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元社長は今の社長に容赦ない


 永万2年(1166年)8月


 こんにちは平重盛です。


 清盛パパが正二位になりました。

 そして後白河上皇の子の憲仁親王を皇太子とすべく、宮中での工作は着々とすすんでいます。

 権力にあまり興味のなかった後白河上皇も、二条天皇との確執があってから、天皇はある程度、自分の意向を聞いてくれる人物のほうが良いと判断したのか、憲仁親王の立太子には積極的に関与している。


 僕はというと、相変わらず宮中のことには関わらず、富国と農兵の強化にいそしんでいる。農兵といってもほとんど常備兵と変わらなくなりつつある。

 まあ、普段は屯田か輸送の護衛か、採掘に励んでもらっているので戦闘のみを担当しているわけではない。


 先月、摂政・近衛基実殿が24歳の若さで亡くなっている。

 この基実殿は、頼長の兄である藤原忠通殿の子だ。忠通殿が頼長殿を養子にしていたのに、基実殿が産まれたために、忠通殿が基実殿に跡を継がせたくなって摂関家の諍いのもととなった人物だ。


 ちなみに藤原忠通殿は2年前に亡くなっている。

 忠通殿が亡くなって、基実殿は自分の権力基盤に不安があったのか、その2ヶ月後には、清盛パパの子、つまり僕の妹と結婚している。

 平氏(うち)を後ろ盾にしたかったのだろう。


 これに目をつけたのが頼長だ。


 「ただちに家司(けいし)を送り込め。他の家政職員も息のかかった者を登用せよ。」


 と、うちの家人をせき立てて、次々と摂関家に送り込んだ。

 家司とか家政職員というのは、家のこと一切の差配をする人たちのことだ。摂関家ともなると、管理する荘園も大量にあるため、大企業を運営するくらいの人員が必要になってくる。

 そこに次々と平氏関係者を送り込んだ。

 分かります。乗っ取りですね。


 僕が地方で摂関家の荘園の名義切り替えや、時には横領を進める。税率はうちのほうが安いから現場からの苦情はほぼでない。出たとしても本社(せっかんけ)に届いた段階で家司らが握りつぶして社長(もとざね)には届かないという仕組みだ。


 そんな作戦実行中に社長(もとざね)が死んでしまった。

 社長が死んで、残された子どもたちはまだ幼い。だったら妻が会社を切り盛りするしかないよねー。でも大企業だから妻だけじゃ無理。妻の実家の平氏が手助けしてあげるのが義理人情ってものだよねー。


 そういう理論で摂関家の荘園管理を管理料をいただいて平氏が行うのだ。

 当然、社長の親族が文句を言ってくるが法的には何の問題もないから丁寧に説明してお帰りいただく。


 もちろんこの理論は社長の子どもが成人するまでしか通用しない。だからそれまでに荘園の乗っ取りを着々と進めるのだ。


 「まったく、この程度の工作にも対抗できんとは。摂関家も落ちたものだ。」


 頼長は割と摂関家に容赦ない。


 「一時は隆盛を誇ったが、院政が始まると、ただの大貴族に成り下がった家だ。今は財産が残されただけだ。人に喰われるくらいなら、平氏が喰ってしまえ。」


 その通りなのだが、しっかりと在地豪族と結びついてやっていかないと、強力な敵対勢力が現れたら簡単にひっくり返される。


 ちなみに摂関家としては五摂家が有名だが、そのうちの1つ、近衛家の祖となるのが、この近衛基実だ。

 もうちょっと紹介しておくと基実(しゃちょう)の親族で、平氏(うち)に文句を言ってきた基実の弟が九条兼実で、九条家の祖であり、そこから一条家と二条家が分岐する。最後の一家の鷹司家の登場は鎌倉時代になってからなので、今は関係ない。


 五摂家というと聞こえは良いが、結局のところ摂関家が分裂したということだ。緩い連帯はあるものの、1つにまとまっていたときの比ではない。


 平氏は分裂しないようにしっかりまとめておかないと。



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