十七
聖都は予想より静かだった。
夜中、ということもあるが、どこの家にも人気はあり寝静まっているようだ。
「思ってた以上に平穏です」
「まだ王族と教会の対立は一般市民には伝わっていないようだな」
女神カサライデの祝福により国境を超え、また聖都の結界も超えた俺らは、夜中の聖都を歩いていた。
巡回の兵士はいることはいるけど警戒している、というよりはとりあえず歩いている、といったレベルであり、路地裏に隠れていれば普通にやり過ごせる。
さらにこちらにはパフィルネールさんがいるので、彼らより先に気配を感じて隠れることは楽勝だった。
今は彼女がこの聖都にきたとき利用する宿へ向かって歩いている最中である。
「というより、一般市民へ情報は開示していないということですよね」
「その通りだな。王族も教会も互いに相手しか見てなく、市民や街の様子など眼中にないだろう。だから他国の間者も入りやすい」
パフィルネールさんは意味ありげな視線をとある家へと送った。
もしかすると他国の間者と情報共有しているのかもしれない。一人で集めるより数人で集めたほうが効率はいいしな。
もちろん駆け引きはあるだろうし、出せるものと出せないものもあるはずだろうけどさ。
「他国もいるのですね」
しかし本当にザルだ。
ただいくら情報が他国に渡ったとしても、聖国には女神の結界があり攻められることはないからと高をくくっているのかもしれない。
武力で攻められることはないけど、経済で攻められることはあるのにな。
生きていく上で必要なものが国内で完結しているのならともかく、商人たちがひっきりなしに訪れていることから何らか国外と取引は行っているはずだ。実際俺がいる街も宿場町だったらしいし。
目ざといものなら、それを止めてしまえば大打撃を受けることくらいすぐわかる。
それをやらないのは、何か理由があるのか?
「他からみれば殻に閉じこもって何をしているのかさっぱりわからないからな。目を置いておきたくもなる」
「侵略するために、ということではなく?」
「聖国は是が非でも欲しいような魅力のある土地、というわけではない。殻に閉じこもっているということは、そこから出てこないのだから、邪魔される心配もない。目は置いているがそれは動向を知るためだけで、何をやっているのか分かればそれでいい、だから情報共有できたほうが仕事も楽になる、だそうだ」
他国の間者に聞いたのか。
毒にも薬にもならないから完全に無視されてるってことか。
などと会話していると、いつの間にか目的の宿についた。
♪ ♪ ♪
案内された宿は意外と立派だった。
少なくとも今お邪魔しているアパートより新しく、広く、綺麗だ。まあ向こうはほとんどタダみたいなものだし比べる対象が悪い。
滞在費についてはメラリィさんからたくさん貰っているらしく、多少贅沢しても許されるらしい。宿も一人一部屋と、豪華になった。
メラリィさんっていったいどこからそんなたくさんのお金を手に入れているのだろうか。本人は貴族ではない、と言ってたけど、この潤沢な資金から思うに金持ちのお嬢様なのだろう。
それか、異世界の知識がどうのこうの、と言ってたし、それで儲けているのかもしれない。
とりあえず、パフィルネールさんの部屋に集まって明日からの行動について話をすることになった。
「さて、メラリィから頼まれてた聖都までケイを護衛はこれで終わりだが、明日からどうするつもりだ?」
「少し出かけてこようと思います。この街のことは何もわかりませんし、教会にも足を運んでみたいです」
目的は教会のどこかにある聖典を燃やすこと。
ただ、きっと教会の最奥にあると思うし、管理も厳重になっているだろうから、どうやって忍び込めばいいかわからない。
とにもかくにもまずは現場を見なきゃ話にならない。
教会っていうくらいだから神への懺悔とか、信徒を増やすためのミサとか定期的にやってそうだし、それに参加すれば内部も多少はわかるだろう。
あとはいつ王族と教会の争いが勃発するか、だ。また、それに乗じて潜入するにしても内部構造の把握はしておきたい。
……なんだ、意外とやることあるじゃないか。
それにしても、普通の一般人だった俺に、潜入しろというのが無茶だよな。
「ふむ……アタシも色々と情報収集しなければならないが……ケイも明日他国の間者と会ってみるか?」
「いいのですか?」
「ああ、アタシはメラリィと個人契約を結んでいるだけだからどうしても一時的に聖都を出て報告にいく必要があるけど、向こうは連絡係がいるからアタシより詳しいよ」
こっちに住んで情報収集する人と、本国と聖都を往復する人と別れているのか。
そりゃ確かに詳しそうだ。俺が一人で調査するより何倍も情報は集まるかもしれない。
「是非お願いします。ですけど、本当に他国の間者と仲良しになってもいいのですかね」
「向こうも結局滞在しているのは一人だけだからな。互いに手は足りないし、相手は男でアタシは女だから情報の入手先も異なる。情報は多種多様に集め精査していくものだから手は多いに越したことはない」
荒っぽい酒場とかなら男のほうが馴染めそうだし、口の軽そうなチャラい男なら女のほうが有利ってか。
ふーん、パフィルネールさんは冒険者だけどこういう密偵みたいな仕事もプロなんだなぁ。
「ま、今夜はもう遅いし疲れているだろう? 明日は昼から行動だな」
「それはありがたいです。あ、あと私はできるだけ顔を隠したいんですけど……」
白い神官のような服を着ていた集団。俺が初めてこっちに来たとき、俺を探していたやつらだ。
そしてあの脂ぎった禿げたいかにも悪役っぽいおっさん、あれに見つかるとやばいと思う。
あれから結構月日は経っているけど、顔は見られたくない。
「変装か? ならば良いものがある」
パフィルネールさんはそう言うとスカーフっぽいものを手渡してきた。
なんでも聖国では既婚女性が外出するとき、こうして顔を隠して歩くことがあるそうだ。理由を尋ねたところ、いわゆるナンパ目的を除外するためのメッセージなんだって、へぇ。
ご近所へ行くくらいならともかく、人の多い繁華街や商店街は顔を隠した女性もそれなりにいるらしい。だよね、顔を隠して却って目立ってたら意味ないしな。
「それと伸ばしたままの髪をあげると受ける印象は違ってくるぞ」
「なるほどです」
髪型を整えるなんて面倒なんて手で梳くくらいしかやらないけど、確かに髪型を変えるのも一つの手だな。
自分で凝ったものにはできないけど、紐で後ろを縛るくらいならできそうだし。
「ケイはあまりお洒落は好きじゃないようだな、その年頃の女にしては珍しい」
「え、あ……興味はほとんどありませんね」
「今はともかく、あと数年も経てば化粧の一つや二つはできるようにならないと、行き遅れになるぞ」
行き遅れのままで良いです、とは言えずに曖昧な顔をする。
ま、それよりもあとちょっとで夜明けになるし、そろそろ寝ないと昼になっても起きられなくなる。
「そろそろ寝ましょうよ」
「話題を切ったな。苦手か? ラッティーネ辺りに聞けば詳しく教えてくれるぞ?」
「それは……今度聞いておきます」
「はは、じゃおやすみ。明日は起こしに行くからな」
「わかりました、おやすみなさい」
パフィルネールさんの部屋を出て、割り当てられた部屋へと戻ると、メシアはすでにベッドの上で丸くなって寝ていた。
良い身分だな、こいつ。
俺はメシアを持ち上げてベッドに潜り込んでから、人形のように抱きしめた。
半目を開けたメシアはいかにも眠そうな声を伝えてきた。
≪ふわぁぁ……あ……れ、戻った……の?≫
「ええ、明日は昼まで寝ますよ」
≪そう……おやすみ≫
「おやすみなさい、メシア」
いよいよ明日から本番だ。
そう思いながら目をふさぐと一瞬で意識が眠りの世界へと落ちた。




