保元の乱(5)
保元元年(1156年)7月11日 午前8時
鴨川の渡河を完了した後白河天皇方は、白河北殿を包囲すべく兵を動かしていたが、立て籠もる崇徳上皇方の弓勢が強く、思うように包囲網を作りきれずにいる。
「しかし、矢には限りがあるのだ。このまま包囲を進めれば矢も尽きよう。」
「それまでに何人が矢の的になると思うておるのだ!」
ここまで来て、最後の作戦を詰め切れずにいる。
清盛パパや義朝殿のほか、後白河天皇方の軍制を担う者たちが議論するも結論を得られない。
「重盛殿は何か考えはないのか。」
不意に義朝殿に声をかけられた。軍議が煮詰まってきたから息抜き程度に聞いてきたのだろう。
せっかくなのでこちらも提案する。
「今、西から風が吹いていますから、白河北殿に火をかけましょう。」
「じ、上皇様がいるのにか!?」
「思い切った策だな。」
提案を聞いた武士の多くは驚いていたが、義朝殿や、義朝殿が板東から率いてきた者らは感心したようだ。
「武士はともかく、白河北殿に立て籠もる上皇と貴族はそろそろ限界でしょう。火をかければ恐れおののき、逃げ出すかと。」
義朝殿が火攻めに賛意を示してくれたことから、採用してもらうことができた。そして発案したのも義朝殿ということにするらしい。そのほうが後々の説明に都合が良いらしい。
清盛パパは火攻めには加わらず、類焼を防ぐために動くことになった。併せて、白河北殿から逃亡を試みる者の捕縛を狙うんだとか。
準備が整うと直ちに火攻めがはじまった。
僕は混乱に乗じて幽世を通り、白河北殿に侵入した。
白河北殿は、完全に混乱していた。火攻めに動揺し、指揮を離れ、逃亡しようとする者とそれを押しとどめようとする者で同士討ちさえはじめてしまっている。
「頼長様はどこだ?」
各所を手早く確認しながら移動を続ける。
途中で崇徳上皇が逃げだそうとしているのを見かけたが無視だ。無視。
今は頼長様だ。
北側を見て回り、南側を調べはじめたところで頼長様を見つけた。
なんと騎馬で脱出しようとされていた。
「頼長様!」
頼長様がこちらを見て驚いている。数日前にあったばかりなのに随分おやつれになっている。それに最近、頼長様の驚いている顔を見てばっかりだな。
「議論している間はありませんので、聞きたいことだけを聞きます。僕と一緒に来てもらえませんか。無論、後白河天皇方に引き渡すという意味ではありません。」
頼長様は逡巡されていたが、力なく頷かれた。
「しかし、どうするのだ。逃れることはできても追跡は免れぬぞ。」
「大丈夫です。少々驚かせてしまいますが、秘策があります。お忘れですか? 僕は平氏の物の怪ですよ。」
ちょっと冗談めかして言ってみた。
さあ、意識がある人を連れ込むのは初めてですよ。幽世に。
後白河天皇方の兵が目の前を通りすぎで行くが、見咎められることはない。
そして僕らは燃えさかる白河北殿から離れていく。
「なっ、なんなのだっ、これは!? それに、そのでかい犬らはなんだ!?」
もう驚いてばっかりだな。頼長様。ん、狼が見えるの? もしかして幽世では見えるようになるとか?
「幽世です。ご存じでしょ? それとこの子たちは犬ではなく狼です。」
「幽世!? そなた物の怪の類いかっ!?」
「いや、だから平氏の物の怪なんですってば。」
頼長様は口を開けたり閉じたりしている。どうやら言葉が見つからないらしい。
でも時間があまりないので、今後のことを相談しておこう。
「頼長様、お助けしたものの、今後の選択肢は現時点では、あまりありません。頼長様に行きたいところがないようでしたら、播磨にある平氏ゆかりの寺で匿わせていただきますが、どうなさいますか。」
「もう私は摂関家でも氏長者でも何でもない。ただ、しばらくは気持ちを落ち着けたい。行き先についてはあてがある。そこを頼ることとしよう。」
「分かりました。ではしばしのお別れですね。」
僕がもう少し色々できるようになったら手伝ってほしい旨を伝え、頼長様を送り出す。
最後に1つだけ問う。
乱の最後の数日。頼長様らしくない、あの動きは何だったのかと。
「あれについては、今は何も言えん。私にもあれが何だったのか、分からぬ。」
そう言い残し、頼長様は出立した。
こうして疑問を残しつつも、僕にとっての保元の乱は終わりを告げた。
頼長「脱出するのに怪力乱神を頼るのはいかがなものか。」
ペンギン「じつは白河北殿の尿殿の排出口を使って脱出する策もあったペン。」
頼長「怪力乱神、大いに結構! やってくれ!」




