坂東平定
治承2年(1178年)4月
頼朝、為朝らの賊軍は安房国府に押し込めた。
しかし、そこからの攻撃が芳しくない。
僕の軍団はともかく、知盛が参集した坂東の諸豪族は、この戦が最終的には勝ち戦になることが見えているだけに、被害をできるだけ減らすことのみに終始した戦い方になってしまい、積極的な動きができなくなっている。
「分からなくはないけど、坂東武者って、もっと勇猛果敢な猪武者だと思ってたよ。」
「兄者が常日頃言ってるあれだろ。人は現状が満たされたら反乱を起こしたり、冒険したりすることが減るっていう。」
現状についてぼやいた僕に対する知盛の言葉は至言だ。
この戦に参集した坂東の武士たちは近年、減税と恩賞の恩恵に浴している。満たされてきているのだろう。
「国府じゃなくて、寺にでも逃げ込んでくれていたら焼き払って仕舞いだったのになあ。」
寺社は散々焼いてきた僕だけど、田畑や町を戦で積極的に荒らしたことはない。
「為朝さえ討ち取れれば、あとは片付けられそうなんだけどなあ。」
今度は知盛もぼやきはじめた。だがまあ、その通りだ。為朝さえなんとかなれば、被害は格段に少なくてすむ。
仕方ない。保元の乱のときと同じ手でいくか。
「知盛、明日の明け方に奇襲をかけてくれるかい。」
「それは構わねえけど、奇襲でなんとかなるかあ?」
知盛は懐疑的だ。
大丈夫。奇襲までに為朝は討ち取っておくから。
その後、知盛と簡単な打ち合わせをして、手はずを整えると、僕は先に休ませてもらった。
夜半、目を覚ました僕は、むくりと起き上がり、槍と太刀を持ってひっそりと陣を抜ける。幽世に入り、狼の背に乗って敵陣までひた走る。
・・・安房で狼の背に乗っていると、南総里見八犬伝の伏姫みたいで少し恥ずかしい。狼たちに聞かれたら「犬じゃないよー」と抗議されそうだけど。
どうでもいいことを考えているうちに最前線になっている国府の門が見えてきた。なんと為朝はその門の上に腰掛けている。
「なんでそんな高いところにいるんだよ。登るの大変じゃないか。」
なんだか今日はぼやいてばかりいる。ところが狼たちが「このまま跳べばとどくよー」と伝えてきた。
「そう? じゃあ、このまま為朝の横に跳んで向こう側に着地してくれる?」
狼たちが走る速度を上げた。門近くで大きく跳び上がる。
為朝の横を通過するときに幽世から槍だけを突き出す。槍が為朝の首を貫くかと思った瞬間、為朝は体をひるがえし、手で槍の穂先を受け止めた。
だが狼の跳躍の勢いが止まるわけではない。
為朝の手を串刺しにしたまま、門の内側へと着地する。為朝は体勢を立て直せず、背中から地面にたたきつけられた。
「ぐ、ごぼっ。やっと捕まえたぜえ、重盛いいぃ。」
為朝がよろよろと立ち上がる。まいった。槍をつかまれたせいで幽世に引き込んでしまったらしい。
「妙な気配になったな。やはり貴様、魑魅魍魎の類いか。」
年はとったが以前対峙したときよりも迫力が増している。1人で対峙していい相手じゃない。
・・・まあ、1人じゃないんだけど。
為朝の左右から狼たちが襲いかかった。利き手を槍に貫かれたままの為朝は瞬時にこれに対応しきれず両腕から胸にかけて噛みつかれ、その場に押し倒された。
そう、幽世であれば狼たちは物の怪だけじゃなく、人にだって触れられる。だからこそ僕は狼の背中に乗れるし、撫でることだってできるのだ。
幽世に引き込まれた時点で為朝の負けは確定していた。
「がはっ、やってぐれるじゃ・・・ないか。ばぢ・・・ごぶっぅ」
何か言いかけていたが、途中で事切れた。
「ありがとう、助かったよ。」
狼の背中を撫でてやりながら声をかける。僕の武勇なんて大したことないからね。この子たちがいなかったらとっくに死んでいる。
「さて、朝になる前に戻りますか。」
為朝の遺体は近くの山に運んでから平氏の陣営に戻る。流石に大きな噛み傷のついた死体を残していくわけにはいかない。
払暁。知盛による朝駆けが開始される。
為朝の抜けた頼朝勢は前日までの勢いはなく、難なく門を突破され、押し込まれていった。
三浦、土肥、北条ら、頼朝に味方した者を討ち取りつつ進むと、頼朝勢が本陣をおく国府館から火の手があがった。
頼朝勢を掃討しつつ、類焼を防ぐために消火を急がせる。
頼朝勢が完全に沈黙し、消火も終わったころには陽はずいぶんと高くなっていた。
頼朝は自害してはてており、その首を平氏に渡さないようにするため火をかけたらしい。
遂に最大の懸案事項だった頼朝の討伐に成功した。だけど何だろうこの妙に落ち着かない感じは。
どうも何かを見落としている気がする。
「気のせいじゃないか?」
すっかり猛将として名を知られるようになった知盛はそう言うが、違和感が拭えない。
「とりあえず僕は論功行賞が終わったら政務に戻るから、あとのことはよろしくね。」
一抹の不安をかかえつつ、坂東平定をはたした僕は、新たな政策をいくつか打ち出した後、京へと帰還した。




