祇園社事件(1)
久安3年(1147年)6月
こんにちは。平重盛です。
時子が産んだ赤子は宗盛くんでした。
清盛パパの次の平氏の棟梁だよなあ。僕が生き延びれば家督争いとかするのだろうか。
できれば仲良くしたい。
そういえば、少し前の話になるけど、今年の除目で家盛が正五位下に叙された。うん、宗盛くんの誕生の喜びに水を差しそうだ。もうこの話は仕舞いだ。
どうでもいい話だ。
「重盛ー、そろそろ行くぞ。」
清盛パパが呼んでいる。
今日はこれから祇園社の御霊会に田楽の楽人を連れて行くことになっている。
護衛についてくれるのは家人たちだ。
こんなに大勢で外出するのっていつ以来だろう。
ちょっとうきうきしながら邸宅を出発した。
ところで田楽というのは、田植えのときに田んぼの神様に豊作を祈って、笛や太鼓などの楽器に合わせて踊るもので、この時代の流行だ。
護衛についてきてくれる家人たちも楽しみにしている。実は護衛を口実にしてついてきたのではないかと疑っている。まあ、良いのだけどね。
そうこう言っているうちに祇園社が見えてきた。割と早くに着いたと思っていたけど、既に人だかりができつつある。
「ん、どうした?」
小狼たちが祇園社に近づくのを嫌がっているように見える。いや、びくついているといった方が正確か。そういえば僕も祇園社のほうから妙な重圧を感じる。
まあ、絶対に近づきたくないという感じでもないので、行かないわけにはいかない。
そのまま家人たちとわいのわいの言いながら近づくと、祇園社の下級神官らしき人たちが走ってきて道を塞いだ。
「その方ら! ここは神聖な境内ぞ! 武装して立ち入るとは何事か! 即刻立ち去れい!」
怒鳴りながら田楽の楽人もろとも、こちらの人数を追い返そうとしてきた。
この神官の態度に、それまで楽しげにしていた家人たちも大いに気分を害した。既に酒の入っている家人もいて、押されまじと体を張っている。
「おうおう! 護衛が武装してんのは、当り前じゃねえか! そこを通しやがれってんだ!」
「ふざけるな! 貴様らのような下郎の立ち入れる場所ではないわ!」
売り言葉に買い言葉、というか、どちらも態度が悪いのでなるようになったというか、事態はどんどん悪化していく。
「さっさと通さねえと、ひでえ目にあわすぞコラァ!」
「やれるもんならやってみせろやぁ! 仏罰下すぞオラァ!」
清盛パパ止めてよ!何で止めないの!?
そう思い周りを見渡すも
「あれ、いない?」
と思ったらいた。かなり離れたところで、女性に声をかけている。
「ああ、姫。ここで出会ったのは私と貴女の運命というもの。どうかお顔を見せていただけぬか。」
清盛パパがひざまずいて口説いている。
何やってんだよ、あんた! この非常時に!
げんなりしていると、家人たちのほうからひときわ大きな怒声があがった。
「あいつらっ!」
家人たちが太刀を抜き、矢を射込みだした。
「あっ! 神官に当たった! 社殿の柱にも! ああっ、斬りやがった!」
神官たちもやられっぱなしではない。社殿から増援が駆けつけ、押し返す。やがて騒ぎに気付いた清盛パパが、慌てて家人たちを鎮め、引き上げ始めた。
いや、遅いよ清盛パパ。そしてこのまま引き上げていいの?
クレーム対応とか早いほうが良いんだよ・・・。
邸宅に帰りつくなり、清盛パパはじいちゃんに顛末を報告。
事態を重く見たじいちゃんは太刀を抜いた家人と、矢を射かけた家人、計7人、人数はもちろんサバをよんでいる、を鳥羽法皇に差し出した。
「比叡山が必ず口だししてくるでの。先手を打っておくにこしたことはないわい。」
さすがじいちゃん、動きが早い。だけど表情は厳しいから油断はできないのだろう。
「ところで何で延暦寺が口だししてくるの? 神社と寺で関係ないよね。」
「ああ、祇園社は比叡山の末寺じゃからの。なぜ神社が寺の末寺なのかは、わしも知らん。」
神仏習合って明治時代だと思ってたけど、よく分からんね。
数日後、じいちゃんの読み通り、祇園社は今回の件を比叡山延暦寺に訴え出て、比叡山はじいちゃんと清盛パパを流罪にするよう鳥羽法皇に迫ったらしい。
さらにその2日後には、言葉での脅しだけでは足りないと思ったのか、神輿(寺なのに神輿とはややこしい)をかついで強引に入京しようとしてきた。
鳥羽法皇も京を荒らされては自身の面目にも関わるので、検非違使とその手勢を派遣して僧らの入京を阻止する。
本格的な武力衝突にはならなかったようだが、比叡山の僧どもの咆哮はうちにも聞こえてきた。
これじゃあ京の人たちも恐れるよなあ。
その後、法皇と比叡山との間で、何らかの交渉が行われたのか、僧どもは引き上げていった。