第34話 星野凛花は伝えたい
学校を出る。校門へ向かう。日は落ちようとしていた。
校門前に立つ、美少女が一人。
「……待たせた、よな」
「——そうね」
彼女、星野凛花は斗真に近づく。その細い手が斗真の顔に触れる。
「冷たい」
「そうよ。責任を取りなさい」
「うん」
そうして斗真は凛花の手を取って、ぎゅっと握った。そのまま斗真のポケットの中に突っ込む。二人は肩がぶつかって邪魔に感じる程近くにいた。
「……全部、聞いたわよ。ことねのことも、一葉のことも」
「そっか」
斗真は、否定も弁解もしない。ただ受け止めるように頷いた。
「でもね、私、他の子たちみたいに素直じゃないから」
凛花はまっすぐ前を見つめたまま、言う。
「今日。今日が最後。そう思うとね、虚脱感と満足感が両方やってくるわ。全能感とでもいうのかしら」
「なんだそりゃ」
二人は歩く。ポケット中で絡みつく指。その主導権は斗真が握っている。……そう思っていた。
「——ねえ。他の子たちはどうだった?」
「どう、かぁ。いつも通り、だったかも」
「そう……」
あれだけの思いを受け取っておきながら”普通”と言った斗真。彼は彼女達のアプローチの中で本質を見ていた。皆が皆、斗真に思いを寄せている事をしっかり受け止めている。
その上で、彼女達らしさを感じて”普通”といった。
「ん、そっち?」
「ええ、こっち」
ポケットの中の手が引かれ、凛花の意志に従う。向こうへ渡りたいのなら信号を待てばいいのに、彼女はわざわざ歩道橋を渡ろうとしている。
階段を登る。そうなって二人の手が繋がっているのが邪魔になり、自然と解けた。
歩道橋のテッペンに着く。
「高い所はいいわね」
「ちょっと気持ちは分かる」
歩道橋の真ん中。真下には車の往来が見える。
「ねえ斗真くん」
「ん」
「私、ロマンチストなの」
「へぇ……」
「ここで、私に愛を囁いて、抱きしめて、二度と放さないと誓って欲しいの」
そういう彼女の顔は、真顔で。真意を汲み取ることが出来ない。
「……凛花。それは……」
「他の女にやったようなことを全てやってほしいわ」
「無茶をいうなぁ……」
「でなければ私、ここから飛び降りるわ」
そよ、と吹いた風が彼女の匂いを運んでくる。彼女は玉砕覚悟でここにいるのだろう。
「お願い斗真くん。私を、失望させないで」
声は淡々としていたが、少し――震えのようなものを感じる。
「私は、今日ここであなたと結ばれたいの。そうならないのなら、あなたの傷になって一生つきまとうわ」
彼女なりの決意をみせる。だが、斗真にもこれまで見てきた覚悟があった。
誰もが悩み、苦しみ、答えを出すけど間違いになり、傷ついて、それでも前に向かう。
「凛花……」
彼女に一歩近づく。
頭によぎったのは真雪との会話。”これ”がそうだというなら。
(最後に、俺の背中を押してくれ)
彼女は奈落を飛んでいる。”俺”も飛ぶんだ。どこまでも高い、その絶壁から。——背中を押されて。
ポケットから取り出したのはスマホ。画面には”催眠アプリ”。それを凛花に向けて突き付ける。
「——これを見てくれ」
「……それがなんだというの?」
「お前はこれから催眠にかかる。俺の言う通りにしか動けなくなる」
「もう知っているのでしょう? それに、そんな力はない」
知っている。分かっている。でも――。
こんなものでも背中くらいは押してくれる。
「俺は、凛花の事が好きだ」
「——! ええ……!」
「でも、凛花一人を選ぶことは出来ない」
「どうして……!」
「それは――」
”俺”が願った理想の学園生活じゃない。
「俺は皆と幸せになる。それは凛花も例外じゃない」
「……私は納得しないわ」
「させてみせる。俺は――お前が好きだから」
陽が沈むまで十分もない。その間に説得してみせる。
「どうして私一人を選んでくれないの?」
「それは、俺の理想じゃないからだ」
「でもその理想は、同時に私の理想ではなくなるわ」
「二人の理想は同時に叶わない。でも納得させることは出来る」
「どこからそんな自信が湧くのかしら」
スマホをかざした手を降ろさない。
「お前は”俺の言う事を聞く”」
「そんな催眠は効かないわ」
「違う。——”好きだから”、聞くんだ」
「っ……! 随分と傲慢なこと」
確かに傲慢だ。でも、アプリが背中を押す限り、言葉を紡ぐのをやめない。
「でも、無理なんじゃないかしら。選ぶって、傷つくことだと思うわ」
「それは違う。その結論は一人で決めるからそうなるんだ」
「みんなならどうにか出来るとでも? それこそ不可能だと思うわ」
「そんな綺麗事で片付けるつもりはないよ」
俺は折れない。俺だけは、ここで下がってはいけない。
「みんなが、各々が守るんだ」
「何を? ルール?」
「自分の”恋”を」
「——」
「恋ってさ、誰かに選ばれるものだって思ってた。でも違った」
「違う……?」
「それぞれが、自分の“好き”を信じて、守るものだったんだよ」
俺が出した結論。それは、誰もが感じてしまう刹那的な感傷。”ここでなきゃダメ””今じゃなきゃダメ”。そういう焦りに対するアンサー。
人生は今終わるわけじゃない。——例え終わるとしても、それは刹那ではないはずだ。
「……いいえ。たとえ自分の恋を守るとしても、自分が壊してしまう事って、多分あるわ」
凛花は歩道橋の手すりに触れる。
「今みたいに」
「……その時は――」
目を見る。思いを伝える。
「俺が守る」
「——」
凛花は目を伏せる。何を思い、何を言おうとしているのか。俺には分からない。
「……無理よ。今だって、たった一言、あなたの好きが聞けなくて、こんなにも不安になっているのに」
「なら、俺の事が嫌いになったのか?」
「……」
その少しの間は、凛花にいろんな事を考えさせただろう。
「いっそ――”そう”言えたら、楽だったのかもしれない」
「……」
「でも、ダメね。嘘でも、言う事も、考えることも、ダメなのかもしれない」
「凛花……!」
彼女の戦意が消えていく。彼女が纏うオーラが失せていく。
その場にへたりこむ彼女の元へ駆け寄る。
「ふふ……嫌いになったかしら。こんなめんどくさい女」
「ならない。だって、それが凛花だろう?」
「そう……。あなたってそうだったわね」
陽が落ちた。辺りが一瞬暗くなり、街灯が点く。自然的な明るさが失せた後には、人々の積み上げたインフラが街を作る。
(この人は、どこまでいっても理想にしがみつくのね。でも、そんな理想に、私も少しだけ救われた……のかもしれない)
「少しは、信じてもいいのかもしれないわね」
「俺をか?」
「それは傲慢ね。ふふ、言いたくなくなったわ」
「なんだよ、気になるな」
「いつか。でいいんじゃないかしら」
最後にしてやられた感があるが……それもまたいつか、ということで。
「帰ろうか。……送るよ」
「そう……」
こうして俺達のやりとりは終わった。明確な決着はついていないのかもしれない。それを”またいつか”に持ち越した。
最初の願いも、具体化すればこうなるだろう。俺はハーレムを築いてそして”……”、と。誰かを選ぶ気概も覚悟も無かったと思う。
だから俺は”みんな”を選んだ。……それだけの話だった。
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