後世の三十三間堂だけど、僕は知らない
長寛3年(1165年)2月
こんにちは平重盛です。
先々月、生演奏舞台が完成しました。形式的には仏堂で、千手観音像など、仏像も多く置いてある。
まさか、仏像が観客代わりなんじゃないだろうな。それじゃあ寂しいぞ。心情的に。
「そんなこと言うと、正三位、返してもらうぞ。」
おっと、後白河上皇は立腹気味だ。失礼しました。
「うん。許そう。」
基本的には完成したばかりの生演奏舞台が嬉しくて、後白河上皇はご機嫌なのだ。
だからか、ご褒美に正三位をいただきました。清盛パパに続いて僕もトントンと位階を上げています。周りの貴族の目は羨望と畏怖と驚嘆だけど、そのうち嫉妬も混じりはじめるだろう。
上手く立ち回らないとね。
ただ、正三位なんて高位を何故、後白河上皇に用意できたのかが分からない。院政を敷いているわけでもないのに。二条天皇に働きかけてくれたのだろうか。
「働きかけてないよ。それに二条天皇は蓮華王院を建てるのに反対だったみたいだしね。平氏を味方にしようとしてるんじゃないの。」
そうそう。完成した堂は蓮華王院と名付けられました。ああ、だから千手観音が目立つところに置いてあったのかな。蓮華王は千手観音の別名だ。
おっと、それより気になる発言がありました。
後白河上皇は二条天皇と仲が悪くなってきているようだ。
「邪魔だなー。」
とか言っている。これこれ、相手は帝ですよ。もう少し穏便にお願いしますね。
-穏便に
そうなれば良かったんだけど、翌月、二条天皇がお倒れになった。
にわかに宮中が騒がしくなった。
「死病だな。」
そう言い切った清盛パパにも焦りの色が見える。
権力構造でいえば、平氏は二条天皇寄りの立場へとシフトした状態にある。まさかこんなに早く倒れてしまわれるとは計算外なのだろう。
「となると次の帝は?」
「順当にいけば順仁親王だが・・・。」
順仁親王は二条天皇の皇子だ。だけどたしか・・・。
「そう、まだ産まれて1年経っていない。」
そうなんだ。昨年の12月にお生まれになったばっかりだ。
平時なら問題ないのだけれど、今は平氏の台頭で宮中のパワーバランスは非常に危ういものになっている。そこに幼帝をたてるなんて累卵の危うきだ。
・・・平氏のせいではあるのだけれども。
「どう動きますか、父上?」
「今は二条天皇のご意向しだいだ。その先、事が動くのは崩御されてからのことになるな。お前は後白河上皇の側近くにいればよい。これはひょっとしたら、ひょっとするかもしれん。」
前にも言ったが、二条天皇と後白河上皇はずっと疎遠だった。
後白河上皇は二条天皇に関心がなく、二条天皇は後白河上皇に対して隔意がある。そしてそれは、後白河上皇の子であるという一点をもって、二条天皇の兄弟に対してもわだかまりとなっている。
永万元年(1165年)8月
二条天皇は、最後の執念なのか、順仁親王を立太子、その日のうちに践祚
した。生後7か月の天皇誕生である。
即位礼は、新天皇が途中で泣き出し、慌てて乳母が乳をやるというものであった。




