第69話 大きな声出しちゃダメ
お風呂から上がり、火照った体を持ってきていた部屋着に包む。
首にタオルかけて、髪をわしゃわしゃとしながら脱衣所を出た。
タオルの香りが違うのがなんだかそわそわする。
「あっくん、タオル分かった?」
「うん、置いてくれてありがとう。使わせてもらってるよ」
リビングにいるあっちゃんはいつもと変わらない優しい笑顔を見せる。
その様子に、さっきのことがなかったみたいに思える。
あっちゃんが気にしていないなら、僕も気にしないでいよう。
あれはハプニングだから蒸し返さない方がいい。
「そうだ、ドライヤーはどこにあるの?」
タオルドライだけしてまだ髪が濡れた状態だ。
てっきり脱衣所にあるかと思ったけど見当たらなかったんだよね。
「ドライヤーならここに」
じゃん、とあっちゃんは可愛らしい効果音とともになにやらごついドライヤーを取り出した。
「かなりしっかりしてるやつなんだね」
「そうだよ。女の子は髪の毛が大切なんだもん」
あっちゃんはオレンジ色のショートヘヤを跳ねさせた。
じゃあ、貸してもらおうかな、と手を伸ばしたらあっちゃんの手が引っ込む。
「お世話されて欲しいっていったよね。だから今日はあたしにあっくんの髪乾かさせて?」
「これも取材の一環ってことだね」
「そういうこと!」
それからソファに横並びで座り、僕はあっちゃんを背にする形になる。
後ろであっちゃんがドライヤーのスイッチをオンするのが聞こえる。
首元に温風が吹き込んできて、あっちゃんの細く柔らかい指が僕の髪を手櫛で通していく。
「わわ、自分のと感覚違って難しいよぉ。どう、うまく乾かせてる?」
「大丈夫、ちゃんとできてるよ」
「ほんとかな? あっくん優しいから、なんでも褒めそうでヤだなぁ」
「ほんとだって。信用ないなあ」
僕が少しいじけると、あっちゃんは冗談だってば、と小さく笑った。
「よかった。あっくんの髪があたしと同じくらいの長さだからうまくできてるのかも。もっと長い髪を乾かすのは大変だろうなあ」
「ロングとショートじゃ取り扱いが違うもんね」
ヘアメイクとして現場入りすることがあって人より多くの人の髪を触っているから、その難しさは理解できる。
そんなことを考えながらふとした疑問をあっちゃんにぶつける。
「あっちゃんって昔も今も短めだけど、伸ばしたことってあるの?」
「あっくんと会ってない期間に伸ばしたことあるよ。胸より下くらいかな」
ショートヘアのあっちゃんしか僕はみたことがないけれど、あっちゃんはかわいいからロングも似合いそうだ。
「でもあたしの髪くせ毛だし、大変だったから、切っちゃった。あっくんの髪細くて女の子みたい。つやつやだし羨ましいな……」
「そうかな?」
僕は振り向いてあっちゃんの髪を触る。
「あっちゃんの髪、キューティクル整ってるし、短いけどしっかり手入れ行き渡っていて綺麗だよ」
「こ、こら! 急に女の子の髪の毛触らないの」
「ごめんなさい。職業病でつい……」
「あたしだからいいけど、他の子だともーっとびっくりしちゃうんだからね」
あっちゃんは毛先を指でくるくると巻いて口を尖らせていた。
たしかに相手があっちゃんだから良かったけど、怒る人もいるだろうし気をつけないといけないな。
髪を乾かし終えて、ソファに座っているとあっちゃんが両手にカップを持ってきてくれた。
「はい、おやすみ前のハーブティー」
「この香り。僕があげたやつだ」
入眠に効果のあるカモミールティーだ。
「ふふ、正解。これ美味しいね。ハマっちゃうかも」
「お口に合ったようで嬉しいよ」
それからは小説の話はせずにここ最近のことや、カフェにくる常連さんの話などして僕らは過ごした。
談笑しているとあっちゃんが時計を見ていう。
「もうこんな時間だ。明日も学校あるし寝よっか」
思いの外、話に華が咲いていていたみたいで時間はかなり経っていたようだ。
「寝室ってどこかな?」
「こっちだよ」
僕はあっちゃんに手を引かれて後ろをついていく。
案内された部屋のベッドに僕は入った。
「おやすみあっちゃん」
「おやすみあっくん」
すぐ隣からあっちゃんの声が聞こえる。
「って、なんであっちゃんが隣に?!」
「しー、だよ。もう夜だし、大きな声出しちゃダメ」
あっちゃんは人差し指を立てて僕を咎める。
「そうだけど、そうじゃなくて……あっちゃんと僕、同じベッドで寝るの?」
「そうだよ」
そうだよって。当たり前のように言うなぁ。
寝巻き姿のあっちゃんが僕の目と鼻の先にいた。
「だって、ラブコメ小説の取材なんだもん、ラブコメはだいたいヒロインと主人公は同じベッドで寝るでしょ?」
そうなのかな……?
僕は正直、そこまでラブコメを読んでるわけじゃないから分からないけど。
『だんじつ』の夕凪灯里先生であるあっちゃんがいうなら、そうなんだろう。
「もしかしてあっくん恥ずかしいの……?」
にやにやとあっちゃんは悪戯な笑みを浮かべる。
「そ、そりゃ恥ずかしいよ」
「えー、昔は一緒にお昼寝もしたことあるのに変なの」
「それは昔のことでしょ。だって、あっちゃんはかわいい女の子なんだから恥ずかしくなっちゃうよ」
「ぁう……」
突如、沈黙が僕ら二人の間に横たわった。
そしてどちらからともなくおやすみと言って、互いに背を向けて寝ることにしたのだった。
というか、カモミールティーを飲んだのに全然寝付けないんだけど?
◆
そして今。
どうして僕があっちゃんの家で起きたかというと、こういう経緯からだった。
歯磨きを終えて、洗面台で顔を洗いリビングへと向かった。
「ご飯できてるよ」
「ありがとう、あっちゃん」
喫茶店で働いているだけあって料理の腕はピカイチだ。
朝目覚めて、温かい料理ができている。実家や一人暮らしだとそれはあり得な買ったことだ。
こんなに至れり尽せりでいいんだろうか。
もぐもぐ、としながら僕はあっちゃんに目をやると、あっちゃんは黙って微笑みを返してくれた。
どうやら僕のお世話は苦じゃないようで、むしろ顔色がこれまでよりもとてもいい。
「あっくんとこうして登校してるのなんて不思議な感じ」
朝食を食べ終えた僕らは、家を出て通学路を歩いていた。
「学校同じになったことないもんね。それにあっちゃんの高校の制服姿初めてみたよ。かわいいデザインで似合ってる」
「えへへ、ありがとあっくん」
あっちゃんは上機嫌にその場でくるりと回ってみせた。
短いスカートが放射線状に広がって、ふわりと一輪の花が咲いたように可憐だった。
「あたし以外同じ学校でいいなあ。教室でもみんなとお話ししたいよ」
あっちゃんは僕らとは違う高校に通っている。
聖アントワネット女学院、ミッション系の女子校だ。
「あっちゃんがいたらとっても楽しいだろうな」
だけど、そのためには転校する必要がある。
明日花さんや鈴ちゃんに景凪が次々と転校してきてるから感覚が麻痺しているけど、転校ってそう簡単なことじゃない。
「憧れる気持ちはあるけど、難しいんだよね……。あ、あっくん、ちょっと」
話を切り上げたあっちゃんは僕の体の陰に隠れる。
道路を自転車を大きなエナメルバッグを担いだ男子高校生が通り過ぎる。朝練だろうか。
「さっきの人たち、もう行った?」
「うん。だけど、あっちゃんどうしたの?」
そして、あっちゃんはゆっくりと口を開いた。
「ううん、なんでもないよ! ほら、行こ!」
そして僕らはそれぞれの学校の分かれ道に辿り着いた。
「そうだあっくん、今日のご飯は何がいい?」
「そうだなぁ、お魚系がいいな。焼き魚とか!」
「わかった! 秋だから、旬の秋刀魚買っておくね」
じゃあね、と僕らは手を振って別れたのだった。
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【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
次話は元家族sideです。
【お知らせ】
単行本第3巻が6月5日(金)に発売決定&絶賛予約受付中です!
可愛い女の子に憧れる王子様系ヒロインの鈴と小さいのにでっかい幼馴染ヒロインの茜が表紙を飾っています!
喫茶店アルバイトに遊園地デートと青春を謳歌しながら、元家族へのざまあがあったりと本作の魅力が詰まってます。
ぜひお手に取ってください!!
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