妄想・清盛の安芸下向
久安2年(1146年)
安芸守となった平清盛の下向を心待ちにする男がいた。
「ぐふふ、やっと来よるわ。これで平氏と縁を築けばワシも盤石よ。」
不気味に笑い、周囲を引かせる男、厳島神社の神主、佐伯景弘。しかし周囲が引いていることに気付かないような愚か者ではない。むしろ切れ者である。そんな彼をして周囲の人の目を憚らぬほど喜悦に浸らせる出来事が、清盛の安芸下向なのである。
佐伯氏は、日本書紀によれば景行天皇の子、日本武尊の東征によって、俘虜として連れ帰った蝦夷が安芸に配置されたのを起りとしている。
やがて、安芸で力をつけ、厳島神社の祭祀権を握り、佐伯郡司として厳島神社神主を世襲している。
そんな状況下で安芸に下向していたのが、昨今、西国で台頭著しい平氏の御曹司、平清盛だ。佐伯景弘としては何とか取り入って、佐伯氏のさらなる勢力拡張につとめたいところ。
「そうじゃ、国府になんぞ入られては遠くてかなわん。清盛様が安芸におられる間は、何としても厳島神社に逗留いただかねばのう。ぐふふ。」
国府は、その国の行政の中心となる都市である。任国に下向した国司は通常、この国府に入る。
しかし、景弘は暑苦しく清盛を厳島神社へと誘い、安芸下向中の滞在地とさせることに成功する。
とは言え、清盛も国府周辺で勢力を張る在地豪族の余計な干渉を嫌っていたので、景弘の申し出は渡りに船だったという事情もある。
清盛は佐伯氏はじめ、周辺豪族を家人化し、平氏の勢力拡大を図るのであった。
決して厳島に麗しき姫がいると聞き、その姫に求婚するために海を渡ったわけではない。・・・決して。
-厳島某所
「姫、あなたが望むのであれば、その望み、何でもかなえてみせよう。」
「ちょっ、ちょっと!」
姫は肌を粟だてた。
いくら顔が良く、身なりの良い男であっても、初対面でこれは無い。
「何か気に障ったかな?」
「『何か気に障ったかな?』じゃないわよっ、この助平!あんたの下心なんか丸見えよっ!」
「落ち着いて話そう。この清盛、決して無体なことはせぬ。」
「えっ、清盛?安芸守様?」
相手が安芸守と知って、姫の剣呑だった表情が一変する。
そして考えることしばし。
「ふーん、安芸守様なんだ。じゃあ、私のために京の姫様方もあっと言うような御殿を建ててくださる?」
「日の本一のを立ててやるさ。」
清盛は即答した。
安芸国内、近隣諸国のみならず、畿内からも多数の人を集め、えいさ、えいさと建て進めること数ヶ月、竜宮城もかくやという朱塗りの寝殿が完成した。
この後、清盛の手による幾度かの改築を経て、大規模な社殿へと姿を変えていくのである。
しかし、姫は思う。
・・・もっと、引き出せそうね。
とりあえず、姫は陰鬱そうな表情をしてみせる。
「どうしました姫?やはりこの程度の寝殿では満足いただけませんか。」
爽やかな笑顔で清盛が尋ねる。
・・・この男は。
清盛の態度に呆れつつも、姫はさらにふっかける。
「・・・音戸の瀬戸を切り開いてくださるかしら。」
「良いとも。ちょっと時間がかかると思うけど、いいかい?」
「一日でやってちょうだい。」
「い、一日!?・・・いいとも、姫の頼みだ。やってみしょうぞ。」
清盛は、寝殿のときをはるかに上回る人数の石工や人夫を集めた。
当然一日で工事が終わるわけがない。
しかし、清盛はあきらめの悪い男だった。
「日が沈むまでにやり遂げずに、姫に求婚できるかっ。」
やがて日は山の陰に隠れる。
清盛は山の小岩の上に立ち、夕日に向かい金色の扇を広げ「かえせ、もどせ」と叫ぶ。
「あほらし。どうして大口真神はあんなのに憑いているのかしら?」
隠れてこっそりと様子を見ていた姫は厳島に帰ることにした。
「あら、でも可愛いじゃない。」
姫の側にやってきたのは、姫によく似た姫。
「私がちょっと手を貸してあげるわ。」
姫が手を大きく天に振ると日はまた昇り、辺りは真昼のような明るさとなった。
不思議なことに人夫たちの疲れも消え、工事はみるみるうちに進んでいった。
厳島神社の主祭神は宗像三女神と呼ばれる三姉妹の神様。
市杵島姫命
田心姫命
湍津姫命
実は清盛が求婚した姫というのは、この女神様だった・・・とかなんとか。
いずれにしても、清盛が強力な支援者となった厳島神社は、景弘のもと、平氏との結びつきを強固にし、平氏と共にさらなる飛躍を遂げるのである。




