九
パフィルネールさんを回復させたあと、アリエスさんは彼女の自室へと運んでいった。
外傷は全て治っていたし、治癒で失った体力も戻っていたらしく、あとは目を覚ますのを待つだけだって。とにかく良かった。
しかしながらその後、アリエスさんに延々と尋問された。
「で、聖国の関係者が何故ここへ来たのかい?」
「黙っていたのは申し訳ないのですが、本当に何故私が回復を使えたのかは分かりません。メラリィさんが言うには、女神の使徒じゃないか、という事でした」
「なら尚更使徒がこんなところを訪れるのが不思議だね。使徒って言えば教団を支える役目を持っている女神の遣いだよ?」
「ですから、本当にその辺りは記憶がないのです」
という押し問答を繰り返した。もう疲れたよ。
最終的には、メラリィが俺の事を気にしていたのは使徒だったから、そしてメラリィが許可を出したと言うことは今のところ問題ない、で落ち着いた。
でも、今のところ、という点が俺には引っかかる。別に何をするまでもないんだからさ。
「でも回復ってそんなに凄い事なのです?」
≪使徒に祝福を授けられ女神の眷属となった人以外使えないからね。そして教団はそれらを独占しお金儲けしているのよ≫
自室に戻ってからメシアに回復の事を聞いてみた。
ああ、回復させるには大金が必要って事か。で、さっき俺は何の対価も出さずに回復したから驚かれたのかな。
しかし女神だよね? しかも回復魔法っぽいのが使える。自分の信者がそれ使って金儲けしているのを容認するような神様なんだろうか。
そりゃ信者だって生活しなければならないだろうから、無償なんてことは言わないけど、それでも生活できる程度の金が貰えりゃいいんじゃないかな。
「独占するのはよくないですよね。……でも眷属になるには何かしら条件があるのでしょうか」
さっき俺は簡単に回復を使ったけどこれは使徒という女神様直属の部下だからであり、更にその使徒から力を分け与えられる眷属には何らか厳しい条件があって、例えば金がものすごくかかるような道具とか、それ故に金を必要としている可能性もなきにしもあらず。
現代の病院だって医療施設は高いと聞いた事があるからな。それらの機材を買いそろえるにはたくさんの金が必要だ。
≪その辺りの詳しい事は知らないわよ≫
「やはり知っている人に聞かないと分からないですね」
おそらくここで詳しく知っているのはメラリィさんだ。
それと……さっき回復使ったとき微かに聞こえた声の主だ。確かメシアに壁を通り抜けられるようお祈りしたときにも聞こえたけどもしかしてあの声が女神なのかも知れない。
後日来るとか言ってたし、その時に詳しく聞いてみよう。
女神本人が直接来るなんて事あるのかは分からないけどね。
♪ ♪ ♪
しかしながらいきなり事態は急転した。
次の日の朝、アリエスさんに起こされ一階へと降りていくと、パフィルネールさん、ベイルフールさん、パトラッシュさん、そしてラッティーネさんが揃っていた。
昨日も遅くまでメシアと話しをしてまだ眠く、大きなあくびをしながら一階へ降りていったら思ってた以上に人がいてちょっと驚いた。
慌てて俺が口を押さえあくびをかみ殺そうと努力していると、爽やかな笑顔でベイルフールさんが手を上げる。
「おはようケイちゃん」
「……おはようございます。みなさん揃ってどうしたのですか?」
椅子に座るとアリエスさんが朝食を出してくれた。ただ眠いのと夕べ食べた夜食がまだ胃に残ってるようで、あまり食欲はない。
が、出されたものはきちんと食べなきゃな。
幸い朝食とは言っても薄いスープにちょっとした野菜類が入っただけのもので、今の俺でも十分食べきれるだろう。手を合わせてからスプーンを取ってスープを掬う。薄味、というよりちょっぴり塩の効いたお湯が胃にしみる。
「食べながら聞いてて。今朝方目を覚ましたパフィから昨日の件で色々と聞いてね」
アリエスさんの話しを聞くと、どうやらパフィルネールさんはメラリィさんの依頼で聖国へ調査に行った帰り、ついでに自分の故郷へと足を伸ばしたそうだ。そこはサレインの森という場所で、三十人くらいのダークエルフたちが住んでいるらしい。
しかし……彼女が故郷へとたどり着くと、そこはオークたちに占領されていた。しかも数人捕まっていたらしい。
ダークエルフは人より魔力が大きく、またエルフよりも攻撃性に優れ、特に森の中では非常に強い。三十人しかいないとはいえ、森の中ならオークの百匹や二百匹程度なら余裕で迎え討つ事ができるはずなのに、それがあっさり占領されていることに驚いたパフィルネールさん。
ただここでパフィルネールさんが金二というかなり高ランクだったことが災いし、一人で故郷を取り戻そうとする。しかし三十人のダークエルフがあっさり敗退したのだ。いくらパフィルネールさんが強いとはいえ、たった一人では無茶である。
結果酷い怪我を負い、何とかここまで帰ってくることが出来たらしい。
「そこでケイに助けて貰いたいそうよ」
「はぁ……私ですか? でも私は戦った経験がないですから、なんの助けにもなりませんよ」
俺はニードルフォックスという冒険者の銅ランクが戦うような下っ端の魔物に殺されそうになったのだ。
居ても邪魔にしかならない。むしろ開始十秒であの世へ行く自信がある。
「いや、アタシが期待しているのは今も捕まっている同胞たちの介抱をお願いしたいのだ」
なんだ、回復してくれってことか。
あ、でもオークって性欲云々っていうアレだよな。しかもパフィルネールさんの言いようだと、多分ダークエルフの女性が捕まっているのだろう。
ま、まずくないか? きっと言葉では言えないような事が……。
ただ昨日は幸い回復は出来たけど次出来るとは限らない。けど、助けられる可能性があり、尚且つ知ってしまった以上黙ったままでいるのは人としてダメだろう。
俺ってこんな奴だったっけ、という思考が一瞬脳裏を掠めるけど、そんなことは後回しだ。
「行きます! 今すぐいきましょう!」
俺は立ち上がり、扉へ向かって駆け出す。
が、アリエスさんに頭をむんずと掴まれ、軽々と持ち上げられた。
「ちょっ、痛い、痛いですっ!」
「慌てないで、まだ話は終わってないから」
そのまま軽く放り投げられ、椅子へと戻された。
若干涙目になりながらアリエスさんを見上げる。
「ちゃんと話を聞いていたのかい? ダークエルフ三十名がいとも簡単に駆逐されたのよ? こちらもある程度の戦力を整えていかなきゃ返り討ちになるわ」
「で、でも! 今こうしている間にも……」
「ケイは優しいね。でもね、下手な人数でのこのこと行っても二次被害が広がるだけよ。だから戦力を整える必要があるのよ。ギルドに掛け合って高ランクの冒険者たちを集めるしかないわ。ただね……」
途中でアリエスさんの言葉が濁る。
……あ、金か。
ダークエルフ三十人分以上の戦力を集めるには相当の金がかかるだろう。それと、それだけの数の冒険者がこの町に滞在しているのかも不明だ。
金ってどれくらいかかるんだろうか。
相場は分からないけど、命をかけるような戦闘なのだ。例えば一人十万円と仮定してみても、百人集めたらそれだけで一千万円だ。ぽんと出せるような金額ではない。
金……金……。俺の手持ちなんて銀貨数十枚だ。これじゃ話にならない。
——白い角砂糖って超がつくほど高級品なんだよ?
その時不意にメラリィさんの言葉が蘇った。
超がつくほどの高級品、しかもあの時見た角砂糖の数は二十個くらいあった。一個がどれくらいの金額なのかは分からないけど、王侯将相でないと手に入れられないような代物だ。一個で数十万円とかしても不思議じゃない。
メラリィさんならそれくらいの金は持っているかもしれない。
俺はラッティーネさんへと顔を向け頭を下げた。
「ラッティーネさん! メラリィさんに面会の申し込みをお願いします!」




