保元の乱(1)
保元元年(1156年)7月
こんばんは、平重盛です。
事態は風雲急を告げています。
鳥羽法皇が崩御しました。
平氏とは持ちつ持たれつの良い関係を築いた法皇でしたが、最後の陰謀というべき雅仁親王の即位はいただけません。
陰謀の仕上げをする前に死んでしまっては、その後の混乱に拍車がかかるではありませんか。
政情は完全に不安定化しています。
そして雅仁親王の即位に伴う改元は「保元」、いよいよ保元の乱なのだろう。
鳥羽法皇の崩御にあわせ、ここぞとばかりに頼長様の追い落としを図るのは信西だ。
私的に会話したことはないが、頼長様追い落としのための策はとにかくえげつない。
崇徳上皇と頼長様が謀反を起こそうとしているという噂を流し、それに対応するという名目で兵を集めている。一方で命のない武士には一切の行動を禁止する令を発した。
平氏は雅仁親王・・・いや、後白河天皇と信西、藤原忠通側に付くと決している。清盛パパがそう決断し、一族はその方針のもとでまとまっている。
崇徳上皇と頼長様に付いたのは、平忠正殿くらいのものだ。
僕は頼長様に会いに行って真意を聞きたいのだけれど、平氏惣領の嫡男として軽々に動けない。
幽世経由で頼長様の邸宅に行くことはできるけど、頼長様の家人に見られるのも良くないだろうから、行くとすれば夜だ。
それに邸宅にいれば、最新の情報にすぐに触れることができる。
「兄上!」
基盛だ。武装している。
「大和の源親治が兵を率いて京を目指しているとの知らせが入った。おそらく上皇様に加担する気だ。京に入れるわけにはいかん。検非違使として出動する。」
「何がきっかけで、他に飛び火するか分からない。絶対に食い止めてくれ。」
「任せてくれ。」
基盛は力強く応じて出ていった。
「重盛!」
基盛が出ていったのと入れ違いに、今度は清盛パパに呼ばれた。
「お前は帝のところに詰めてくれ。帝から直々のお召しだ。本来なら身分が足りんのだがな。緊急事態だ、やむを得まい。」
何事かと思ったが、事情は分かった。帝も不安なのだろう。準備をしてすぐに向かう。・・・非武装で。たぶん心理的にもそのほうが安心してもらえるだろう。
「なぜ武装しておらん! 何のために呼んだと思っておるのだっ!」
帝のところに着くなり、怒鳴られた。・・・信西に。
やはりコイツとは仲良くできそうにない。
コイツのせいで頼長様は追い詰められているというのに。もういい。もう帰ろう。
「申し訳ございません。武装して出直します。」
そう言い残して立ち去ろうとしたが、帝や帝の近臣が取りなしてくれたので、とりあえず非武装のままで良いことになった。信西は不満気であったけど。僕だって大いに不満だ。
帝のもとに詰めることになったけど、すぐに何かあるというわけではない。腹ごしらえをしながら待機といったところだ。
せっかくなので他の詰めていた武士の皆さんとも話をしてみた。
総じて帝の護衛というよりは、この機会に手柄をあげ、褒美にあずかろうという考えの武士が多いようだ。
その武士の中でも有数の実力者である源義朝殿と話すことができた。
なんと義朝殿の父の為義殿、弟の頼賢殿・為朝殿(身長2mのあの人だ。)は、崇徳上皇側についたそうだ。
あれだろうか。関ヶ原の合戦のときに真田家が徳川と石田のどちらが勝ってもいいように家を割って、別々の立場で参戦したというのと同じなのだろうか。
「仲が悪いんだよ。」
違った。単に仲が悪いらしい。
どうも色々腹に据えかねるところがあったのか、蕩々と事情を喋りまくられた。
要約すると親父も兄弟も喧嘩っ早くて貴族と揉め事を起こすわ、義朝が出世すると妬んで足を引っ張るわ、最後には鳥羽法皇に愛想を尽かされるわ散々迷惑をかけ続けられたそうだ。
なので、崇徳上皇に付いたというよりは、こちら側に付かせてもらえなかったといったところか。
この人も苦労してるな。
けどやっていることは愚策だ。これでは勝っても負けても源氏の勢力は伸びない。むしろ減退しかねない。
平氏も家盛がいたら両陣営に分かれていたかもしれない。他人事じゃないんだ。一族をまとめるというのはそういうことだ。気をつけよう。




