第19話 なんかエッチじゃね?
>……というわけでユナ君だけがいい思いをしないようにしていた、というわけだ。
真雪が事情を説明した。グループに投下された写真の威力の高さを鑑みて、真雪主導のもと、一人づつの時間を無理矢理設けた、という話だ。
>そういう事だったのね。妙だとは思ったわ。
>明日には盗撮機は破壊します。
葛城と紗良が口を出す。どちらも納得していた。それよりも……。
>結局あのあとどうなったのかしら。——綾小路さん?
返答は無し。夜も遅い。見ていない可能性は十分にあるが……。
>……いいわ。朝の時間は私がもらうから。おやすみなさい。
凛花が一方的に言い切ってトークを終える。
――次の日。
午前7時。かなり早い時間から動き出すのは凛花だ。
(なに。基本は胃袋を掴めばいいのよ。朝食も私が作って、一緒に食べ、一緒に登校する。ふふ、通い妻、ね)
藤宮宅のチャイムを鳴らす。問題は妹ちゃんね、と考える。だがいずれは通る道、今から少しづつ距離を詰めていけばいいだけのこと。
ガチャ、と戸が開く。
「おはよう。藤み、……」
現れたのは綾小路ことねだった。明らかにサイズの合っていない服を着て、それはまさに――。
「——」
「……」
「——見なかったことにするわ」
「うん……」
そうして凛花は”撤退”を選択。一人学校に向かうのだった。
* * *
「ことねちゃん? 誰だったの?」
「いや、大丈夫。何もないわ、澄乃ちゃん」
「そう? それじゃあ――」
——約三十分後。
「お兄ちゃん起きて~」
「ん……。澄乃が起こしに来るなんて、珍しい」
「今日は特別。ことねちゃんが朝ご飯作ってるよ」
「ことね……。ハッ!」
そうだ。昨日は……。
「……着替えてすぐに降りるから」
澄乃を部屋から出し、すぐに着替える。昨日、昨日か……。
部屋から出てリビングに向かう。
「……おはよう」
「おう……」
キッチンからふわりとだしの匂いが漂う。
エプロン姿のことねがフライパンを振っていた。――中に着ているのは、昨夜斗真が部屋着にしていたTシャツ。肩が落ち、裾は太ももぎりぎり。思わず視線が泳ぐ。
どうしていいか分からないまま、とりあえずテーブルに着く。そのタイミングで味噌汁とごはんが出てきた。
「……ありがとう」
「ううん……別に……」
テーブルに揃ったご飯たち。ごはん、味噌汁、鮭の切り身、冷奴、机の真ん中に切れ端のない卵焼き。
「お兄ちゃんのためにお弁当まで作ってくれたんだよ」
「なるほど。だから切れ端がないのか」
斗真の正面に座る澄乃が言う。そして隣にはことねが座る。
「……いただきます」
「……うん」
まず味噌汁から頂く。味は……少し薄かった。
「全部ことねが?」
「まぁ、うん。……おいしくない?」
「いや、そんなことはないぞ」
次は卵焼きを食べる。こっちはむしろしょっぱかった。
「醤油取ってくれるか?」
「うん」
醤油差しの位置的に澄乃の方が近いのにわざわざことねが手を伸ばした。澄乃は動く素振りすら見せなかった。コイツ、もしかして……。
取ってくれた醤油差しを取る。不意に互いの手が触れる。
「……」
「……」
どちらも表には出さない。だが心臓は確実に早鐘を打っている。
「ねぇお兄ちゃん」
「なんだ」
「二人が結婚したらこんな感じなのかな?」
「「ゲッホゲッホ」」
二人してむせる。この妹は……!
「なんか楽しいね!」
一見無邪気に見える妹。しかし端々に策略のようなものが見える。
ウチのテーブルは広くはない。二人並んで座れなくもないが、少し詰める必要がある。
左側に斗真が、右側にことねが座る形になる。
そして斗真は右利き。つまり何か動く度にことねに触れる可能性を考えなければならない。
……別にそれだけなのだが。
「お兄ちゃんが結婚したらどうなるのかなぁ」
「……」
「案外しっかりする? いやいや手のかかる兄は変わんないか~」
「……」
一体どんな感情でいればいいのか。斗真とことね、気まずそうな空気が流れていた。
「そ、そういえばことね」
「なに?」
「部活の朝練とか、いいのか?」
「うん。今日は、いい……」
「……」
話題を変えようとするのに失敗した。気まずい空気になる。
結局、そのまま朝食を終えた。
「じゃ、片づけは俺がやるから」
「私、脱衣所借りるね」
ことねは制服を持って脱衣所に向かう。斗真は洗い物担当だ。
「ああー、しまったー。兄の携帯を脱衣所に置いてきてしまったー」
「何やってんだおまえ……」
「取りにいかないの? ことねちゃんの裸が見れるかもよ?」
「行くかよ。別に後で取りにいけばいいだけだし」
ちぇーと残念そうな妹。見たいのか、半ば犯罪を犯す兄の姿を。
一方、更衣室。
(髪とかどうかな。変じゃないかな)
ことねは着替えを済ませていた。……そこにバイブレーション音が響く。
(こんなところに斗真の携帯が……。着信?)
取り上げてみると、画面には「凛花」の文字。
(……)
通話をしてみる。
「おはよう斗真くん。多分朝から面倒なことになっているだろうけど私の着信を優先してくれてうれしいわ。わけあって今朝はあなたの家に寄っていないけれどあまり気にはしないでね。理由は分かっているだろうけどまぁそういうことよ。ことねが朝から色々やっているのでしょうけれど私は動じていないわ。私はあなたと同じクラスだものね。そういえば次の学校行事について学級委員で話し合いをしなければいけなかった気がするわ。放課後は久しぶりに二人きりになれるわね。ええ、言わずともわかるわ、私も楽しみだもの。私は一足先に学校へ来てあなたのロッカーと机を磨いておいたわ。出来る女ってこういうところよね。別に感謝はいらないわ、あなたの最も近い存在としてやるべきことをやっているだけだもの。朝の学校も風情があっていいものよ。静かな教室に運動部の掛け声が少しだけ聞こえる。こんな環境で二人きりで勉強するというのもなかなか悪くない、そうは思わないかしら斗真くん」
「……あはは。よろしく伝えておくね、星野さん」
「……」
沈黙。
「……は?」
ことねは通話を切った。
「お、おまたせ」
更衣室から出ることね。ただ制服になっただけなのにちょっと緊張する。
「えっと、行くか」
「うん……」
「いってらっしゃい兄!」
たどたどしい二人とそれを楽しそうに見る妹。
斗真とことね、二人並んで――ちょっとぎこちなく――登校するのだった。
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