朧げな記憶
「まず、お母さん説得して、長年の恨みが有るんだから、いきなりは無理っしょ!」
「確かに……相当根深いからなー…」
「説得出来たら、早目にメール頂戴。私、こっちの仕事も溜まってるから色々調整しないと……じゃ!」
そう言って桜は颯爽と帰って行った。
久々の我が家。
インターホンを鳴らす。中から滝川さんの声がした。
「翔ちゃんお帰りなさい。直ぐ開けますね」
そう言うと、門の警備を解除する音がした。
滝川さんは、滝川真弓と言って…母さんの小説を出版する会社の人。催促に来たり、様子を見に来るうちに
、家の中の事を色々してくれる様になった。
面倒見の良いのをいい事に、母さんは殆ど家政婦扱いしている。
滝川さんも嫌がるで無く、家に入り浸っては、甲斐甲斐しく僕達の世話を焼いてくれている。
玄関の扉を開けると、中にはもう1枚の扉が行く手を塞いでいる。
ここ迄に3つの鍵がかけられているが、中で滝川さんが全て解除してくれる。
そして最後にもう1度警備を解除をして、やっと中に入れる。
すると奥から、2匹の大型犬。
グレートピレニーズのマシュマロのマシュとバーニーズマウンテンドッグのチョコが飛び出してくる。
どちらも大人しく人懐っこい、番犬になるかは疑問。
我が家の警備は異常な程厳重で、母親と中学生の僕との2人暮らしだから、仕方ないと言えば仕方ないけど…
だったらこんな山の中に住まなきゃいいのにって話しになる。
1階の窓には全部に格子が付いていて、まるで刑務所見たいだ。
我が家がこんなに用心深くなったのは、多分あの日から……
それは僕がまだ幼稚園に上る前。
記憶も朧げだが……かなりの衝撃を受けた出来事だった。
ある日、いつもの様に母さんと2人、この家で他愛も無い日常を過ごしていた。
それは朝食を食べ終わろうかという頃、突然始まった。
けたたましくインターホンが鳴り出した。
母さんがインターホンの画面を除き、暫し悩んでいる間も鳴り止まず、訪問者の悪意?と言うか、執拗さを感じた。
仕方無くインターホンに応答した母さん。
するといきなり男の怒鳴り声が響いた。
「てめー‼︎何姿くらましてんだ。俺から逃げられると思ってんのかーーっ‼︎」
こんな感じの言葉が、インターホンから雑音と共に部屋中に響いていた。
僕は、ただ恐ろしくて音を立て無い様に、じっと固まっていた気がする。
するとその男は玄関の扉を、何か硬い物で激しく殴り出した。
母さんは終始落ち着いていて、その間に警察に電話を掛けていた。
音が止んだ。諦めたのか?静かになった。
僕はほっとして、涙が出そうになった時、リビングの窓が大きな音を立てて割れた。
砕け散ったガラスの欠片が、スローモーションの様に舞うのが見えた。
次の瞬間、窓から男が顔を出した。
僕はこの時、人生初の此処一番と言う大きな悲鳴を上げた。
男は無言で窓から進入すると、僕を捉え、
「何だ?このガキは……ガキなんか産んでやがったのか……ちっ‼︎」
その目は憎々しげに僕を睨んだ。
母さんが僕の前に立ち塞がり、
「あなた誰⁈」
「俺⁈俺を知らないのか?あんたをずっと守って来たのに……あんたに群がる害虫を駆除して来たのも俺だ。その感謝も忘れて…何で俺の前から姿を消した!
お前をー、お前を1番!大切にしているのはー俺だろうがーーっ‼︎」
男は話してて、段々興奮して来たのか、最後にはもう叫んでいた。
「お前は、俺の物だ!お前に自由が有るなんて思うなーーっ‼︎」
そう言って、金属バットでそこら中を殴り出し、狂った様に破壊し出した。
激しく飛び交う破片、響き渡る破壊され行く物の悲鳴に耳を塞ぐ。
遠くでパトカーのサイレンの音が……段々と大きくなって近付いて来ているのが分かった。
僕は震えて、ただ母さんにしがみ付いていた。
サイレンの音は男の耳にも届いた。
「畜生‼︎裏切ったのか‼︎警察何か呼びやがって……」
そう言うと、割れたガラス窓から外に出て行き、山の奥の方へと走って行った。
パトカーのサイレンが庭先で止まった。
インターホンが鳴るが……気丈に見えていた母さんがへたり込み、腰を抜かしているのか?立ち上がる事が出来なかった。
割れた窓から、警察官が顔を出した。
僕はもう1度悲鳴を上げた気がする……
「ごめん、ごめん。ボク、もう大丈夫だよ。お巡りさん来たから。安心して…」
泣き叫ぶ僕に、必死で慰める若いお巡りさん。
隣で少し年配のお巡りさんが
「子供脅してどうするんだ!」
って、怒鳴る声にもビビってた気もする。
それから母さんは、警察から色々聞かれていた。
あいつは母さんのストーカーだったのだろうか…
母は犯人の男を全然知らない様で…
何処で目を付けられたのか、見当も付かなかった。
山狩りみたいな捜索も行われたが、見つからなかった。
それからは2度とその男は現れず、未だに犯人は捕まっていない。
僕はと言えば、何故か犯人の顔は思い出せない。だけど、この事件の事は、うろ覚えながらも忘れられないでいる。
あれから母さんは…家中の警備を厳重にした。
そこまでするなら、引っ越せばいいのにって思うけど…何故か引っ越す選択はしなかった。
「お疲れ様です。北海道は良かったですか?」
翔太が歩きながら、投げ散らかす荷物を、後ろから1つ1つ拾い集めながら滝川が聞いた。
見慣れたリビングのソファに座り、ほっとした。
「うん!これ」
そう言って滝川に、帰りに慌てて買ったお土産を渡した。
「あら、気を遣っていただいてありがとうございます」
そう言って嬉しそうに笑った。
滝川がこの家に来る様になって、もう10年以上になる。 あの事件の直ぐ後辺りから…
仕事に専念出来る様に、茜に変わって翔太の面倒も良く見てくれた。
どこかで携帯の着信音が鳴った。滝川が慌ててバックを開き携帯を取り出す。
相手を確認すると、微かに嬉しそうに笑みを浮かべ、翔太から離れてから電話に出た。
滝川は茜と同年代。結婚していてもいい年だが、そんな話は聞かない。
恋人の1人位いても不思議じゃないだろう…そんな事を何気に考えながら翔太はぼんやりしていた。
滝川が戻って来て、
「お母さんは仕事部屋にいますよ。心配してらしたから、早く顔見せて来てあげて下さい。夕ご飯は冷蔵庫に用意して有りますので、お腹空いたらチンして食べて下さい。わたしは、これで失礼しますね。あ、大丈夫、警備はセットして帰りますから」
を、一気に捲し立てた。
「ああ、うん」
翔太は、慌ただしく帰る滝川を見送った。
階段を上り、屋根裏部屋にある、茜の仕事部屋をノックした。
「翔ちゃん?」
扉の向こうから、聞き慣れた母親の声が聞こえて来た。
翔太は扉を開け
「ただいま…滝川さん帰ったよ」
そう言って、お土産を渡した。
「おかえり…そう!北海道はいかがでしたか?」
「うん、良かったよ」
「そっ!じゃ良かったわね」
安心した様に、又、書きかけの原稿を再会すべくパソコンに向かった。
「あのね……」
「何?」
パソコンを見つめたまま返事をする。
「お父さんに会ったよ…」
「ふ〜ん…誰の?…」
「誰って…秋田川慎太郎…さん?」
茜は反射的に振り向き…固まった。
「何処で?」
「お父さん…もう死んでた」
「会ったんじゃないの?」
「うん!でも、14年前に事故で……」
「?……何言ってんの?……」
「あの日!母さんと約束した日に、事故で……亡くなってたんだ」
「何?それ……」
「僕の同級生の来栖川さんが……」
翔太はこれ迄の事を必死に、茜に説明した。
「ふ〜ん。面白そうね…小説のネタになりそう。いいわ!会ってやろうじゃないの。14年分の恨み辛みもぶち撒けてやるわ」
「母さん……」




