西へ東へ
仁安3年(1168年)2月 駿河国 河村城
「父上が倒れた!?」
その報せは坂東に進出すべく、駿河の河村城を拠点に動いていたときに届いた。
「なんでも寸白が腹におるとか。」
京から報せをもってきた家人が詳細を語る。
寸白、つまりサナダムシだ。サナダムシは真田紐に似ていることに由来する通称だが、真田紐がまだ無いから呼び名は寸白だ。
「して、症状は重いのか?」
「・・・いささか。」
たしか史実で清盛パパが倒れたのは源頼朝が挙兵した後だったはずだ。体がものすごく熱くなるような熱病だったはず。
となると、今回のとは別なのかな。
どうする? 戻るか。それしかないな。坂東に足かがりを作る予定だったが、喫緊の課題ではない。父上を優先すべきだ。
「手越殿、渋川殿、由比殿、蒲原殿。申し訳ないが、京に戻る。後のことはお任せしたい。」
「「はっ。お任せあれ。」」
彼らは在地豪族から登用して、うちの武士団に組み込んだ者たちだ。遠江や越前と同じように駿河でも一方的に搾取するのではなく、彼らにも利を与えることで良い関係を築けている。当面は彼らに任せよう。
仁安3年(1168年)3月 京
「清盛様、はい、あーん。」
「あーん。」
・・・京に帰ってみると清盛パパは、どこぞの白拍子に粥を食べさせてもらっていた。
うらやましい。僕も後で坊門殿にあーんしてもらおう。こちとら単身赴任が続いて寂しいんだ。
それでいうと、信長の軍団長たちも単身赴任だよなあ。きっとみんな寂しかったことだろう。付き従った兵も同じだな。
長期間の遠征はできるだけ避けるようにしよう。
「父上、ご無事でしたか。」
思考の渦から脱出して、とりあえず清盛パパに声をかけた。
「おお重盛よ、戻ったか。見ての通りすっかり弱ってしまってな。ごほごほっ」
しまったという顔でわざとらしく咳をして床につこうとするが、そこは枕じゃなくて、白拍子の膝の上だよ。清盛パパ・・・。
「どうやら、すっかりお元気のようで何よりです。・・・時子に言いつけておきますね。」
「か、かんべんしてくれっ。」
しぶしぶという感じで清盛パパは白拍子を下がらせた。
「問題なさそうなので、僕も帰りますね。」
さっさと帰ろうとするが、清盛パパが引き留めてきた。
「いや、今回は大したことなかったけどな。やっぱり跡継ぎが京にいないのは不便だな。重盛よ。京にとどまる気はないか?」
京にとどまっていたら源氏が来ちゃうんだよ・・・。
「京には宗盛がいるでしょう。宮中でのことなら宗盛のほうが私より上手くやりますよ。」
清盛パパは納得顔ではない。
「それはそうだがな、宗盛には俺や父上、それに重盛みたいな、なんというか力強さが足りないんだよ。」
それはそうだ。宮中を中心に生きていると尚武の気風が育つことはない。
「今まではそれでも良いと思ってたんだ。でもな、今回の病で、俺がもし死んでいたらと考えると、重盛になら任せられるが、宗盛だと不安だと思ったんだよ。」
京にいて、そこから軍団を各地に派遣して事を進めるか?
だけど軍団長が足りないぞ。今使えるのは基盛と頼長とその子たちくらいだ。清盛パパが平氏の軍制を丸投げしてくれるなら別だけど。
あと何人かは軍団長候補が欲しい。
考え込んでいると、ドタドタと足音が聞こえてきた。
パンッと勢いよく襖が開け放たれる。
「兄者! 東国へ行くならオレも連れてってくれ!」
・・・いたよ。軍団長候補。我が弟、平知盛だ。