第21話 藤宮斗真の過去
「……なにかしら」
上級生と思われる男子学生三人に絡まれる凛花。星野過激派について当然凛花は知らない。
「お前、今フリーになったんだって?」
「はぁ……懲りないわね。たかが噂に惑わされるなんて」
ため息混じりに、凛花は髪をかき上げた。
だが、その手がかすかに震えていたのを、彼らは気づいていない。
「前から思ってたんだよなぁ、星野ってよぉ」
「高嶺の花ぶって、誰も寄せつけねぇ。でもフラれたらただの女じゃん」
「それなら俺らにもチャンスあるだろって話よ」
にやついた笑いとともに、囲むように距離を詰めてくる。一人はスマホを構えて凛花に向けている。撮影でもしているのか。
「……くだらない」
「ん?」
「あなたたちみたいな安物の自尊心を満たすために、私はここにいるわけじゃないの。私に関わるなら、せめて爪を研いできなさい」
「……ほぉ」
一歩、近づかれる。
「そうやって言葉だけは強気でいられるのも、今のうちだよな」
「そもそも、“藤宮の女”じゃなくなった時点で、お前の価値なんてよ」
手が顔の方に近づく。
その瞬間、凛花の背筋が跳ねた。反射的に手が動いた。
——平手。男の頬が鳴る。
「……いい度胸だな」
「ふん。手を出したのはそっちでしょ?」
「この状況で強がれるとか、マジでウケる」
「誰も来ないぞ、ここ」
逃げ道を塞ぐように、男たちが囲む。
だが凛花は、目を逸らさなかった。
(大丈夫。大丈夫……私は、“星野凛花”なんだから)
唇をかみ、足を踏ん張る。
それでも、膝が震え始めていた。
「どうするよ? このままじゃ済まねーよなぁ?」
「……私に何かした瞬間、あなたたちの人生、終わるわよ」
声が震えていた。でも、言葉は鋭かった。それだけの抵抗は出来た。
「へぇ、それって脅し?」
「——警告よ」
気高く、鋭く。
それでも、逃げ場はなかった。
文字通り手を上げられる。
(助けて、なんて。都合が良すぎるかしら――。斗真様——)
目元が熱くなる。こんなところで涙なんて流せない。
男の手が伸びる。何をされるかなんて下衆な事、考えたくもない。
その手は――。
「——おい」
そこへ、別の声が聞こえる。
「あん? なんだテメェ……」
「楽しいか。女の子に寄ってたかって」
その声の主は近づいて来る。それを見た男の一人が迎える。
「お呼びじゃねぇんだよ――っと!」
安易に拳が振るわれた。確かな打撃が顔に入ったようだ。
だがその男は平然として歩みを続け、凛花の近くまで来た。その男は笑って見せた。
「斗真様……!?」
「様ってなんだ?」
まるでいつも通りのやりとり。周りにいる男たちを完全に無視した振舞だった。それに腹を立てた男の一人が手を上げる。再び斗真は顔を殴られる形になる。
「斗真様!」
「……。素人が――」
確かに顔面を殴られた斗真。しかしびくともしない。
一方的に殴っていた男たちの方がたじろぐ。
「な、なんなんだお前!」
「顔、殴るとよ――」
その声は普段の斗真のものだった。故にこの場では異質さを放つ。
「——バレやすいんだよな。先生も気付くし」
「ああ……?」
「だからやるなら”こう”だよ」
一瞬、構えもなく振るわれたのはボディブロー。浮遊肋骨とよばれる人体のもっとも脆い胴体を的確に撃ち抜いた。その男は膝から崩れ落ちる。
「不条理だろ。お前らが殴ったのが顔面だったおかげで、こっちは被害者面が出来る。——その体、まだ殴っても大丈夫なわけだ」
淡々と話す。その姿に男の集団の一人が気付く。
「トウマ? 藤宮斗真か!?」
「ん……」
「まずいですよ! ”あの”藤宮なら相手にしない方がいい!」
そう言って腹を押さえる男を二人がかりで運んでいく。
こうして凛花は守られ、校舎裏に静けさが戻ってくる。
「いちち……」
「斗真……くん! 大丈夫? 鼻血が……」
「ああ大丈夫。狙って出しただけだから。被害者っぽいだろ」
斗真は普通に立ち上がった。そして座り込んでいた凛花に手を伸ばす。
「ほら。お前こそ大丈夫か?」
「ええ、ありがと……」
斗真の手を取る。だが上手く立てない凛花。目の前で繰り広げられた暴力が彼女の腰の力を奪っている。
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ。せっかくだし、ゆっくりしようぜ」
その優しさが効いたのか、今になって涙が溢れてくる。
肩が震え、押し殺すようにしゃくり上げる凛花。嗚咽が混じる。
強がって、気丈に、誰にも見せずにいた心の奥が、一気に崩れていく。
「や、だ……。こんなの……私らしくない……」
声が震える。涙は止まらない。プライドの欠片が砕けていく音すら聞こえそうだった。
斗真はただ、黙って傍にいた。それが最善だと思った。
しばらく経った。凛花も少し落ち着いたようだった。
「あの、斗真、くん……」
「うん?」
「あの噂は、本当なの?」
「俺のやつか? まぁ多少尾ひれはついてるけど。ていうか学年全員知っているかと」
そう。彼女たちも過去がある様に、藤宮斗真にも過去はある。
* * *
一年前。
背景は多く語られないが、結果だけが学年中に広まった。
”藤宮斗真という男子生徒が上級生十人を殴り伏せた”と。
その事件があってから斗真は一人、孤立するようになった。
多少の交流はあった。しかし彼からは青春なんてものは無くなったようなものだった。
故に、青春が買えるならと手を伸ばした。催眠アプリに。
* * *
「……くらいの、聞き飽きた話だよ」
「忘れていたわ。そんな話」
当時がどうだったかは凛花自身覚えていないが、少なくとも凛花には斗真に対してネガティブな印象はない。
……静かな時が流れる。互いに心地よいと感じる時間だった。
(私……ずっと斗真様を試してたのよね。 プライドで、駆け引きで、計算して……。 でも、全部どうでもよくなった。 だって今の私はただの女の子で、怖くて、情けなくて、崩れて、 それでも、助けに来てくれたのは、あなたで。
だから今、もう一度……ちゃんと、言わせて)
「ねぇ斗真くん」
「なんだ?」
「……今は、まだ言わないわ。もう少しだけ、このままでいたいの」
凛花の胸にはある思いが芽生えていた。だがそれを告げるにはまだ少し早いと感じていた。
「そっか。いつでもいいからな」
斗真も優しくそれを見守ることにした。
* * *
実はこっそりついて来ていた葛城。なんか上手くまとまったみたいでほほ笑む。
「ふん。貸し一つよ、星野凛花」
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