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眠るたび異世界の少女と入れ替わる服飾学生は、滅びかけた都を繕う  作者: 魔法使いアリッサ
第一章 眠りの向こうの少女

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①眠るのが少しだけ怖い夜

初投稿です。


チャッピーと一緒に書いてます。

 眠るのが、少しだけ怖い夜がある。


 花凛は薄い掛け布団を胸まで引き上げたまま、暗い天井を見ていた。


 最初はただの夢だと思っていた。疲れているせいで、変な夢を何度も見るのだと。


 でも、もう違うと分かっている。


 眠るたび、花凛は知らない場所で目を覚ます。

 知らない天井。知らない服。知らない名前。

 そしてそこでは、花凛は花凛ではなく、レイナと呼ばれている。


 しかも厄介なことに、その“レイナ”もこちらへ来ている気配があった。


 朝起きると閉じたはずのノートが開いていたり、置いた覚えのない位置にリボンがあったり、自分なら選ばない言葉がメモに残っていたりする。

恋人の蒼くんがいない夜に限って、そういうことが起きた。


「……気のせいじゃないんだよね」


 小さく呟く。


 返事はない。

 なのに、誰かが沈黙の向こうで聞いている気がした。


 なんとなく眠れず、花凛は部屋を見回した。机の上には途中まで描いたデザイン画。床には昼間脱いだ靴下。学校へ持っていくはずの布は、畳みきれないまま部屋の隅で小さな山になっている。ペンも、メモも、メジャーも、糸も、全部が中途半端な位置で今日をやめていた。


 気がつけば新学期が始まり、また慌ただしい日々が戻ってきている。


「二年生かぁ……」


 一年のときのことを思い出すと、少し憂鬱になる。何度も縫い直して穴だらけみたいになったスカートとワンピース。できあがったときは達成感があったのに、今見返すと粗ばかり目についてしまう。


 下手だよなぁ、と思う。

 でも、下手なりに形にするのは楽しかった。


 こういう日は珍しくない。やる気がないわけじゃない。ただ、心と身体の噛み合わせが悪くて、頭の中だけが空回りする。課題、締切、お金、家の空気、将来。考えようとするたび、別の不安が糸くずみたいに絡みついてきて、ひとつも綺麗にほどけない。


 それでも服は好きだった。


 布に触れるのが好きだ。

 線を引くのが好きだ。

 何もないところから形を起こしていくときだけ、自分の中でばらばらだったものが少しだけ整う。


 花凛は枕元のiPadを手に取った。待ち受けのキャラクターが、相変わらず鬱陶しいくらい自信満々の顔でこちらを見ている。


 こんなふうに能天気でいられたら楽なのに、と思う。

 でも、ああいう人はああいう人で、いろんなものをくぐってきたのだろう、とも思う。


「……いや、何してんの」


 少しだけ眺めてから、花凛は小さく息をついた。pixivでも開くか、と一瞬よぎる。けれどやめた。さすがに今それをやったら、ただの限界オタクだ。


 代わりにメモアプリを開く。


 昼のうちに書き散らした言葉が、画面の上で絡まり合っていた。


 ロココ × 和

 花びらみたいな袖

 魔法の織物

 守りになる装飾

 お守りになる服


「……お守りになる服、か」


 自分で書いたくせに、その一文だけが妙に胸に残った。


 服が、ただ着るためだけのものじゃなかったらいいのにと思うことがある。

 呼吸がしやすくなるとか。

 傷ついた心を隠してくれるとか。

 だめになりそうな日に、ぎりぎり立っていられるとか。


 花凛は無意識に、ベッド脇に置いたスマホへ目をやった。ケースの内側には障害者手帳が挟んである。


 服ひとつ選ぶのにも、布の感触や縫い目や重さで、どうしても無理なものがある。ほかの人には大したことじゃないことが、自分には大ごとだったりする。


 もし違う自分だったら、もっと楽に生きられたんだろうか。

 もっと普通に学校へ通えて、もっと要領よく毎日を回せていたんだろうか。


 そんなことを考えても仕方ないと分かっていても、ときどき考えてしまう。


 それでも花凛は、自分の特性をハンデのままで終わらせたくなくて、文化服装学院の夜間部に入った。昼間は休んだり、課題をやったり、ゆっくりした時間の中でなんとか息を整えながら過ごしている。


 花凛が作りたい服は、服というより祈りに近いのかもしれない。

 でも、いつだってそういうものを作りたかった。


 部屋の明かりを消す。


 窓の外で、遠く車の音が流れていく。壁越しの生活音も、少しずつ静かになっていった。


 静かなはずなのに、胸の奥だけが落ち着かない。


 ASMRでも聴こうかな、と思う。

 でも、その前にもう分かっていた。


 今夜も、あちらへ行くかもしれない。


 瞼が重くなる。

 眠りの縁が近づく。


 その瞬間、ふっと、甘い香りがした。


 花の香り。

 けれど日本の花だけじゃない。砂糖菓子みたいにやわらかくて、古い香水みたいに気品があって、少しだけ胸の奥を刺す匂い。


 来る。


 そう思ったときには、もう遅かった。


 布団の重みが消える。

 身体が沈むのではなく、世界の縫い目ごと裏返っていく。

 耳の奥で、しゃらん、と鈴のような音が鳴った。



 目を開けたとき、最初に見えたのは薄紅色の天蓋だった。


 幾重にも垂れた薄布の向こうで、金糸の蔓草模様が揺れている。どこかで香が焚かれているらしく、空気には淡い花の香りが満ちていた。


「……また、ここ」


 喉が少し乾いている。


 身体にかかっているのは現実の安い毛布ではなく、やわらかな織りの薄掛けだった。袖口には細かなレースと、和服めいた合わせ。ネグリジェのようでもあり、小袖のようでもある、不思議な寝間着だ。


 何度見ても慣れない。


 ここは花凛の部屋じゃない。

 レイナの部屋だ。


 大きな天蓋付きの寝台。猫脚の家具。蒔絵みたいな光沢の衝立。西洋めいた曲線だらけの室内に、和の意匠が自然に溶け込んでいる。


 大正とロココを同じ夢の鍋で煮込んでしまったみたいな部屋。

 華やかで、可憐で、少しだけ息が詰まる。


 綺麗だ、と毎回思う。

 でもそれと同じくらい、どこか落ち着かない。


 香りは十分すぎるほどあるのに、空気が少しだけ淀んでいる気がした。薄布も、刺繍も、美しいのに、肌に触れる感触の奥に何かが足りない。部屋そのものが、見た目だけを整えて、休むための温度までは持っていないみたいだった。


 そんな違和感を言葉にする前に、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。


「レイナ様!」


 衝立の向こうから、桃色の髪を高く結った小柄な少女が飛び出してくる。フリル付きの和装エプロンを着た、可愛らしい子だ。


 ミモザ。


 この世界で、花凛が最初に名前を覚えた子だった。


「お気づきになったのですね! 昨日は本当にお顔色が悪くて……」


「……おはよう、ミモザ」


 返事をしながら、花凛は少し迷う。

 この口調でいいのか。レイナはもっと別の話し方をするのではないか。昨日の“続き”をどこまで知っているふりをすべきなのか。


 入れ替わりは起きても、記憶はきれいにつながらない。だから毎回、花凛は継ぎはぎでその場をしのぐしかない。


「お水をお持ちしますね。あ、それとも先に鏡をご覧になりますか?」


「鏡……」


 その一語に、花凛の喉がひくりと震えた。


 最初の夜、鏡の中に見知らぬ顔を見たときの息苦しさは、まだ消えていない。花凛ではない顔。なのに、完全な他人とも言えない顔。


「……あとで、いい」


 そんなことより、喉がからからで何か飲みたかった。


「お水をくれない?」


「かしこまりました。すぐご用意いたしますね」


 ミモザが一礼した、その瞬間。


 ばたん、と扉が勢いよく開いた。


「レイナ!」


 低く張った声に、花凛は思わず背筋を伸ばした。


 入ってきた青年は、黒に近い濃紺の髪に、軍服じみた細身の上着を纏っていた。襟元と袖には金糸の装飾。整った顔立ちは冷たく見えるのに、瞳だけが妙に熱を帯びている。


 この人も知っている。

 名前はまだ確信がない。けれどレイナにとってかなり近い位置にいる人物だということだけは、空気で分かった。


 青年は寝台のそばまで来ると、わずかに安堵したように息をついた。


「無事か」


「……たぶん」


 反射でそう返してから、しまったと思う。

 “レイナらしくない返事”だったかもしれない。


 青年の目が細くなった。


「どうした」


「え?」


「顔色が違う。いや、それだけじゃない」


 まずい。


 花凛の心臓がどくりと鳴る。

 この世界では、誤魔化しがだんだん効かなくなってきているのかもしれない。


 青年は花凛をまっすぐ見つめたまま、静かに言った。


「お前は、本当にレイナか?」


学校の行き帰りに執筆予定


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