな。


食事を準備してくれながら、宮本さんは声をかけてきた。


「昨夜はゆっくりお休みになられましたか?」


「はい。お勧めいただいた日本酒も美味しかったです」


すると宮本さんは微笑んだ。


「お気に召していただいて嬉しいです。あのお酒は近所の酒蔵で作られているものなんですよ。売店でも販売しておりますので、もしよろしければ」


……せっかくだから買って帰るか、旨かったしな。


と思ってると紀子があっさりと答えた。


「ありがとうございます。配送もしていただけますか?」


え? と思っていると、宮本さんは頷いた。


「はい、承っております。是非、ご自宅でもお楽しみくださいね」


そう言いながら土鍋ご飯をお茶碗によそい、「それでは失礼いたします」と言って宮本さんは退室した。


「……日本酒、買うの?」


思わず聞くと紀子は頷いた。


「美味しかったし。家でも飲みたくない?」


「いや、……飲みたいけど」


「じゃあ、いいじゃん」


……じゃあこれからは、紀子と家で晩酌ができるわけか。


それはそれで嬉しいけど、昨夜みたいな甘えモードで来られると俺どうなるんだろう。


いや、でもたまにならいいか……。


と色々考えてると紀子が少し目を細めた。


「何ニヤついてるの? 気持ち悪いんだけど」


「……はいはい。とりあえず食おう。冷めるから」




─────────────────────





普段の朝食は手軽なトーストが多いけど、白飯もいいかもな。


何より米が旨くて、つい茶碗に山盛り2杯も食ってしまった。


昨日、糖質減らそうと思ったところだったのに。


と言いながら、紀子もきっちり2杯分のご飯を食べていた。


「……何でそれだけ食べても太らないんだよ」


思わず愚痴ると紀子は不思議そうに言った。


「逆に何で太るの?」


「そういう風にできてるんだよ、人体は」


「私は太らないけど」


「そうだな、お前はな」


そんな会話をしながら浴衣から服に着替える。


お互いラフな私服だからオフモードなんだけど、それでもやっぱり現実に戻っていく感じがする。


荷物をまとめフロントでチェックアウトをすると、既に宮本さんから日本酒の手配がされていて、俺たちは会計を済ませるだけですんだ。


宮本さんに外まで見送られながら、送迎車に乗り込む。


……もう終わりなんだな。


短い一泊二日だったけど、それでもすごく濃い時間を過ごした気がする。


坂を下る車に揺られながら、紀子と無言で熱海の山と海を見つめていた。



熱海駅から新幹線に乗り東京へ向かう。


帰りも同様に窓側に紀子を座らせ俺も席に座ると、新幹線は滑らかに走り出した。


乗車時間は45分だからあっという間に東京だな。


そう思っていると紀子の頭がコツンと肩に乗った。


「……もう終わりだね」


紀子が呟く。


「……そうだな」


「今回の温泉、よかった。久しぶりに仕事のこと忘れられたし」


「それならよかったよ」


……また明日から仕事だけどな。


でも今は考えないようにしよう。


「次の悠樹の誕生日、どこか行こうか。また温泉にする?」


「……そうだな。次は草津とか行ってみるか?」


「でも悠樹、大浴場苦手だもんね。部屋風呂のある旅館、探してみる」


「……楽しみにしてる」


そのまま紀子は黙って目を閉じたので、俺も紀子の頭にもたれ掛かって目を閉じた。


どちらともなく繋いだ手から、紀子の温もりが伝わってきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ