第二十二話 クリスマス・イヴ
すみません。イヴから1日ズレちゃいました
いつもの夜。
冬至から少し経って日がまた長くなり始めた冬の一日。
俺にとっては全くもっていつも通りの夜。
そしていつもと同じように陽気な音楽が流れる店内を歩き回り、品出し業務にいそしむ。
「失礼いたしますー」
段ボールを積んだ台車を運びながらお客さんの傍を通る。今日はなぜだか客は少なく、来るのは老人ばかりでいつもよりカップルが多いぐらいだろうか。
(・・・・・まぁクリスマスなんだからだろうけど)
大学2年生になっても、産まれてこの方この日に予定が入るのは家族以外には無かった。というか家族の予定も中学以来無いから、クリスマスは10年ぐらい欠勤していると言うのだろうか?
「・・・てか俺クリスチャンじゃねぇし」
お菓子コーナーでひとつづつ段ボールを開け詰めていく。
今こうやって独り言を零しても、どうせお客はほとんどいないから別にいい。
それに言い訳をするように独り言を心の中で呟けば、今日明日は人も入らないのもあるし給料も一応上がる。あと俺にとって一番の理由は、家に渚がいるからだった。
「・・・・・・あいつも結局意味分からんし」
数日前の千春さんとの一件のあと、もちろん俺は家に帰ると渚を問い詰めたのだが、その時の当人はというと。
「あ、夕飯作ったので早く食べてください」
帰れば何も無かったように料理を作って俺を出向かえる。さっきまで千春さんにあそこまで殺意を振りまいていたというのに、不気味なほど何も無かったのかのようであまりに気味が悪かった。
だが俺もそれで何もしない訳にいかないので、その時飯に手を付ける前に俺は渚に質問する。
「まず、おm━━」
そう俺が言いかけた所で渚がそれに遮る様に言葉を被せ、勢いよく頭を下げる。
「すみません。私の判断が早計でした」
何に対する謝罪かは明言していないが、それが千春さん関係の事であるのは俺にも分かる。そして渚はそれに続けて言う。
「あともうどうせバレたのでこれも謝ります。殺人事件の事隠しててすみません」
「・・・・・やっぱか」
そう納得がいきつつも、あそこまで強硬だった渚があっさり謝るのに違和感が強く残った。が、渚がこう協力的になってくれるのは、千春さんへの対応をする上でありがたい事ではある。
「でも千春さんに危害加えるなよ」
「・・・・・えぇ、彼女には手を出しませんよ」
・・・・・まぁ良いか。下手に渚の心情を悪くして翻意されては俺も困る。
そう俺は一応の渚の謝罪を受け入れ、またとりあえずの日常へと戻りはした。ずっと言い知れない違和感は付きまとってるが。
「・・・・あいつ絶対何か考えてるよな」
新発売の期間限定味のポテトチップスを詰める。こう単純作業をしていると、関係無い思考が色々湧いてくる。
「・・・・・・っしここは終わり。次」
でも考えても今事態が動くとは考えずらい。今週末千春さんと渚を会わせるし、その時また渚の反応を見て判断しよう。
「あ、蝋燭そこの棚です」
「どうもっす」
だけど俺もマイナス思考なタイプ。今も考えすぎなだけで、普通に渚が改心してくれたかもしれないし、それで大満足な結果かもしれない。それで俺の目標は、千春さんの目線をいかに先へと向かせるだけ。
「・・・まぁそれが一番難しそうなんだが」
そう色々思考が巡りながらも時間も22時を回ろうとした頃。ぼちぼちこれ以上法律で働けない高校生が上がり始める。
「おつかれさまっす」
「ん、おつかれー」
あと残るのは少しの大学生バイトとパートのおばさん。あ、あと副店長もいるか。
そう思いつつ時計を見る。23時まで営業だからあともう一息。それに今日は特にお客さん少ないから、ある意味ボーナスステージ。
「・・・・明日の朝の品出し楽にしてやるか」
俺が気合を入れ直し曲げていた腰を伸ばすと、そのまま立ち上がる。するとそれと同時に後ろからお客さんに話しかけられる。
「岳人、こんな日まで働いてんのな」
「・・・・・・?」
急に名前を呼ばれた事にびっくりしつつも振り返ると、そこにはなぜか浜中さんがいた。
こんなクリスマスイヴの夜に会うとは思っていなかった第一位の人だ。
「それはそちらもでは?こんな時間に」
「お前うるさい」
浜中さんの緑色のカゴが膝にこつんと当たる。どうやらお怒りらしい。でも浜中さんの感じなら彼氏の一人や二人いてもおかしくないだろうに。
「で、普通にどうしたの?」
俺はさっきの職務への気合はどこへやら、普通に会話を始めてしまっていた。
「んーまぁ母親が彼氏連れ込んでるから暇つぶし。どうせ岳人働いていると思ったし」
「それは煽ってると認識して大丈夫そう?」
「でも事実じゃん」
随分俺の評価が低いらしい。まぁ事実彼女いたことないから何も言い返せないのが情けない事この上ないが。だけどそんな俺を一瞥しつつ浜中さんは、近場にあったチューハイ缶を手に取りながら言う。
「ま、正直前に大学で会ってた女と過ごすものだと思ってたけど」
「・・・・・あぁまぁそれは」
渚の事だろう。そう言う意味で言えば今晩も一緒に夜を過ごす事になるが、如何せんあいつはアンドロイドだしな。
「あれはそういうのじゃないし」
と、普通に俺にとってありきたりなウソの無い返答をしたつもりだが、何か浜中さんの地雷を踏んだのか雑に2本目のチューハイ缶を籠に放り込む。
「それ前に言ってたやつは浮気してたけど」
もしかして浜中さんの実体験だろうか。確かに言われて見れば浮気を詰められている男の台詞に聞こえなくも無いか。
「でも事実俺はこの時間にバイトしてる訳で」
そう俺が言うとオーバーにあぁと声を漏らし浜中さんが頷くと言う。
「まぁそれはそう。ありゃ岳人には釣り合わないし」
「傷口に塩って言葉知ってます?」
「あ、そうそう塩もう無くなるんだった。どこ?」
今日の浜中さんは随分煽ってくる。でも一応お客さんな以上俺は黙って塩の場所まで案内する。その間カゴの中を覗くが、どうやら今晩はカップ麺で済ますらしい。てかカップ麺に酒にパタピーっておっさんかよ。
そんな俺の声が漏れていたのか、浜中さんはジッと眼を鋭くする。
「人のカゴ見んなよ」
「随分趣味が良い買い物だね」
「・・・お前がモテない理由が詰まってんな」
「・・・・・・・・」
やっぱ刃鋭くないか。意趣返しと煽ってもそれ以上に切られてしまう。
でもこう対抗心燃やして煽ってる所を指摘されたのだと思うと、それは確かにと納得してしまう。
「・・・・ここ塩ちょっと高いな。今日は良いや」
「・・・さいですか」
他スーパーの価格覚えてるのすごいな。そう素直に納得してしまうが、俺も随分一人の客を相手にしすぎた。給料を貰っている以上職務に戻らないと。
「じゃ、俺仕事戻るから。帰り気を付けて」
「・・・・ん」
何か言いたげな気はしたが、まぁいいか。また年明けの講義で会えるし。
そうして俺はその後の1時間をしっかり勤め上げ、締め作業をほどほどにタイムカードを切る。
「今月稼いだな」
忙しいなりに頑張ったとタイムカードに並ぶ文字の多さに満足しつつ、時計を見れば23時30分。俺はダウンに身を守られながらも真っ暗な街の夜空の下へと出るのだが。
「なんでいるんすか」
「・・・言ったじゃん。家に親が彼氏連れ込んでるって」
「だからって危ないですよ。こんな所に一人で」
ここのスーパー立地が良いとは言え、この時間だと歓楽街も近くにないし流石に人通りが無い。この人は危機意識があまりに足りて無く無いか、前だって俺の家で呑もうとか言ってきたし。
「家まで送りますよ」
「だから家に帰れないからここにいんの」
「じゃあこれからどうするんですか」
俺がそう言うとこんな寒いと言うのに、浜中さんは空になったチューハイ缶を取り出し摘まんで振る。
「先に言いますけど飲みませんよ」
「誰が私の酒飲ませるって言ったよ。飲みたいなら自分で買え」
多分この人既に酔っている。少し遠くを通りかがった車のライトで照らされた、少し赤いその顔と怪しい活舌で分かる。
「いつか事件に巻き込まれますよ。ほんとに」
「大丈夫だって、これでも陸上部だったから。逃げれう」
あ、噛んだ
じゃなくて、この人をどうしようか。俺の位置情報千春さんに渡している以上、俺の傍にいさせると下手に事件に巻き込ませかねない。けど、この人をこのまま放置は出来ない。
「まぁ・・じゃあ飲み屋行きます?」
「お、ノリいいじゃーん」
なんかまぁ浜中さんと話していると楽になる。
色々不安とか心配とかを少しだけ忘れられる。いや、忘れたらダメなのだけどこういう会話が少しだけ俺の心を楽にしてくれるのは事実。
そうして友達なのかクラスメイトなのか。距離感を掴みかねるがそんな浜中さんと俺は、キャッチを躱しつつ居酒屋へ入る。
「なんかこういう流れで呑むの多いね」
「まだ2回目だろ」
割と出来上がっている人が見受けられるし、こんな時間まで飲んでて大丈夫なのか社会人がチラホラ。
それを見つつ一応渚に呑む事を伝える。どうせ位置情報で把握しているだろうけど。
そんなメッセージを受け取ったアンドロイドはと言うと。
「・・・・・危機感の無い」
1時間前あのアンドロイドが新たに警察庁長官を殺したというのに。それにあの精神錯乱した女の件もあるというのに、呑気にバイトに行ってあまつさえ無警戒に飲み会に行くとか。
「・・・・・・・・非合理」
結局こちらが折れているようにみせかけても信用はせず、いつまでも距離を作る。なぜそこまで理屈を無視して行動できるのか。
「それに・・・・近い」
そんな中ふと自然に出た舌打ちに自分でも少し驚きつつ、今は耐えて大人しくして信用を勝ち取る時だと、所有者の帰りを待つのだった。
「てかさ、クリスマスは家族で過ごすもんだろ。んで彼氏連れ込むかね」
「・・・・でも浜中さんも彼氏いたんでしょ?その時はどうしてたの」
「それは・・・・・まぁ違うじゃん」
がやがやとする店内の中、既に酔っていた浜中さんは更に酒を注ぎこみ酔いを増して行く。
「てか、お母さんとクリスマス一緒に過ごしたいんだね」
「そうは言ってない」
「そう言ってるような物じゃん」
嫌いならそもそも会話にすら出したくないものだしな。まぁ俺もクリスマスに彼氏連れ込むのはどうかとも思うが、それでも母親なんだろう。
(・・・・・・ダメだな母親の話をするとあの時の事思い出す)
俺は食事中に思い出すにはそぐわない物を振り払うようにしてアルコールを流し込む。
「でもどっちにしてもこんな時間にあそこ一人はダメだよ」
「お前が母親面してどうすんだよ」
実際この人この後どうするのだろうか。多分家も近いんだろうけど、それでもじゃないか。流石に今の考えている事が読めない渚を追い出して、家に泊める訳にもいかないし。
そして俺がそう考え込んだのを察したのだろうか、浜中さんもこれが本題なのか少しだけ真面目な表情を作り言う。
「日曜さ」
その単語に俺は口元に運びかけたグラスを止める。
「ん?」
まさかなと思いつつ浜中さんを見る。そして俺は咄嗟にスマホのスピーカーを抑える。
そんな緊張が伝わるのか浜中さんは、何か探る様にでも直接問いただすわけでも無い言葉を投げかけてくる。
「なんかあったら言えよ。深入りはしないけどやばそうなのは伝わった」
ただ優しく俺を見るだけ。
何か問い詰められるのでは、何か知っているのか、そんな俺の不安を見透かしたような。でもきっと多分この感じは一部の会話を聞いたんだろう。
それでも浜中さんは俺に何も問いただそうとしない。
「言いたくない事は言いたいときに言えば良い」
俺はやっぱり敵わないなと思いつつ少しだけ態勢を起こす。
「んであんな時間にいるかねぇ」
「普通に偶々。買い物帰り」
もしかして今日スーパーに来たのもこのためなのだろうか。俺が思っていたよりこの人はやさしいのだろうか。
「恩返しって奴。でもあの会話気になりすぎるから、出来れば早めに教えろよ」
そう言い浜中さんはグラスを置く。
そんな彼女に俺はこんな事で、何も現状は改善していないのに、その言葉で楽になるんだとただ感心してしまっていた。
「・・・・・優しいんだね」
「そりゃな。だって私だから」
少しだけ照れくさそうに浜中さんが酒をあおる。まさかこんな形で俺に味方してくれる人がいるなんて思わなかった。
でもそれでもその厚意を俺は無下にしないといけない。これは俺が選択した事で、俺が責任を持たないといけない。それに人死が出かねないこの事に浜中さんを巻き込むわけにはいかない。
だから俺は。
「じゃあいつかね。いつか」
「おう、待ってる」
そうして俺にとって久々の誰かとのクリスマス・イヴが過ぎていったのだった。




