プロローグ 空飛ぶぬいぐるみ
なんてきれいな眺めでしょうか
真下に広がるのは広大な草原、濃い緑色の森。右手には高い山々がそびえ立っている。左手には太陽の光を浴びてキラキラと輝く海、海沿いには白く大きな城やレンガの家が並んでいた。
心地よい風が耳元を吹き抜ける。まるで空を飛びながら国を見下ろしているようだ。
ん? 空を飛びながら? そういえば、視界の下半分を見ても足場となるものは何もない。視界の右端には大きな鳥の羽が音を立てて羽ばたいていた。
ああ、そうでした。この大きな鳥のモンスターが私を食べ物と間違えて、運ばれてしまったのでした。安全な場所に降りられるといいのですが。
それにしても、美しい眺めですね。おや、先ほどは気づきませんでしたが、真下の草原に家がありますね。
草原の中に一軒だけ小さな家があった。だんだんと大きく見えてくる。家が大きくなるわけが無いので、私が地面に近づいているのだろう。鳥が地面に降りようと高度を下げているのだろうか。不意に前方を見ると、鳥のモンスターが颯爽と飛んでいった。
え? あの鳥今まで私をついばんでいた鳥ですよね。ということは、私落下しているのですか!? あの鳥、食べられないと気付いて放したのですね!
この高さから地面に叩きつけられたら……。私は激痛を想像して背筋が凍りついた。
しかし、落下は止まらない。加速していくばかりだ。このままでは、次の瞬間には草原に顔面から着地するだろう。せめて目をつぶりたいが、それすらできない。
「ぽふっ」
いった────くない?草原に顔面から着地したが、想像したような体の痛みは無く、それどころか何も感じなかった。一瞬困惑してから、私は気づいた。
ああ、そういえばそうです。私の体はぬいぐるみでした。
この体は痛みを感じることはない。さらに、柔らかい綿が詰まっているから、高いところから落ちても、壊れたりはしない。瞼が無いし、体を動かすことはできないので、ガラス玉の眼玉に草が当たったまま動けないが、体に外傷は無いようだった。
私はしばらくそのまま草原に顔をつけていた。というより、体を動かすことも、声を出すこともできないので、そうしている他無かった。私にできることは、唯一考えることだけだ。
美しい眺めに夢中になって、気にしていませんでしたが、私は一体何者なのでしょうか。いくら思い出そうとしても、あの大きな鳥に啄まれるところからしか思い出せません。ぬいぐるみがものを考えているなんて、普通ではありませんが、私がそれを考えているということが、その何よりの証明ですし……。
私の思考が錯乱してきた頃、女の子の声が聞こえた。
「あれ? ぬいぐるみの牛さんだ!!」
ピンク色の髪をした少女が、私を両手で拾い上げた。頭の上に掲げて、私と目を合わせる。
「あなた、ひとりなの? ナコとおんなじだね。ナコと一緒に暮らそうよ! うーん、牛だからモーくんだね」
少女は満面の笑みを私に向けて言った。