百十話 久々の宴会
部隊を北上させていくと、途上で砦を見つけた。
ガレオンが駐留していたという報告のあった場所である。
偵察を放ち、調べて見るともぬけの殻であった。
「ミラの推測通りだ。退いたようだな」
「情報の伝わりが速いようですね」
「あんたら、会話噛み合ってる?」
私とミラが話していると、マコトが口を挟んでくる。
「もちろんだよ」
「俺には話の繋がりがよくわからない」
「前の戦いの結果から、バルドザードの指揮者はガレオンを退かせるだろうとミラは予想していたんだ。でも、指揮官がその判断を下すにはその情報を受け取って、指示を折り返してガレオンに伝えなくちゃいけないでしょ?」
「ああー。なんとなくわかった」
本当にわかった?
「情報の伝わりが遅ければ、ガレオンは指示を受け取れずに今も砦で私達を待ち構えていたはずだよ」
「だから、わかったって」
「それは失礼した」
罠や待ち伏せの有無を確認してから、部隊は砦へと踏み入った。
「ずいぶんと急ぎで離れたようですね。物資が多く残されている」
武器防具の類はないが、砦には多くの食料が残されていた。
補給物資などならば輸送の関係で梱包がなされているものだが、砦に残された食料にその様子はない。
何より物に統一性が無かった。
日持ちのする糧食が見られず、小麦粉の袋もない。
なのに出来上がったパンはある。
「物資というより、略奪品かもしれないな」
バルドザードでは、補給物資が足りなければそこらの村から調達する部隊もあるらしい。
諜報部からも報告を受けたので、噂ではなく事実だ。
ガレオンはその例に当てはまっているようだ。
不意に、ぐぅと腹が鳴った。
共鳴するように、後ろで立っていたクローディアの腹も鳴る。
ガレオンの襲撃によって物資を奪われた結果、反乱軍は食料の配給を節約しながら行軍してきた。
結果、みんな腹が減っている。
「砦の食料は食べちゃダメですよ?」
「わかっている」
毒を混入されている可能性もある。
食べるべきではない。
「おい、砦の食料どうするんだ? 食っていいんだよな?」
砦の調査に参加していたらしきリューが指示を仰いでくる。
その手には、歯形の付いたベーコンの塊が握られていた。
もう食ってんじゃねぇか。
「毒が入れられてるかもしれないから食べちゃダメだよ」
「いや、入ってなかったけど」
リューの断言には、説得力があった。
「……たまたま、入っていなかったものを食べただけかもしれないから」
「砦に残された食料はどうしましょう?」
そう言って、歯形の付いたパンを手にしたボラーが訊ねてきた。
ボラーさん?
「不用意でしたが、お腹が空いていたんです」
私の視線に気付いて、ボラーは恥ずかしそうに答えた。
仕方ないのかもしれない。
どうやら、みんな限界のようだ。
最後の食糧配給から時間が経っているのもある。
ミラはぐしゃぐしゃと頭を掻いた。
「他に砦の食料を食べた者はいますか?」
「探索に参加した者はほぼ全員が食料を口にしています」
「体調不良を訴えた者は?」
「今の所はいません」
ミラは私の判断を伺うように視線を向けた。
「もう、食べられるだけ食べちゃおうか」
そうして急遽、宴会が決定した。
以前は狩りや周辺の村からの提供でまかなった食糧を使って宴会をしていたものだが、敵国ともなればそれは難しい事だった。
そういう事情もあって、久々の宴会である。
盛り上がる機会がなくて、みんな鬱憤が溜まっていたのだろう。
始まったばかりの宴会は信じられないほど瞬く間に盛り上がった。
外の地べたに座り、それぞれ仲のよい者同士で集まって食事をしている。
歌ったり、踊ったり、全裸になったり、その全てを同時に行っている者もいた。
できあがるのが早い……っ!
供されているのはパンと加工肉とチーズ。
砦内にあった食料の種類がほとんどそれらばかりだったからだ。
というか、飯よりもほぼ酒。
殆ど酒場のメニューである。
盛り合わせで出してしまってもいい品ばかりだが、ケイは不満だったのか一手間かけて大鍋にチーズフォンデュ用のチーズを用意し、あとはサンドイッチを黙々と量産していた。
「あーうめぇー!」
ボリューム満点のサンドイッチに齧りつき、リューが歓喜の声を上げた。
確かに、その感想には賛同する。
驚くほど野菜が少ない事は少し不満だが。
「ぐはぁ! しょっぺぇ! 酒に合うぅ!」
口の中の物を飲み下すように、酒も煽る。
彼女だけでなく、他の皆も同じ様子だ。
今襲撃されたら危険だな、と思いながら私はその様子を見ていた。
私は酒を飲まないようにしておこう。
クローディアも同じ考えなのか、水を飲んでいた。
小さめのサンドイッチを串に刺し、チーズ液に漬けて食べる。
あら、美味しい。
「そういや、次の方針とか決まったのか?」
リューが問いかけてくる。
「一応、ね」
「何で呼ばねぇんだよ。俺も話し合いに参加したかったのに」
「ああ、ごめん」
作戦や方針はいつもミラと話してから、軍議で発表している。
その際に反対意見や改善点の意見などがあまり出ないから、重視していなかった。
今まで聞いているだけの側だったリューを話し合いに参加させるという考えを失念していた。
「それで、これからどうする予定なんだ?」
「部隊を二つに分ける事になったよ」
「ガレオンはどうするんだよ? ケイと姐さんがいねぇと勝てないだろ」
お、冷静だ。
「それに関しては策がある。詳しくは酒が入っていない時に話すよ」
「ふぅん。じゃあ、二つに分けてからどう動かすんだ?」
「シンプルに二面作戦だよ。部隊を一度合流させたのはガレオンを警戒していたからだ。で、今回はガレオンを釣るために分ける必要がある。ついでに、効率重視のミラは敵拠点も同時攻略してしまおうという考えに至ったわけだ」
「なんかその説明聞いてると不安になってくるな。大丈夫なのかよ?」
二兎を追うもの一兎も得ず、という言葉もある。
リューの不安は当然だ。
「お前も頭で考えるようになったんだな」
ジーナは言って、皮肉っぽく笑う。
「何が言いてぇ? 頭以外じゃもの考えられねぇだろ!」
反発するように言い返すリュー。
二人のやり取りを見て私は軽く笑う。
「ミラは慎重だ。そんな彼女が戦力を分けるという事は、それでも十分だと確証があるから」
ミラには諜報部の一部を自由に使える権限を与えている。
情報収集には余念がないはずだ。
それを踏まえた上で作戦は立てているはず。
「多分、大丈夫でしょ」
「多分、と前置きされなけりゃ、もっと安心できるんだけどな」
「私も自信家じゃないからなぁ」
断言する事は難しい。
「……うちさぁ、前とは攻め方が違うよな?」
ぽつっと、リューは疑問を吐露する。
「どう違う?」
「前はほとんど全員で一直線だったじゃん。こう、今みたいに敵の陣地を全部塗り潰すみたいな動き方じゃなかった」
両手の平を広げ、手振りを交えながらリューは答えた。
「そうだねぇ」
「何で今回はそうなんだ?」
「そこに気付くとは……やはり天才か」
「馬鹿にしてねぇか?」
ははは、と小さく笑って誤魔化す。
アルコールは入っていないはずなのに、ちょっとテンションがおかしい。
場酔いかもしれない。
「実際、馬鹿だったからなぁ」
「うるせぇよ」
からかうジーナにリューは怒鳴り返す。
「その答えなんだけど、大まかに分けて理由は二つあるんだ。一つは、リシュコールの情勢に余裕ができたから」
今までは定期的にママが姉妹達を引き連れてリシュコールへ帰っていた。
言わずもがなこの五人は、リシュコールの中でも戦力の要。
主力となる人員である。
それが居なくなれば、バルドザードに盛り返されるという事態に陥るのも仕方がない。
実際にガレオンとあたってみれば、ママや姉妹達を抜きにして対応できる人間がいないというのも納得できる。
ガレオンの重力波は実力があったとしても、強引に力勝負へと巻き込む技だ。
純粋な力だけでなく、伯母様のように指揮能力の高さで抜擢された将もいるだろう。
そのような人間に、ガレオンの対処は難しい。
そして占領地域を増やしても取り返される事を繰り返されたため、リシュコール側は焦りを覚えたのだろう。
極力速く、奥地へ攻め入る戦略を取っていた。
拙速を重視した行軍にはやはり綻びが出るもので、そこを衝かれる形でバルドザードは反撃していたらしい。
結果としてやはり、進んだ分だけ戦況を盛り返される事になった。
けれど、今後は私とグレイスがママの名代として定期的に国へ帰ってママの仕事を済ませる事になったので、急がなくてもよくなった。
もう、ママ不在の隙を衝かれるという事はない。
「できるだけ、地盤を固めながら着実に進んでいくという方針になったんだよ。だから、側面を衝かれないよう、面的に攻める場面が増えたんだ」
「それはわかったけど、もう一つの理由は?」
「バルドザード王の逃げ場を潰すため」
「逃げ場?」
リューは不思議そうな表情で問い返した。
「マ……陛下が痺れを切らせて一人で王都まで突貫した事があるんだけれど」
「ママって言おうとした?」
「それは今どうでもいい」
「何で? お前のそういう所、かわいいと思うし」
「魅力的なのはお互い様だ。で、王都にバルドザード王はいなかったらしい」
適当に流しながら続ける。
「陛下はそのまま帰ったわけだけれど。次は諜報部に居場所を調査させてから同じく突撃した」
「それで?」
「やっぱりいなかった。それどころか、兵士の姿すら見えなかったそうだ」
その後、ゼリア不在を攻められて大打撃を与えられたそうだ。
完全に罠である。
「居る事を確認してたのに?」
「いつ頃からかはわからないけれど、行動を察知されていたんだね。それからも何度か居場所を調査して突撃するという行動を繰り返したんだけど、どれも同じ結果に終わったわけだ」
「でも、姿を見たなら近くにはいるはずだろ?」
「報告によれば二箇所同時に現れたというのもあるから、影武者か、あるいは……」
「あるいは?」
「呪具の能力かもしれない」
ヘルガの使う呪具、盾は鏡像を作り出す能力を持っている。
ゲームにおいては、命中率99パーセント未満の攻撃に対して一定確率でさらに回避判定が発生するというもの。
簡単に言えば、回避判定のダイスロールを二回できると言えばいいのだろうか?
しかし、それはゲームの話だ。
鏡像を作るという能力を応用すれば、同じ姿の人間を別の場所に出現させるという事もできるかもしれない。
「まぁとにかく、同じ手段で逃げられないよう居場所の選択肢を消しているわけだよ」
「なるほどなぁ」
言いながら、リューは一口酒を飲んだ。
「た、大変です!」
その時である。
仲間の一人が駆け寄ってきた。
「どうした?」
「一緒に酒を飲んでいたヨシカさんとボラーさんが喧嘩し始めました」
えぇ?
一番そういうのと縁遠そうな人達なのに。
「どういう事だよ」
「とにかく、来てください!」
案内されて向かうと、確かにヨシカとボラーがにらみ合っていた。
険悪な雰囲気だ。
「まさか、あなたがこんなに品位のない方だとは思いませんでした」
「お前にはまだ早かったようだな。あのレベルの話は」
「御託はいりません」
二人共に表情は険しいが、血色が良く赤みが差している。
酔った末の喧嘩か。
「止めた方がいいかな?」
「得物も持ってないし、別にいいんじゃねぇかな」
実力者二人。
止めに入って被害者が増えてもまずいか。
「あなたを叩き伏せ、吐瀉物の海に沈めてやりますよ!」
ボラーの言葉に、ヨシカは「ふっ」と鼻で笑う。
「何がおかしいんです?」
「お前は見誤っているようだな。俺の器を」
「減らず口を……!」
「俺は既に限界だ。いろいろとどうでもよくなってきた……」
☆果たして、限界を越えた先に何が待っているのか――――




