70.【元家族side】作品はボクの踏み台だし【四葵】
「ねえねえ、新人ちゃん。まだ掛かるの? ボクずっと待ってんだけどサァ」
「す、すみません。収録に立ち会う事はあっても録音するのは始めてで……」
自宅の簡易スタジオで四葵は播磨里麻に苛立ちをぶつけていた。
里麻は慣れない機械達を前に、伍の残したマニュアルを見ながら右往左往していた。
「ええっと、ここを押して、このつまみを回してっと、スタンバイ完了です」
「はあ、やっとだよ。ったく、タレントの時間を無駄にしてる自覚はあるのかな?」
四葵はソファで踏ん反り返りながら、やれやれと肩をすくめた。
そして、里麻は申し訳なさげに頭を下げたあと、用意していた紙を四葵に手渡した。
「今回の声優オーディションは書類先行を終えているので音源審査です。こちらのセリフを録っていきます。これがキャラの資料です。四葵さんのお声に合うかと思い選ばせていただきました」
まずは書類先行でプロフィールやボイスサンプルを提出し、そこを抜ければ音源審査がある。
このとき、指定されたセリフや原稿を録音した音源を提出する。
ボイスサンプルは事前に録音しているが、今回はキャラとしてセリフを新たに取らないといけない。
「ふーん、どれどれ。『10年振りに会った男友達が実は女の子で、その子から女の子だと思われてた件』ってタイトルなっが! こういうの最近流行ってるよね。タイトルに内容全部書いてて中身すっカスカのやつ。こんなの見なくていいじゃーん」
手渡された髪を指でパンパンと叩きながら、キャハハと四葵は小馬鹿にしたように笑った。
「私はそうは思いません……。原作読んでみてください。ヒロインはかわいいし、主人公も誠実でかっこ良くて、掛け合いも面白いですよ」
「へー、原作読んでるんだ。ま、どうでもいいけど。自分が売れるならなんだっていいよ。作品はボクの踏み台だし」
「そんな言い方しちゃダメです。クリエイターの方々はみんな本気で取り組んでいるんですから」
「は? ボクも自分のためって意味では本気だけど? 声がかわいくて演技もできる。おまけに見た目もかわいいし知名度もあるから、ボクが選ばれたら作品は売れるし、お互い様だよねぇ」
ふんふん、こんな感じか、と資料にざっと目を通して四葵はマイクの前に立った。
ひと通り録り終えて、マイクブースから出てきた四葵は音源をチェックする。
「うっわ、なにこれ。ノイズだらけで聞いてらんないヨォ。サンプルボイスは綺麗に録れてたのに。最悪なんだけど」
サンプルボイスとは、各種オーディションに幅広いキャラや声色を使って事前に録音する名刺代わりとなる重要なもの。
先方に声に集中してもらうために、ノイズを除去したり音圧を整えたりする必要がある。
伍がいた頃は彼がマイクやオーディオインターフェースといった機械の設定をしたあと、パソコンでデータを整えていた。
その苦労を四葵は知るよしもなかった。
「これならスマホで直録りした方がマシなんじゃない? キャハハハッ!」
「す、すみません。あ、ははは……」
「は? 笑いごとじゃないんだけど。皮肉で言ってんの。これ仕事だよ? 分かってんの?」
「失礼しました!!」
突如として変貌した四葵、声優というだけあって深く凄みのある声に里麻がその小さな体をさらに小さくして震えていた。
「あーあ、いくら高級食材があったとしても、料理人の腕がなまくらじゃゲロまず料理になっちゃうか。こんなの送るくらいならほんとにスマホで撮っちゃおうかな」
「本当にそれで大丈夫なのでしょうか……」
「は? 誰にもの言ってんの? もしかしてボクにじゃないよね?」
「すみません。なにもありません」
「そーだよねぇ。何にもわからない素人がプロに口出してきたかと思って、ボクびっくりしちゃったじゃん」
四葵はばしばしと里麻の背中を叩く。
「それに、ボクはただの高級食材じゃなくて、超高級食材だから問題ないよ。そこらの有象無象とは格が違うんだよぉ」
ボイスを撮り直した四葵は伸びをしながら里麻にいう。
「んじゃ、これ送っといてね」
「かしこまりました。お疲れ様でした」
「今日はボイス録音だけだから、これからなにしよっかな。そうだ。久々に激辛料理でも食べに行こーっと。麻辣湯食べたかったんだよねえ」
「四葵さん?! 明日は別の作品の収録が控えているんですよ?! 喉に刺激物を入れて万が一の事があったらいけません」
「はあ? だから素人が口出しすんなっての。あいつもずっとやめろって言ってきたし、食べれたとしても辛さ調整したやつで全然だったし、喉に良いとかいうハーブティーとはちみつとか飲ませようとしてきたりして。ボクは炭酸ジュースが好きなのにさ! うざったいよもう!」
里麻の助言をきっかけに、伍への溜まりに溜まっていた不満が噴き出した。
ぷんすかと怒った四葵はスタジオを飛び出して、自室へと帰っていく。
「っかー! これだよこれ! この刺激が堪んないねぇ!」
四葵、里麻の助言を聞かずに宅配アプリで最寄りの中華料理屋さんで頼んでいた麻辣湯をちゅるちゅるとすすっていた。
「ひー、辛い辛い。ここに強炭酸のサイダーを流し込んで……。くーっ! これが効くぅ!」
喉をいじめてるとしか思えないその所業に、伍が見たらなんというだろうか。嫌われるのを分かってでも止めただろう。
しかし、もう止めてくれる人間は身の回りにはもういない。
身勝手からくる居心地の良い環境からは何も得るものがなく、ただ失うばかりだというのに、四葵にはそれが分かるのはもう少し先のことだった。
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喫茶店アルバイトに遊園地デートと青春を謳歌しながら、元家族へのざまあがあったりと本作の魅力が詰まってます。
ぜひお手に取ってください!!





