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1億℃の心臓  作者: ねこのけ
第二章
20/24

第二十話 似た者同士


 ブランコと言う子供が遊び明るい印象のある遊具に、暗く沈み一人項垂れて頭を抱える女の人。どうやら俺が追いかけたその人らしい。


 俺はそれを前にして一歩深く足を踏み込む。


「・・・・・・・」


 まだ女の人は俺に気付いていない。


「・・・・・・・・」


 気付いているのか、気付いていてあえて無視しているのか。でも俺は自分が逃げない様、過去を繰り返さない為に肺に冷たい空気を押し込む。


「・・・・さっきの話の続き。しませんか」


 激しい心拍とは対照的に声はやけに落ち着いていた。

 そしてその言葉を投げかけた女の人はというと、やっとその項垂れた頭を上げ俺を睨んでくる。随分嫌われているらしい。


「・・・・ッ」


 人に怨嗟の籠った眼を。殺意に敵愾心、あの時の母と同じ眼。人生で大事な物を失い、行き場を失った感情をぶつけたがる眼。


「あいつはいません。・・・・だから人間同士、ちゃんと話しませんか」


 俺は震える声帯を抑え、女の人と向き合う。もうあの時の事を繰り返す訳にはいかない、無理やりにでも俺の差し出す手を握らせてやる。


「何話すんだよ。お前と」


 低く擦れた声。俺との対話を拒否するような真っ暗な表情。


「貴女の。これからのことです」


 ジャラっと鎖が揺れ女の人が俺を目の前にする。やっとついた街灯にレンズが反射しその目は見えない。


「何様だよ」

 

 俺もそれなりに身長が高いと思っていたが、そこまで女の人と目線の高さが違わない。


「堤岳人です。貴女の名前は」


 俺に聞こえる大きさで舌打ちが聞こえてくる。どこまでも俺の事を拒絶するらしいが、それでも渚への執着はやめない。だから俺との会話自体は拒まないのだろう。


「さっきもそうだが話が通じねぇ奴だな。私はお前と仲良しごっこする気ないんだよ」


 この人はアンドロイド自体に憎しみを抱いている。目的は敵討ちをする事なんだろうけど、感情が色んな方向へ飛んでしまっている。


 だからその感情を怒りとして俺に向けさせる。


「じゃあ貴女一人で何が出来るんですか」


 出来るだけ嘲るように挑発するように神経を逆なでする。すると俺の期待通り女の人は俺に食って掛かる。


「・・・・さっきから何が言いてんだよ」


 歯が割れてしまうんじゃないかと思うほどに歯を食いしばる女の人。余程ストレスが溜まっているらしいが、俺のやる事は変わらない。


「さっきから言ってるじゃないですか。俺が協力するって」


 そこで何かが切れたのか堰を切ったかのように、怒りの表情を滲ませ俺に掴みかかり、目の前で叫びかかってくる。


「だぁかぁらぁッ!!協力するってんならあのアンドロイド破壊して来いってんだよッ!!!」


 喉が裂けそうな程に叫び、静かになった公園を抜けマンション群にその声が響き渡る。


「お前があいつ殺してアンドロイドも全部破壊してくれんのかッ!?なぁ!?ただのガキなお前が出来んのかッ!?!?」


 一歩また一歩強く足を踏み出し俺を押し出す。


「出来ねぇなら中途半端に助けようとか粋がってんじゃねぇよッ!!!」


 その言葉が耳鳴りの様にキーンと高く響き、その後ただ沈黙が流れ女の人の激しい息遣いだけが残る。

 そして色々感情を吐き出して体力が削れたのか、俺の胸に体重を預けるように掴みかかって手が押し付けられる。


 なんとなく、そんな女の人の両肩を掴む。


「・・・・・貴女は・・似てますね」

「・・・・あ?」


 もしかしたらこの人の怒った眼が母に似ていたからかもしれない。

 もしかしたらこの人の後悔したような言葉に昔の自分を重ねたからかもしれない。

 もしかしたら一人で抱え込んで自分でなんとかしようとする所に弟を見たのかもしれない。


 数秒だろうか。少しの逡巡をした俺は再び、目の前で血走る眼を視界に捉える。


「やっぱ似てますよ」


「気色わりぃんだよ・・・・ッ!」


 俺から逃れるように乱暴に一歩引こうとするが、俺がその掴んだ肩を離さない。多分離せばこの人はどこかへ行ってしまうから。

 

 俺には俺の事しか分からない。でも母の様に大事な人を失い錯乱し、弟の様に誰からも助けを得られず一人で抱えるしかなく、俺の様に後ろ向きに生きている。

 

「俺が一緒に居ます。だから死んだらダメです」


 ありきたりで単純な言葉をかけ俺はその小さな肩を強く掴む。ここでこの人に無理やりにでも手を取らせないと、康太を失った時俺が後悔した意味をなくす。


「だからッ!!!オメェの汚ねぇ手なんて取らねぇんだよッ!!!」


 多分この人は死にたがっていない。直感でしかないけど話していて死の匂いがしない。特有の諦めたような空っぽの様などこも見ていないようなそんな物が。


「じゃあもう一回聞きます。貴女は何がしたいんですか」


 暴れ荒んだ女の人をしっかり掴み見下ろす。どれだけの期間苦しんでいたんだろう、そう思うほどに顔に疲労の色が滲み苦しそうな顔をしている。


「・・・・だからあいつら殺して・・・・父さんの・・・・・・」

「殺して。どうするんですか」


 俺の押しつけだけじゃダメ。それは康太の時から何も変わっていない、この人が求める物をちゃんと知らないと。


「殺して・・・私も死ぬ」

「なんでです」

「なんでって・・・・そりゃ・・・・・・」


 言葉に詰まる。元々何か理由があったのかもしれないけど、もしかしたら仇討ちをして死ぬことが目的になってしまっているのだろうか。


「じゃあこれははっきり言います」


 この状態でこの人が俺の手を取る選択肢を選ぶのは難しいかもしれない。でもこの人は死ぬ理由を即答できない、そこに迷いがあるなら今決めてしまうのは早計。時間があればまだ翻意できるかもしれない。


 だから俺はこの人に質問をする。


「大丈夫ですか。まだ貴女に未来は捨てれて無いんじゃないですか」


 あの時康太に出来なかった言葉。何回もあぁ言えば良かったこう言えば良かった、そう後悔し続けた俺の喉でつっかえ続けていた言葉。


「俺に手伝わせてくれませんか。貴女のやりたい事やらないといけない事」


「・・・・・んでそこまで言うんだよ・・・・・お前は」


 意味が分からない理解出来ない。そんな感情がありありと伝わってくる。 

 だけど俺がこれをするのはこの人だからじゃない。ただただ自分がこういう人を見捨てたら、康太の後悔が許さないから。


「自己満足だよ。君をここで見捨てたら俺が後悔する」


 それこそ自分が生きる、生きなきゃと思う意味を見失う。


「だから俺と関わったのが運の尽きだね」


 答えはどうなのだろうか。俺は今度は過ちを犯さずに済んでいるのだろうか。

 そう一抹の不安を抱えつつも、女の人の肩から手を離し距離を作る。そして俺は改めて右手を差し出す。


「俺に貴女を助けさせてください」


「・・・・意味分かんねぇよ・・・・・・・」


 そっぽを向いてしまう。だけどその場から逃げようとも俺に攻撃をしようともしない。だから俺は答えを待ったまま右手を差し出したまま、それを見つめる。


「・・・気持ち悪い」


「・・・・・・人の癖にアンドロイドと仲良くして」


「・・・・・・・・・・・・・関係無い他人の私にここまで構って」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に気色悪い」


 でもその女の人は目元を赤くしたまま俺へとやっと視線を向けてくれる。


「せいぜい利用してやるから逃げんなよ」


 怒り、憎悪、嫌悪、あらゆる人の悪感情の籠った眼が俺を見る。でもそれでも俺はただそれで安心したような、安堵したような気持ちが満たされる。


「男に二言は無いってね」


 良かった。康太の時の後悔をまた繰り返さなくて済んだ。

 でもまだこれから。これから俺がこの行動の責任を取らないといけない。威勢の良い事を言った以上、最後まで俺はやりきらないといけない。


 だから俺は更に右手を差し出す。


「名前は」

「・・・・・・・」


 ゆっくりと嫌そうに眉をひそめながらもその左手が近付いてくる。


「・・・・門浪千春。仲良くする気はねぇ」


「うん、よろしくね」


 これからが大事。これからこの人が生きる事を選択できるよう俺がそれまでの道を整備する。俺のエゴで俺の自己満足で、俺はこの人に幸せな人生を送ってもらう。


「じゃあまず渚の事からだね」


 そうして俺はこれからどうするべきか、何をするべきか、千春さんは俺に何をして欲しいのか。一つずつ後悔のしないよう、ゆっくりと対話を始めたのだった。


ーーーーーー


「いやぁ彼主人公だねぇ。あんなギザったい台詞俺なら言えないよ」


 ごうごうと暖房がかかる車内、若い男がスマホから流れる音声を聞きそう言葉を漏らす。そして助手席に座る銀色の女、いやアンドロイドがそれに反応をする。


「あれは放置で良いです。それよりさっきの中年男性を追跡しましょう」


 公園を遠巻きに覗く覆面パトカーの中。男はアンドロイドに言われるがまま、被害者遺族の周辺を探っていた。


「あの人が犯人なのかねぇ。犯行映像の感じからして10代20代ってのが大筋の考えだけど」

「あちら側のアンドロイドは諜報用のタイプです。基本映像から読み取れる情報は偽だと思ってください」


 男は県警の捜査一課の警部。二十代後半でまだ若いが所謂刑事と言う奴だった。それなりに優秀で人脈の自身がある男だったが、隣に座るアンドロイドというものに関しては未だ計りかねていた。


「アンドロイドって言われてもなぁ。君も急に現れたし」

「別に私としては所有者は貴方じゃなくても良かったんですがね。都合よく捜査員だったので」


 男の前に現れたのは5日ほど前。丁度捜査本部が拡大して男が派遣されるとなったタイミングだった。

 それがアンドロイドというのが虚言では無く本当だと男はすぐに理解させられたが、必要以上な情報を語らないくせに捜査には介入するアンドロイドに不信感を抱いていないと言えば嘘であった。


「ま、捜査に協力してくれるなら良いけど」

「私としてもあのアンドロイドが暴れるのは望ましくありませんから」

「君可愛くないねぇ。もっとアンドロイドなら愛嬌とか無いの?」


 軽口。少しでも人格らしきものがあるなら知って損はない。そう男は望み薄だと思いつつも揺さぶって見ると、案外意味があったらしくアンドロイドが強く男を睨む。


「私の所有者は貴方じゃないですから。形式上必要で貴方を使っただけで」

「はいはい、冷たいことで」


 だけど実際これで捜査に進展が見られたのも事実。まだアンドロイドがどうのって情報は混乱するから出していないけど、容疑者すらなかった現状に比べれば大きな進展。


「あのおっさんと一応あの青年も調べるか」

「若い方はあれもアンドロイドの所有者ですから。私が対応します」

「え、多くない?そんな沢山いるの?」

「・・・・・」


 だんまりを貫くアンドロイド。相も変わらず男にアンドロイド関係の情報を小出しにしてくる。教える情報を選別しているのだろう。


「てか君が位置情報とか探れないの?君もアンドロイドなんだし、加工された映像復元するとかさ」

「先ほども言いましたが相手が諜報用途な時点で無理ですし、もう片方も諸事情で不可能です。後私はオペレーションが主ですから」


 って事は他にもこのアンドロイドの仲間がいる可能性もあるのか。

 アンドロイドが人を殺しまわっている以上、こいつにも警戒は必要だが捜査の進展がない以上利用させてもらう。どうせこいつも俺の立場を利用しようとしているんだしな。


「まぁ、それに。あちらも気付いているでしょうしね」


 そう不穏な事を呟くアンドロイドだったが、それを問い詰め聞いてもやはりだんまり。男はそれに少しの不快感を覚えつつも、エンジンをかける。


「俺もリターンが無きゃお前には協力しない。決定的な証拠が出た、若しくは犯人に行動の兆候があれば言えよ」


「それはそのつもりです。一応私と貴方の目的は犯人の逮捕で一緒なんですから」


 ほんとかよ。

 そう思いつつ男は、ぶっきらぼうなアンドロイドを助手席に車を走らせたのだった。

 

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