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第2章 青天の霹靂 -5-

 すいません、少し投稿が遅れました


 ――貞一の影とシノの影が重なった。

 ――鮮血が、散る。

 どしゃりと二人が崩れ落ちる。


「シノ、貞一!」


 柊哉は叫んで、貞一とシノの傍に駆け寄った。

 たった一撃。それだけで、酷い怪我だった。


 シノは左腕を骨の近くまで斬られている。溢れ出る血がまるで止まらない。

 だが貞一は特に酷い。握り締めた千鳥は容易く砕け散り、左肩から胸にかけて水道の蛇口でも壊したみたいに血液が流れていく。


 ――蘇る記憶。

 ――二年半前の冬。

 ――雪を赤く染めた、あの姿。


 ぷつり、と、頭の奥で何かが途切れた。


「まさか身を挺して助けるとは――」


「それだけでは、ありませんよ……っ!」


 シノは呻き声を漏らしながら、それでもグングニルを構えていた。

 光でも集まるように天装の力で矢が形成され、刹那の内にその光が駆け抜けた。

 先に店内の壁が爆発した。遅れて、凄まじい轟音と衝撃波が周囲に叩きつけられる。


 元より一キロ先すら優に貫ける速度の矢だ。それだけで、周囲の空気ごと壁を木っ端微塵に砕いたのだろう。あまりの速度で誰の目にも留まらず、音すら置き去りにして。

 ぶち抜かれた壁から、重い鉛色の空が映し出される。

 だが、肝心のファーフナーには掠めもしなかった。


「その怪我では一矢報いることも出来なかったようだな。おまけに、その腕ではそれ以上弓は引けまい」


 ファーフナーの言葉は柊哉の耳には届かなかった。


 ――また、護れないのか。

 ――また、奪われるのか。

 ――ふざけるな。


 何かが、弾け飛んだ。


「ファーフナァァ!」


 布都御魂を握り締めたまま、決して抜くことなく、柊哉はそれでもファーフナーに吠えた。


「来るか、少年!」


 柊哉の本気の怒りを前に、ファーフナーは歓喜を見せた。

 人を傷つけておきながら、それに怒る相手を前に笑う姿が、どこかあの少女と重なってしまう。

 だからもう、柊哉は止まれなくなった。


「うぉぉおお!!」


 その腹の奥でうねる気持ちの悪い感情を、叫ぶことで抑えつける。抑えつけることで、戦意に昇華させる。

 大地を蹴る。たったの一歩だ。それだけで、一瞬の内に五メートル離れていたファーフナーの真正面まで跳んだ。


「――ッ!」


 驚愕するファーフナーを無視して、柊哉は鞘に収まったままの布都御魂を彼女の腹にねじ込み、そのまま床に叩きつけた。

 貞一よりも圧倒的に速度は上だった。メイと戦っていたファーフナーでさえ、その差に驚き体を硬直させてしまうほどだ。


「いいぞ、少年! それでこそ、私の見込んだ男だ!」


 だがまるで何のダメージもなかったかのように――いや、実際に無傷で、ファーフナーは柊哉に斬りかかる。

 鞘に収まったままでいかなる攻撃も防げない柊哉は、それを決して受け止めきらず、一切のダメージを後方へ受け流していく。


 柊哉の補助天装は視力向上に特化している。最低限の筋力増加は出来るが、それはあまり役に立っているとは言い難い。

 全神経を凝らしてその速度を目で捉え、最小限の動きで往なしていく。

 だがしかし、それ以上のことに派生できない。


「どうした少年! 鞘から抜かずに勝てると思うか!」


「うるさい……ッ!」


 こんな状況でも、過去のトラウマに引きずられ柊哉は全力で戦うことが出来なかった。

 それでも、柊哉は引き下がらない。

 バルムンクが衝突した瞬間、鞘を傾ける。バルムンクを巻き込むような形で柊哉の身体が回転し、ファーフナーのこめかみに蹴りを叩きこむ。

 いくら補助天装が優れていようと、急所は急所だ。全体の防御力が一律で上昇しているだけで、そこが他の部位より弱いことに変わりはない。

 ようやく、ファーフナーの額から血が流れた。


「さすがは私の好敵手だ」


 それでもファーフナーは笑っていた。

 ぬちゃり、と左手でその血を拭い、舐める。


「だが、そろそろ終演といこうか」


 脳に響くほどの衝撃をものともせず、ファーフナーはバルムンクで切り上げる。

 柊哉は攻撃の軸である肩を鞘で突くが、それでもバルムンクはぶれなかった。

 とっさに回避に転じた柊哉の右腕の皮膚が、バルムンクで削がれた。喉の奥でうめき声が漏れ、思わず握っていた布都御魂を零してしまう。ぼたぼたと、血がアスファルトに染みていく。


「さらばだ、少年」


 そして柊哉が痛みでファーフナーから意識を逸らした一瞬のうちに、彼女は既に上段に構えていた。


「君は私の心の中で、永遠に讃えられることだろう!」


 避ける余裕はない。防ぐ手立てもない。柊哉はもう、完全に詰んでいる。


「わたしを忘れないでもらえるかな」


 その一撃を、メイが弾く。

 攻撃を弾かれ出来た隙に柊哉が布都御魂を拾い上げ、叩きつけるように薙ぎ払う。流石に衝撃が通ったのか、唾液を散らしながらファーフナーが後方へ吹き飛んでいった。


「ミー君、落ち着いて」


 ようやく戦線に復帰できたメイは、咎めるように言った。

 だが、それでも柊哉は大人しく彼女に任せる気にはなれなかった。


「出来るかよ……ッ」


「出来なくてもやってよ」


 メイのそれは、絞り出すような声だった。

 何かを必死に堪えているのが、手に取るように分かる。


「貞一なら大丈夫。いまシノちゃんが手当てしてるから」


「そういうことじゃないんだよ……ッ!」


「なら、馬鹿みたいに突っ込むのが今のミー君のすることなの?」


 痛烈な言葉だった。

 何も、言い返せない。


「お願いだから、やめて。これ以上ミー君がそんな顔するの、わたし耐えられないよ」


 泣きそうな顔が、そこにあった。

 いつもいつも、本当にいつだって笑っていたメイが、そんな崩れた顔を見せた。

 ずきり、と胸が痛む。


「ミー君は、いつも少し困ったみたいに笑っててよ。そうしてくれるなら、わたしはずっと笑顔でいられるから」


 そうしてメイはファーフナーの方を見た。

 その瞳には、誰も触れることの出来ないような鋭さがあった。


「そんなミー君の表情を曇らせるような奴は、わたしが全部やっつける。わたしはそう誓って、ソレスタルメイデンになったんだから」


 バチバチと、建御雷が放電し辺りの空気を壊していく。

 それはほんのわずかな間に雷雲を纏っているかのような、莫大な電圧の塊になった。


「――少年との戦いに割って入るとはな、鹿島メイ」


 瓦礫の中からファーフナーがゆっくりと立ち上がる。その眼には、少なくない怒りが灯っていた。


「余程先に殺してほしいのか?」


「――壁」


 メイは、ファーフナーの横の壁を指した。

 いや、正確にはそこに壁は存在しない。圧しかかるような灰色の雲に満ちた空を見渡せるほどの穴があるだけだ。


「――ッ!」


「もうわたしは、抑えないから」


 瞬間。

 メイの姿が消え、ファーフナーのバルムンクから凄まじい火花が散った。

 建御雷による加速で一瞬にして間合いを詰め、バルムンクごとファーフナーを押し切るつもりなのだろう。

 体重や経験、地理的不利があったとしても、メイのそれは王族神器だ。ファーフナーの体は次第に浮き上がり、そのままメイに押し切られるようにして店の外、いや、空へと追いやられた。

 もうこの時点で、狭い屋内というディスアドバンテージは覆されている。


「終わらせるよ、ファーフナー・クリームヒルト」


 建御雷から溢れ出る紫電が、暴発すれすれまで高まっている。

 対するファーフナーは、宙に放り出された状態で、ろくな体勢を取れないでいる。

 そんな状態でメイは一度ファーフナーから離れ、ふわりと空中で回転した。

 建御雷から迸る無数の電撃がその細い脚に集約されていく。メイの身体が見えなくなるほどの雷が彼女の周囲を囲んでいた。


「行くよ、建御雷」


 メイは空中で回転してそれを叩き落とすように踵を振り下ろした。

 空と大地が、雷によって結ばれる。

 それは一本の柱となってファーフナーどころか彼女を中心に半径五メートル近くを丸ごと呑みこんだ。

 瞬間。

 視界が真っ白に染められた。聴覚も、平衡感覚も、全て塗り潰されていた。

 ただ立つこともままならないような凄まじい衝撃波だけを、柊哉はその身に感じていた。

 勝ったかどうかなど、訊く必要もないだろう。

 こんな破壊の嵐の中で立つことのできる人間など、いるはずがない。



 ――だというのに、その考えをぶち壊す声が聞こえた。



「何をしてるのかな、ファーフナー・クリームヒルト」



 その澄んだ声は、開けたこの場所でもよく聞こえた。

 綺麗な、ガラスのように透き通った声。懐かしく、そして、最も嫌悪する声だった。

 そしてその声は、煙の中央から聞こえた。

 もうもうと立ちこめる煙で顔は見えない。

 黒と赤を基調にした同じ雰囲気のジャケットとスカート。スカートの方にはフリルが付いていて、足を追うのはニーハイソックス。とても戦闘に赴くような格好ではなく、そして、メイの攻撃を防いで置きながら、それらには土埃一つついてはいなかった。


「君の仕事は王族神器の奪取だよ。戦闘に興じることじゃない。まさか、そんなことすら忘れてしまうほどの馬鹿ではないよね?」


 一つの紅の爆発が、煙を晴らした。

 そうして彼女は、姿を現す。

 黒い長髪、色白の肌、ガラス細工にも似た濃紺の瞳に、薄桃色の唇。

 手に携えているのは、真紅の糸や鞘で統一された拵えの日本刀だ。緩やかな弧を描く刀身はほんのり薄紅色に輝いている。


 見間違えるはずがなかった。

 見間違えられるわけがなかった。

 その彼女の圧倒的な美貌が、その手に握られる真紅の柄の刀が、柊哉の記憶から抜け落ちるはずがないのだから。


「葵……」


 ただ、その名を呟くしかなかった。


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