祇園社事件(2)
-白河北殿
事件は一時的に収束しただけで、比叡山の僧どもが満足したわけではない。鳥羽法皇が忠盛・清盛親子に何らかの罰を与えなければ、再度騒ぎとなるのは明らかであった。
6月30日、鳥羽法皇は白河北殿に摂政・藤原忠通、内大臣・藤原頼長、左大将・源雅定、権大納言・藤原伊通、皇太后宮権大夫・藤原宗能、民部卿・藤原顕頼、左衛門督・三条公教、権中納言・徳大寺公能、参議・花山院忠雅らを召し出し、事件の決着について下問した。
「この祇園社の訴状によると、その場にいたのは清盛だけであろう。忠盛を罰するのはいかがなものであろうの。」
忠通が意見を言いながら諸卿を見回すと、頼長が手を挙げる。
「いや、晋の趙盾の故事もある。忠盛は京におったのだ。関わりがないとは言えまい。」
忠通の頬が引き攣る。
続いて権大納言・藤原伊通がおもむろに書簡を取り出した。
「崇徳上皇より詔を預かっております。あまり重く咎めないようにとの思し召しでございます。」
これはどう転ぶか分からん。崇徳上皇の擁護は鳥羽法皇の御心を頑なにしかねん。
「私情を挟まないでいただきたい。これは朝廷の大事である。神とて関係ない。あくまで法に則り、決するべきことである。」
相変わらず冷静に頼長は言い放つ。
「しかし、良いのですか。内府殿は清盛の倅とずいぶん親しくされておられるとか。類がおよびますぞ。」
参議・花山院忠雅が、おそるおそる尋ねた。
「・・・公事であれば、やむを得ん。」
「取りあえず院よ。預かっておられる下手人どもを検非違使に引き渡し、尋問させましょう。」
権中納言・徳大寺公能が言った。実は彼は、来月には産まれてくる子と孫のことが気になって、早期決着以外に興味がない。
「そうですな。それと騒乱のあった辺りを検分させるべきでしょう。」
そうとは知らず、伊通が応じる。
「では、それは私のほうで手配しよう。」
頼長が手配を請け負う。
「雨が降り始めておりますのでやんだ後にでも。」
忠通は外の様子を見ながら、ゆったりとした調子で言ったが、頼長はすっくと立ち上がる。
「直ちに行かせよう。」
「さ、左様か。」
たじろく忠通。
この2人、実は兄弟だが気性がまったく違う。
こうして、忠盛らの罪状は未だ決まらず、事件の状況を引き続き調査することだけを決した。
しかし、雨の降りしきる中で決行された調査の結果は芳しくなかった。
社殿、宝殿の柱などの各所に矢が射立てられた様子や、雨に流されつつある流血の跡もわずかに確認できたが、真新しい事実や証拠が見つかるわけでもなかった。
※趙盾の故事
頼長「春秋のころの晋の話である。晋の霊公に殺されそうになった趙盾が国外に亡命しようとしたところ、趙穿が霊公の仕打ちを怒って霊公を弑した。このことはすぐさま趙盾の知るところとなる。このとき、趙盾はまだ国境を越えておらず、急ぎ晋の都に戻り、弟の公子黒臀を晋公に立てた。これが成公だ。」
ペンギン「ふむふむ。それで?」
頼長「史官の董狐は、この事件を晋の国史に『趙盾、その君を弑す』と書いた。趙盾は『私が弑したわけでも、指示したわけでもない。』と言って激高したが、董狐は『貴殿は、霊公が弑されたとき国内にあり、その後、国境を超えることなく戻って来られた。これすなわち、貴殿が未だ晋公の臣下であることの証であり、賊徒たる趙穿を誅する義務があった。それをしなかったのだから、自らが弑したのと同じだ。』と答えた。趙盾は、まったく反論できなかったというものだ。」
ペンギン「なるほど、よく分かったペン」
頼長「しかしなぜ、欄外なのだ。なぜ本編で語らせん?」
ペンギン「長すぎるからペン」
頼長「なんじゃとーー!」




