熱海一泊旅行(4/4)
目が覚めたら朝だった。
隣を見ると紀子がぴったりとくっついて寝ている。
その無防備な寝顔はもう見慣れたと思っていたけど、昨日の酔った顔を見た後だと余計に愛しさが増した。
こいつのこの顔を見られるのは俺だけだ。
思わず腕を伸ばして抱き締める。
それで紀子が目を覚ましたらしく、モゾッと動いた。
そして徐々に目を開け、こちらを見る。
至近距離で目が合い、今さら少し恥ずかしくなりながらも
「おはよう」
と声をかけると、紀子は
「……おはよう」
と少しおぼつかない口調で答えた。
まだ少し酒が残ってるのかな。
と思ったら、ガバッといきなり起き上がる。
もう少し甘い時間を過ごしたかったけど、こっちを見た紀子はいつもの紀子だった。
「……私、昨日何か言ってた?」
「え?」
「……私、お酒飲むと記憶が飛ぶんだよね。若い頃に色々やらかしたみたいだから、もう飲んでなかったんだけど」
やらかしてたのかよ。
「……取り敢えず、これからも飲むなら家、そして俺がいる時。絶対な」
「……うん。一人では飲まないからいいけど。でも昨日の日本酒美味しかったね」
「……そうだな。でも絶対、家でしか飲むなよ」
「分かったよ。しつこいな」
そう言って、ベッドから起き出す。
そしてはだけた浴衣を一気に脱ぎ去り、ベッドの上に放り投げた。
目が点になってる俺をよそにそのまま部屋を横切り、バルコニーへ向かう。
カーテンを開けると、一気に朝日が差し込んできた。
そうか、熱海は東に向いてるから、朝日が入るんだ。
「私、お風呂入るけど、悠樹はどうする?」
差し込む日差しのなか、全裸でこっちを振り向く紀子は言葉にできないほど綺麗だった。
こいつ、天女だっけ?
「……俺も入る。先に入っといて」
そう言うと紀子はスライドドアを開け、さっさと一人で出ていった。
昨夜の甘えが嘘みたいなあっさりした雰囲気だけど、これがいつもの紀子でもある。
寂しいような安心したような複雑な気持ちを抱えながら、俺も浴衣を脱いでバルコニーへ向かった。
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風呂から上がり一瞬迷ったけど、また浴衣を着ることにした。
服に着替えたら現実に一気に戻る感じがしたからだ。
紀子にもそう言うと頷いて浴衣と半纏を羽織っていた。
まだしばらく浴衣の紀子を見ていたいと言うのもある。
そうしているとドアがノックされ、宮本さんが現れた。
「矢野さま、おはようございます。ご朝食の準備が整いました。お運びしてもよろしいですか?」
「お願いします」
そうして運ばれてきた朝食も、宮本さんの説明よれば
焼き物
熱海名物 干物三種
鯵の開き
金目鯛の味噌漬け焼き
えぼ鯛
小鉢
釜揚げしらす
湯豆腐(生姜と刻み葱)
ひじきの煮物
出汁巻き卵
明太子
土鍋炊き白米
あさりの味噌汁
香の物三種
とのことだった。
魚尽くしの朝食も新鮮だな。
食事を準備してくれながら、宮本さんは声をかけてきた。
「昨夜はゆっくりお休みになられましたか?」
「はい。お勧めいただいた日本酒も美味しかったです」
すると宮本さんは微笑んだ。
「お気に召していただいて嬉しいです。あのお酒は近所の酒蔵で作られているものなんですよ。売店でも販売しておりますので、もしよろしければ」
……せっかくだから買って帰るか、旨かったしな。
と思ってると紀子があっさりと答えた。
「ありがとうございます。配送もしていただけますか?」
え? と思っていると、宮本さんは頷いた。
「はい、承っております。是非、ご自宅でもお楽しみくださいね」
そう言いながら土鍋ご飯をお茶碗によそい、「それでは失礼いたします」と言って宮本さんは退室した。
「……日本酒、買うの?」
思わず聞くと紀子は頷いた。
「美味しかったし。家でも飲みたくない?」
「いや、……飲みたいけど」
「じゃあ、いいじゃん」
……じゃあこれからは、紀子と家で晩酌ができるわけか。
それはそれで嬉しいけど、昨夜みたいな甘えモードで来られると俺どうなるんだろう。
いや、でもたまにならいいか……。
と色々考えてると紀子が少し目を細めた。
「何ニヤついてるの? 気持ち悪いんだけど」
「……はいはい。とりあえず食おう。冷めるから」
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普段の朝食は手軽なトーストが多いけど、白飯もいいかもな。
何より米が旨くて、つい茶碗に山盛り2杯も食ってしまった。
昨日、糖質減らそうと思ったところだったのに。
と言いながら、紀子もきっちり2杯分のご飯を食べていた。
「……何でそれだけ食べても太らないんだよ」
思わず愚痴ると紀子は不思議そうに言った。
「逆に何で太るの?」
「そういう風にできてるんだよ、人体は」
「私は太らないけど」
「そうだな、お前はな」
そんな会話をしながら浴衣から服に着替える。
お互いラフな私服だからオフモードなんだけど、それでもやっぱり現実に戻っていく感じがする。
荷物をまとめフロントでチェックアウトをすると、既に宮本さんから日本酒の手配がされていて、俺たちは会計を済ませるだけですんだ。
宮本さんに外まで見送られながら、送迎車に乗り込む。
……もう終わりなんだな。
短い一泊二日だったけど、それでもすごく濃い時間を過ごした気がする。
坂を下る車に揺られながら、紀子と無言で熱海の山と海を見つめていた。
熱海駅から新幹線に乗り東京へ向かう。
帰りも同様に窓側に紀子を座らせ俺も席に座ると、新幹線は滑らかに走り出した。
乗車時間は45分だからあっという間に東京だな。
そう思っていると紀子の頭がコツンと肩に乗った。
「……もう終わりだね」
紀子が呟く。
「……そうだな」
「今回の温泉、よかった。久しぶりに仕事のこと忘れられたし」
「それならよかったよ」
……また明日から仕事だけどな。
でも今は考えないようにしよう。
「次の悠樹の誕生日、どこか行こうか。また温泉にする?」
「……そうだな。次は草津とか行ってみるか?」
「でも悠樹、大浴場苦手だもんね。部屋風呂のある旅館、探してみる」
「……楽しみにしてる」
そのまま紀子は黙って目を閉じたので、俺も紀子の頭にもたれ掛かって目を閉じた。
どちらともなく繋いだ手から、紀子の温もりが伝わってきた。




