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06. 最終回

 執事がクラウスの元へ戻ってくると明日の予約が取れたそうだ。それを聞いてクラウスはエステルの屋敷へと急いだ。


 クラウスはエステルの屋敷へ行くと応接室へと通された。クラウスは居ても立ってもいられない。


 ここで筋トレでもやっていたいくらいだ⋯⋯早くエステルに伝えたい⋯⋯


 人生で1番時間が長く感じたように思えた。


 走ってくる足音が聞こえる。部屋の扉が勢いよく開いた。エステルだ。クラウスはエステルを見るとこう告げた。


「エステル、俺は⋯⋯私は公爵の子息に正式になった。婚約を申し込みたい」


 そう言うとクラウスは跪いた。エステルはクラウスの手を両手でぎゅっと握った。


「ありがとう⋯⋯クラウス、本当にありがとう⋯⋯私、クラウスのことが」

「ちょっちょっと待ってくれ。それは俺から言わせてくれ!」


 クラウスは手でエステルの言葉を制すと深呼吸をして話し始めた。


「俺は、1度目の人生を何度も悔いていた。2度目の人生があるなら絶対に良いものにしたい。そう思っていた。例え王子の身体になろうと俺の気持ちがエステルに伝われば良いとずっと思っていた。

 もう1度人生をやり直せるなら君のそばにいれるよう何だってやると思い続けてきた。それが明日叶う。王子と君の婚約の可能性を叩き潰して、君と結婚したいんだ。エステル、生涯を共にしてくれないか? もう誰にも君を取られたくない。君と共に人生を歩んでいきたい」


 エステルはそれを聞くと目を潤ませた。


「私も1度目の人生を王子に台無しにされた。でもあなたが王子を殴ってくれて、あの後の人生は少し救われたの。あなたが殺されてしまったことは人生で1番悲しかったわ。

 2度目の人生は神様に試練を課せられたの。あなたが何度も私のところへ来てくれて、その度に断ったのは心が痛んだわ。だってあなたに会えば会うほど王子ではなくあなたにしか見えなかったんだもの。

 3度目の人生はあなたに救われたの。その恩返しをしたいんだけど⋯⋯これから少しずつ返していきたいの。あなたがいない人生なんて考えられないわ。あなたの側にいさせてください」


 クラウスは立ち上がってエステルを引き寄せた。


「エステル、抱きしめてもいいか?」

「ふふっまだ婚約前だからって気にしなくていいのよ」


 そう言うとエステルはクラウスに近づき身体に腕を回した。


「これならいいでしょう?」


 抱きしめられたクラウスは息を止めるように目を閉じて少し上を向いた。

「君はなんていじらしいことをするんだ」


 その後、前の人生について思い出話に花を咲かせた。


 まずは気になっていた2度目の人生でエステルに課せられた神様の試練についてだ。

 エステルはこう答えた。


【王子をきっぱり振って婚約を阻止することが婚約までに出来た場合は、王子と生涯婚約しないで済む】



 ⋯⋯俺は心に大きなダメージを食らいながら嫌いと言われ続けた理由がやっと分かった。エステルも必死に嫌いと言い続けていたのだ。


 クラウスはエステルの手を取り真剣な顔を向けた。


「俺はこの先の人生で王子から受けた⋯⋯ことを忘れるくらい大切にするから、その、口付けだって⋯⋯結婚後でもいいし、君が触るのを嫌がるならずっと待つから」


 王子が無理矢理自分のものにしたんだ、エステルの心はひどく傷ついているはずだ。俺の感情だけでエステルと一夜をともにするのは以ての外でキスだって嫌かもしれない⋯⋯俺は修行のごとく耐えるんだ!


「ありがとう⋯⋯でもあれは噂だけだし、そこまで気にするものじゃないわ」

「噂? 待て、どの噂だ? だだだって君は王子に⋯⋯無理矢理されて婚約を結んだんだろ?」


 それを言うとエステルは顔から湯気が出るほど赤くして動揺した。


「違うわ! クラウスはあんな噂を信じていたの?」


「えっ? だって婚約前日に会った日に首にあったキスマークを手で隠していたし、実際噂が流れた後、アランが君との夜の⋯⋯行為の詳細を取り巻きに話しているのを聞いた。それに君はおしゃれでもないのに首にりぼんをつけていた日もあっただろう?」

「やだ⋯⋯全然違うわ! 婚約前日に首にあったのは虫刺されて痒かっただけよ。それに首にりぼんを巻いてた日は、その虫刺されが一旦落ち着いたんだけど、また痒くなっちゃったの。それで夜な夜な掻きむしっちゃって、首中荒れちゃったから薬をつけていただけよ。でもわざわざ言うのも変でしょう? 言おうか迷ったけどやめたのよ」


 その迷いが勘違いを招いだのか⋯⋯いや、俺が勝手に勘違いをしたのか⋯⋯


 クラウスは前のめりになりながら他に気になっていることについても確認した。


「じゃっじゃあ君はアランと婚約してずっと元気がなかっただろう? それも説明がつかない。深く傷ついてたんじゃないのか?」


「⋯⋯やだ、そんなことも見てたの? あれは婚約して⋯⋯あなたに会えない寂しさで暴食したら、王子に痩せてる方がいいって言われて、ダイエットしてたのよ」


 クラウスは長年の勘違いにエステルの新しい情報が加わってひどく混乱していた。


 俺が婚約前日の日に見た赤い発疹をキスマークだと勘違いして、ずっとそんな目で見ていただけだったのか⋯⋯。じゃあ、じゃあ本当にないんだよな? 何も無いんだよな?


「エステル⋯⋯じゃあ君と王子には何もなかったんだな?」

「ええ、キスどころか抱擁だってほとんどなかったわ。ただいやらしい目では見てきたかも」


 クラウスは下を向いた。相好を崩して大きな口を開けた。


 うおおおおおぉぉぉ、うれしいぃぃぃ!!

 俺の勘違いだったのかあ! 俺がどれだけそれに苦しめられたか⋯⋯いや、この際それはいいんだ。あいつが見栄っ張りなだけでよかったぁぁぁ!!


 クラウスはこっそりガッツポーズを取り続けた。


 そこへ神様は”あること”を教えてくれた。


 何っ? やっぱりそうなのか!


 クラウスは顔を上げるとエステルを抱きしめた。エステルも顔を擦り付けてきた。するとクラウスの胸は締め上げられたかのように喜びで痛む。


 この可愛らしい表情も声も眼差しも俺に向けられていたんだな。しかもさっき俺に会えなくてさみしくて暴食したって言ってたよな? なんていじらしいんだよ! あぁ、もっと触れ合いたい。エステルに近づきたい⋯⋯。


 それでもクラウスはその日、エステルに口付けをすることはなかった。それだけはなぜかしちゃいけないと強く思ったんだ。我慢するのは大変だったが俺は耐えきったんだ。



 ■



 次の日、ダグラスとエステルと王城へ来ていた。正式な婚約書は任意のものなので提出する人は少ない。だが、提出されれば効力を持つのでクラウスとエステルは絶対に出そうと話をしていたのだ。


 そしてクラウスは未成年の養子なので、保護者が必要となる。それについてはダグラスがついてきてくれた。王城の近くで馬車から下りると、アランの姿が見えた。


 くそっ、こんな時にアランと遭遇するのか。フラグが立たないといいんだが⋯⋯。


 クラウスの心配をよそにアレンはエステルがいることに気がついたらしい。そのまま見つめ続ける。するとこちらの方へ近づいてきた。


 エステルは仕方なしに王子へ挨拶をした。すると下品な声をかけてきた。


「君はエステル令嬢じゃないか。初めて会うけど、可愛いね。俺とこれからお茶をして散歩をしないか?」


 お前だけは前世の行為だろうが、今世でやってないと言われたって俺は許さない!


 俺は走り出した。そして1度目の人生と同じく勢いをつけてぶん殴った。


「へぶしっ!」

 アランは地面に叩きつけられていた。


 アランは頬に手を当てクラウスを睨みつけてくる。


「こんなことやって済むと思うなよ。お前はたしか⋯⋯」


 クラウスはしゃがむとアランの顔に近づいて、耳打ちをする。


「お前なぁ、エステルは俺と結ばれるんだ。変なことするならお前が童貞だってこと広めてもいいんだぞ」


 クラウスは顔を話すと黒い笑顔をアランに向けた。アランの顔から血の気が引いた。そんな事を広められたら男のプライドとして耐えられないだろう。


 すると取り巻きの1人がダグラスに気がつくとアランに耳打ちをした。おそらく“氷の怪物”の話を知っているのだろう。アランはダグラスを見ると青ざめた。


 クラウスの気分はようやく晴れたのだ。だが、それだけでは終わらなかった。エステルがなぜかアランに近づいていく。


 何が始まるんだ⋯⋯?


 クラウスは心配になった。エステルはアランの目の前でにこりとした。するとアランは希望の目でエステルを見た。


「私はあなたのことが嫌いです」

「へっ? きら⋯⋯嫌い? ⋯⋯嫌いって⋯⋯」


 でた⋯⋯俺の心を砕きに来たボス級の攻撃だ。初対面でもそれなりにダメージがあるだろう。


 クラウスの思った通りのようで、アランはちょっと悲しそうな顔になった。俺は心の中で盛大に喜んだ。するとエステルはクラウスと目が合うと茶目っ気たっぷりに笑顔を向けてきた。


 それだけではない。クラウスは秘密裏にある準備をしていたのだ。


 それはアランが隠れてギャンブルで借金をしていること、それから複数の女学生にお手つきにしたと噂を流したこと。それについては女学生がアランをフッた腹いせにありもしない噂を流していたようだ。その証拠を集めて王室に提出していたのだ。


 これで廃嫡は免れないだろう。辺境の地へ送られるかもしれない。そしたら死ぬまで強制労働をしてほしいものだ。


 こうして俺とエステルは無事に婚約したのだった。



 ■



 その後のことも少し話しておこう。


 公に俺が公爵になったこととエステルと婚約したことは学校全体に知れ渡った。それを聞いた生徒たちがすぐに親へ知らせるだろう。


 国中に知れ渡るのは時間の問題だ。


 しかもエターランドの領主の息子だ。冷たい目線を向けてきた生徒たちは引きつった笑顔へと変わっていった。


 それで俺の方はと言うと、エステルに口を緩め続けた。何をしていも可愛い。堂々と隣にいることも出来るし、話も出来るのだ。ただ、俺がエステルを可愛いと思えば思うほど手を出せない苦しみを味わっていたのだ。



 ヘビの生殺しだ。



 俺が魚だったら、この苦しみに“3枚に下ろしてくれ”と叫んでいただろうし、豚だったら“ソーセージ”に加工してくれと叫んでいたところだ。


 一度、エステルから恥ずかしそうに口付けくらいなら結婚前にいいんじゃないかと言ってくれたが、俺は断固アランと違う人間だと示したかったので、丁重にお断りした。


 すぐに激しい後悔に襲われたのは俺の秘密だ。


 それからエターランドには何度も足を運んで、エステルも連れて行った。山の麓で飼われいる白ウサギや白いトナカイを嬉しそうに見ていた。


 そのエステルの姿を見ている俺の方が喜んでいただろう。



 ■



 そしてようやく結婚当日がやってきたのだ。長い道のりと俺の壮大な勘違いと忍耐の挑戦を経て俺はたどり着いたのだ。目の前には世界で1番輝いている俺の花嫁がいる。


 俺の花嫁は眩し過ぎて見えないほどだ。と言いながらもじっくりガン見させてもらう。1秒でも長く君を見ていたい。



 俺を恥ずかしそうに見てくる花嫁姿のエステル


 そして俺の視線にちょっと照れているエステル


 俺が笑いかけると笑い返してくる可愛いエステル


 その後、結婚式が始まって緊張した顔をしているエステル


 俺の目の前にやってくるとベールを取る



 長かった⋯⋯そしてようやく君は目の前にいる。



 そして俺はそのことに感極まって涙で目が滲んで眉をひそめると心配そうに見つめてくるエステル


 俺がエステルの顔に近づくと俺の姿がエステルの瞳に映る。


 俺の瞳にもエステルが映っているのだろうか⋯⋯


 今エステルがどんな顔をしているのか分からない。


 俺はエステルの唇にそっと唇を重ねた。

お読みいただきありがとうございました。

はじめは短編でお話を作り始めたら、あれよあれよと文字数が増えて盛り上がってしまい各エピソードに分けて連載の形にしました。楽しんでいだけると嬉しいです。


誤字・脱字がありましたら、ご連絡よろしくお願いします!

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