届かなかった報告
一週間後。
何故か翔太は、桜と旭川空港へ降り立った。
「やっぱりハイシーズンだけあって、観光客で一杯ね〜」
「良くチケット取れたね。どんな手使ったの?」
翔太は恨みがましそうに、桜を睨んだ。
「翔太!バス出ちゃうわよ。急いで‼︎」
「とうとう呼び捨てかよ!くそっ‼︎」
翔太はキャリーバックを転がし、桜の後を追いかけた
「お母さんには何て言って来たの?」
「友達の、来栖川ゴン太君のおばあちゃんの家に遊びに行くって……」
「ゴン太?」
「女の子と行くなんて言える訳無いだろう」
「ふーん。それでOKだったの?」
「基本、放任主義だから…家の親」
駅に着き、二人はタクシーに乗り換えた。
怪訝そうにルームミラーで、二人を伺うタクシー運転手。
『だよねー……絶対不審がられて当然だ……』
翔太は緊張で落ち着かない。
「何処まで?」
ぶっきら棒に聞いて来る運転手
「花の丘ガーデンホテル迄」
桜は、運転手に行き先を告げると
「翔太!お姉ちゃんの帽子取って」
『えっ!えーー姉ちゃんって、いつの間にそんな設定⁈しかも、何で僕の方が弟⁈』
小柄で華奢な翔太に比べ、桜は身長165㎝。
端から見ればどう見ても、桜の方が上に見えるのは仕方無い。
「兄弟で旅行?」
「あぁいえ……親は夜迄仕事なんです。空港から直接仕事場に行ってしまったんで…」
「そっか、学生さん?今、夏休みだよね」
「はい、そうなんです。夏休みなんで付いて来たんです…荷物置いたら二人で観光して来ようかなって、今花畑がシーズンで綺麗だって聞いて…ね、翔太!」
突然振られ、翔太は苦笑いで頷くしか無かった。
良く後から後からペラペラと……何を取っても翔太には、悪〜い女の人の匂いがして仕方が無い。
「今時の親は仕事仕事で忙しいからね。
花畑なら、今から行くホテルもフラワガーデンが売りでね。今が一番良い時期だよ」
「わー楽しみ」
手を叩いて喜ぶ桜…演技?って言うより、マジに観光気分なのか?
翔太にはもう良く分からなくなっていた。
「まず、知り合いに聞いた花畑ふぁーむ柴田に行ってみたいの……荷物置いたら、すぐ出掛けたいんで待っててもらえます?」
「はいよ!」
ホテルのエントランス前で停止するタクシー。
「じゃ!」
と言って桜はホテルボーイに荷物を預け、付いて行く。翔太はその後を付いて行く。
タクシーの運転手はタクシーを降り、フロントへ向かった。
「今の二人、保護者とかいるの?」
「はい?……えーお母様と三人でご予約受け賜わっておりますが…どうかしました?」
「あっ、あぁ。そっか…あー何でも無い。どうも」
運転手はほっとして、急いでタクシーに戻った。
ホテルボーイに部屋を案内された翔太は愕然とした。
「何?これ……」
ホテルの最上階。そこにはこの部屋しか存在しない。何十畳と言うのか?部屋の扉を開けると、大きなリビングには高級ソファが並び、その奥にはいくつもの扉があった。
足が竦みそうな、大きな窓ガラス。
こんなのテレビか、雑誌でしか見た事が無い。本当に有るんだと、翔太はただ呆然としてるしかなかった。
荷物をクローゼットにしまい、
「ごゆっくり」
と言って、ホテルボーイは出て行った。
「何?何?何なんでしょうーーっ!」
翔太は軽くパニックになって、上ずった声で聞いた。
「仕方無いでしょ。このハイシーズンここしか空いてなかったのよ」
「いやいや!一泊いくらですか?」
「気にしないで、百万位かな〜」
「ヒェ〜」
翔太は気を失い掛けた。
「冗談。ここのオーナーは家のお得意様なの。生粋の坊々で、経営の何たるかも分からずに、先代の急死で後を継いだの。だから、経営に行き詰ると、先代に相談しに来るのよ。勿論遺骨を持ってね。
その伝で部屋を貸してもらえたの……タダでね!根回しもバッチリよ」
相変わらず満面の笑みに、顔の横でVサインは忘れない。
何かガラガラの花瓶、不思議な形の電気スタンド、ガラスで出来た…何だろう?兎に角、何もかも……触っちゃいけない気がする。本能がそう伝えている。
翔太は全然寛げない。
「花畑ふぁーむ柴田迄。お願いします」
「あいよ!」
何故かさっきより、心なしか機嫌良くタクシーは滑りだした。
それは一面に広がった、目の覚めるような色取り取りの花の群。
微かな風にも、惜しみ無く香りを撒き散らせる。
思わず、絵の世界に入り込んだ様な気持ちになる。
「綺麗‼︎」
2人は暫し見惚れた。
「綺麗だろう。ま、ゆっくり見て来な。俺はここで待ってるから」
2人タクシーを降り、斜面を登って花畑へ向かった。
花畑に入ってすぐ、苗の手入れをする女性と遭遇した。
「あのー…秋田川志穂子さんって方、こちらにいらっしゃいますか?」
「えー秋田川志穂子?ああ、志穂さんの事?志穂さんなら……ああ、あそこあの人、髪を束ねてる。紫の花が咲いてる辺りにいる人よ」
その女性は立ち上がり、その方向を指して教えてくれた。
「ああ、ありがとうございました」
2人は更に上へと登った。
ラベンダーの花が咲く辺りに、60代位の女性が邪魔な草を取り除く作業をしていた。
「お仕事中すみません。秋田川志穂子さんでいらっしゃいますか?」
手を止め、こちらを振り返った。
「はい?」
その女性は、ガンコツ先生より20年長く生きている訳で、その分やっぱりガンコツ先生より少し年上に見えた。
決して老け込んでいる訳では無く、上手に年を取っていて…綺麗な人って感じ。
その女性は2人……いや、翔太を見つめると、暫く動く事を忘れている様だった。
『えっ?何っ??』
翔太は自分を見たまま固まっている女性に戸惑った。
「あっ!ごめんなさい。知り合いに似てた物だから……」
その女性、志穂子は慌てて目を逸らした。
「どう言うご用件かしら?」
「私、来栖川桜と言います」
そう言うと、チラッと翔太を見て促した。
「あ、藤城翔太です」
2人は、軽くお辞儀をした。
「あのー秋田川先生の事で……」
「先生?あー主人ですけど、亡くなって随分経つけど…もう20年も昔よ?あなたたちはまだ産まれて無いと思うけど……どう言う事?」
『そうだよ。何て切り出せば良いんだ?』
「あ、いえ。親が、秋田川先生の息子さんにお世話になったとかで……」
「息子?……慎太郎……」
「ああ、はい!慎太郎さんです」
『おーい!大丈夫か適当な事言って、ヤバイんじゃないの』
「慎太郎さんも今、こちらですか?」
志穂子は、悲しそうに微笑んで
「慎太郎は……14年前に事故で亡くなってるの」
翔太はズキッ‼︎と心臓の痛みを感じた。
「そうなんですか?すみません知らなくて……」
「いいのよ。あの子を知ってる人がいるなんて……嬉しいわ。あなたのお父さん?もしかしたらお母さん?とお友達だったのかしら」
「この子のお母さんと、知り合いだったそうなんです」
桜はそう言って翔太を指した。
『えっ!また、こっちに振る気⁈』
すると志穂子はまた、翔太を染み染み見つめた。
「ちょっと待っててくれる?これ片付けちゃうわね。あっちでお茶でもしましょう」
志穂子は売店裏にある、事務所に2人を招き入れた。
売店からジュースを3つ抱えて来て
「苺と葡萄とメロンどれが良い?」
と、無邪気に聞いた。
桜は苺、翔太はメロンを貰った。
志穂子はテーブルを挟んで、2人の向いに座り一期に葡萄ジュースを飲むと『ふーっ!』と、息をついた。
「20年前。学校で、ちょっとした事故があってね。教師だった主人が亡くなったの」
『事故?』2人は黙って聞いた。
「向こうでは、頼る人もいなくて、こっちに引き払って来たんだけど…慎太郎は受験も有るし、友達もいるしで、残りたがったから……そのままあっちで大学出て就職したの。その頃かしら、お母さんと知り合ったのは?」
「そ、そうかな?」
翔太は志穂子の顔が見れず、俯いたまま首を傾げた。
「少しした頃に、慎太郎から話しが有るから帰るよって連絡があってね。『大切な話だから電話じゃ無くて直接話たい』って……それが……」
辛い事を思い出してしまったのだろう、志穂子の目頭が潤んだ。
「あの子は飛行機が苦手で、自分で運転して帰るからって…その途中の事故だったの…それっきりになってしまって、あの子が最後に、何を報告したかったのか、結局未だ分からず終いになって…」
悲しい夫婦だなぁ……翔太は胸が詰まった。
「どんな事でも、あの子に関する情報が欲しくて、必死にあの子の周りを探しては見たんだけど……何も掴め無くて」
『とてもじゃ無いけど…ご主人が幽霊になってるから会いに来てあげて……なんて言えやしない』
「お名前、何でしたっけ?」
志穂子は、翔太を見て尋ねた。
「えっ、藤城翔太です」
「翔太君。あなたを見てると、慎太郎の同じ位の頃を思い出すわ。気のせいかしら、どことなく似てる気がするの」
「はー……」
翔太は少し照れ臭かった。
「今でも思うのよ。あの時もしかしたら、結婚したい人が出来た!なんて報告だったんじゃないかな?とか……万が一、子供が出来た何て報告だったら、あなた位かな〜って……ごめんなさい。勝手に想像してしまって……」
そう言うと、志穂子の目から涙が一粒こぼれた。
慌てて横を向き、エプロンで拭いた。
振り向いた時は、笑顔になっていて
「また、来てくれる?遠いけど…そうね〜今度は新婚旅行かな?……あぁ今時は海外か…」
2人は声を揃えて
「また、来ます!」
タクシーに戻った2人は、無言のままだった。
「随分熱心に見てたね。遅くなったけど…観光はもう良いのかい?」
「あぁ、ホテル行って下さい」
力無く桜が答えた。
「元気ないね。何かあったの?」
運転手が心配そうに尋ねるが、誰も答えた無かった。
豪華な部屋に戻り、高級なソファにぐったり身を委ねながら、
「私も流石に言えなかったわ…
志穂子さん、翔太に釘付けだったね。
ずっと、もしかしたら慎太郎さんに子供がいたら、いつかその孫に会えたらって考えてたんだね。
翔太を見た時、会いに来てくれたって…思ったのかもしれない」
「君が母さんの知り合いだなんて言うから、余計勘違いさせてしまったかもしれないじゃないか!気の毒だよ」
「ごめん…」
珍しく、素直な桜に面食らいながらも
「僕に謝られても……」
志穂子に対しての後ろめたさを、拭えずにいた。




