もう現代ファンタジーだよな、これは
翌朝。
死ぬほど眠かった。
いや、正確には眠気そのものはそこまで重くない。
たぶん【不眠順応】のせいだ。
でも、だからといって昨日の夜の疲れとか、家の空気の重さまで消えるわけじゃない。
深夜一時過ぎに帰宅して、そこから家族にめちゃくちゃ絞られた。
「何時だと思ってんの?」
「一度くらいは連絡をしなさい」
「覚醒者だからといって、危険を冒していいわけではないぞ」
「え、バカ? 兄貴ってバカなの? 知ってたけど」
全部正論だった。
反論の余地がないやつばかりだったので、こっちはただひたすら「はい」と「すみません」を繰り返すしかなかった。
もちろん、俺が覚醒者だということも家族に全部バレてる。
まぁ、あの状況で隠し通せるわけもないんだけど。
「……はぁ」
制服に着替えながら、思わずため息が出る。
しかも世の中こんなことになってんのに、普通に学校はあるらしい。
高校生にとっての月曜は、どうやら世界が変わっても月曜のままだ。
で、朝起きてまず最初に見たのはニュースだった。
画面の向こうでは相変わらずゲートとダンジョン、覚醒者の話でもちきりだった。
『各地のダンジョンゲート周辺では、警察および自衛隊による警備体制が強化されており、現在は原則立入禁止となっています』
『住民の皆さまは、決して近づかないようにしてください』
「うわ、もうそこまで行ったか」
思わずそう呟く。
ダンジョン全域に警察や自衛隊が張り付く。
一旦、侵入禁止。
まぁ、遅かれ早かれそうなるとは思っていた。
でも、思ったより早かったな。
日本なら、決定するまでにもうちょいダラダラすると思ってたんだが。
とはいえ。
「……まぁ、先に入っててよかった」
そこに関しては、本当にそれだった。
もし今日の朝まで何も動いてなかったら、実績達成でスキルを得られることすら気づけなかった。
そうなったらかなり痛い。
いや、かなりどころじゃないな。
普通に泣く。
「兄貴、残念だったね〜」
背後から、妙に楽しそうな声が飛んできた。
振り向くと、凛がニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「なにが」
「ダンジョン、もう入れないんでしょ?」
「まぁ、一旦はな」
「せっかくハマりかけてたのに、可哀想〜」
「言い方に棘があるな」
「昨日、家族を地獄みたいな気分にした人には言われたくないですぅ」
ぐうの音も出ない。
昨日の説教を思い出して、ちょっと胃が痛くなった。
いや、ちょっとじゃないな。
結構痛い。
母さんも父さんも本気で怒っていたし、凛も途中から普通に泣きそうな顔してたからな。
そりゃ悪かったとは思ってる。
思ってるけど。
「まぁ昨日のうちに入れてよかったわ」
「うわ、全然反省してない顔」
「してるしてる」
「してない人の言い方なんだよなぁ」
朝から妹に正論を叩き込まれるの、地味にくるな。
でもまぁ昨日の今日だし、今日のところは好き放題言わせておこう。
俺は朝飯をかき込みながら、もう一度ニュースを見た。
ゲートの侵入規制。
警察。
自衛隊。
住民インタビュー。
有識者コメント。
どこもかしこも、まだ手探りって感じだった。
そりゃそうだ。
いきなり世界にダンジョンが出来たのだ。
冷静に考えなくても意味が分からない。
それでも学校はあるらしい。
ほんと、意味分かんないよなぁ。
家を出てからの通学中、同じ方向へ歩く学生がチラホラ目に入る。
なんとなく、どこか落ち着かない様子に見えた。
それは俺が覚醒者になったからそう見えるのか、
あるいはこの非現実感に、わずかながらも心を弾ませているのか。
その辺はよく分からなかった。
まぁでも、テンションくらいおかしくなるよな。
覚醒者、レベル、ダンジョン、スキル。
もう完全にファンタジーがすぎる。
いや、もう現代ファンタジーだよなこれは。
通学中にこんなことを頭に張り巡らせるあたり、俺だってテンションが狂っている。
「蓮くん!」
後ろから呼ばれて振り返る。
小走りでこっちに来たのは、牧野宗介だった。
相変わらず少し猫背で、なんというか、気の弱さがそのまま制服を着て歩いてるみたいなやつである。
「おはよう」
「お、おはよう……」
宗介は俺の隣に並ぶと、少しだけ周囲を見回してから声を潜めた。
「なんかすごいことになってるね……」
「まぁな」
「覚醒者だなんだって、昨日からずっとニュースでやってるし……」
「やってるな」
「蓮くんはどうだった?」
「え、俺?」
「その、覚醒とか……」
聞きづらそうな雰囲気を出しているが、普通に直球である。
「まぁ、してたな」
「えぇ……っ!?」
宗介の声がちょっと裏返る。
「いや、自分から聞いたんだろ」
「ま、まぁそうなんだけど……」
「で、宗介はどうだったんだよ」
この辺は社交辞令みたいなもんだ。
聞かれたからには聞き返さないわけにはいかない。
「じ、実は僕もなんだ」
「おぉ、まじか」
なんとなく聞いたはいいものの、実際親しい人間がそうだと驚くもんだな。
そこで宗介は声をさらに潜めた。
「これからどうなるんだろ。僕たち、実験されたり解剖されたりしないよね」
そんなこと思いもしなかったけど、言われてみると少しくらいはありそうな気もする。
いや、でも解剖は怖すぎるだろ。
「それはさすがに嫌だな……」
「でしょ?」
分かりやすく肩を落とす宗介。
「でも、気にしても仕方ないよね」
と言いつつ、俺たちの話題は学校へと変わった。
「そういえば二組の壬生さん。もうレベル10以上あるって噂らしいよ。しかも属性持ちなんだって」
「壬生彩葉か」
他クラスの生徒だが、俺も名前くらいは知っていた。
容姿端麗。
成績優秀。
運動もできる。
いわゆる完璧超人ってやつだ。
そのくせ、笑ったところを見たやつがほとんどいない。
当然関わりのない俺も見たことがない。
だから陰では冷徹姫なんて呼ばれたりもしている。
「でもレベル10って、どんだけ強いんだよ」
思わずそう漏れる。
俺だって丸二日近く潜って、ようやく6だぞ。
まぁ、実績取りに夢中だったから仕方ないけど。
「壬生さんのお父さんって、有名な政治家さんでしょ? その関係で、土日はずっとダンジョンに潜ってたとか」
「……お前、よくそんなの知ってるな」
「え、いや、その……色々、ね」
そう言って宗介は少しだけ困ったように笑った。
相変わらずさすがの情報網だな。
学校の噂も、SNSも、掲示板も、なんかいつも把握してるし。
それからなんだかんだ、校舎に入って二階の廊下までやってきた。
「じゃ、じゃあまたね、蓮くん」
「おう、また」
宗介は一組の教室へ入っていく。
そう言って別れたあと、俺は三組の教室へ向かった。
学校は、一見いつも通りだった。
校舎があって、グラウンドがあって、生徒がいて。
でもみんな、今日は妙にざわついている。
「お前、覚醒したってマジ?」
「レベルいくつ?」
「属性持ちってほんと?」
「あーいいな、俺も覚醒者になりてぇー」
そんな声が聞こえてくる。
やっぱり先週までの学校とは、全然違うな。
そう思いながら、俺は自分の教室に入る。
ここもだ。
入った瞬間、空気が明らかに違う。
なんというか、重い空気。
テスト前の教室に近いような、そんな張り詰めた感じ。
そしてその空気の中心に、ある人物がいた。
坂上雄大。
クラスのリーダー的存在。
中心人物というべきか。
どの学校にもあるスクールカーストで明らかに上位の人物。
もっと端的に言うとすれば、剛○武……つまりジャイ○ンである。
声が大きい。
態度も大きい。
自信もある。
普段から目立つ側の人間だ。
でも、今日の坂上はいつも以上だった。
椅子にふんぞり返る座り方。
やたら大きい声。
妙に勝ち誇った顔。
周りにいる取り巻きまで、どこか浮かれている。
いつもはそこまでひどくなかったはずだ。
「いや、だからさ。マジで見えるんだって。ステータスとか、レベルとか」
坂上が偉そうにそう言うたび、周囲の視線がそっちへ集まる。
「土日にダンジョン潜ってたら、もうレベルも8まで上がっちまったわ」
そう言って坂上は豪快に笑う。
小さなざわめきも聞こえた。
なるほどな。
クラス内で元々権力を持っていた男が覚醒したとなれば、当然あぁなるか。
むしろ納得だ。
ありゃ一番覚醒しちゃダメなやつのパターンだな。
「よりにもよって、一番してほしくないやつに……」
なんてひそひそ声も聞こえてきた。
「あぁ?」
一言で、教室の空気が止まる。
「なんか言ったか?」
俺にも聞こえるほどのひそひそ声だ。
当然剛田……じゃなくて坂上にも聞こえていたわけで。
「え、いや、なんでも、ないです」
坂上はそのまま立ち上がり、教室の真ん中を当然みたいな顔で歩いていく。
向かった先は、さっき小声が聞こえた先。
「……え、な、なに?」
坂上はその机の横で立ち止まると、にっと笑った。
その笑い方がもう嫌だった。
明るいんじゃない。
楽しそうでもない。
ただ、相手をビビらせるために笑ってる感じのやつだ。
「今さぁ、なんか言ってたよね?」
「い、いや……」
坂上はそこで少しだけ腰を折って、相手の顔を覗き込んだ。
「放課後、ちょ〜っとだけツラ貸してね?」
「え、いや、放課後はちょっと……」
「ほんとちょっとだってば」
坂上は笑ったまま言う。
「すぐ終わるって」
全然すぐ終わる感じがしない。
言われた方はもう、顔が引きつっていた。
「で、でも今日は用事が……」
バンッ――
坂上は机を平手で強く叩く。
「……分かったな?」
教室の空気も一気に冷える。
誰も何も言わない。
言えるわけがない。
俺も黙ってそれを見ていた。
どうすんだよ、この空気。
コイツはあれだな。
覚醒者になってさらに悪化したタイプだ。
元から偉そうなやつが力まで持ったら、そりゃこうなる。
あぁ、もうさっそく家に帰りたい。
それであわよくば、そのままダンジョンに入って少しだけ実績を――
って侵入禁止なんだけどね?
そう思ったところで、教室の前の扉が開いた。
「はいはい席つけよー。朝からうるさいぞー」
入ってきた担任の声で、空気が一度だけ動く。
「はーい」
坂上は気前よく返事し、何事もなかったみたいな顔で自分の席に戻った。
俺もさっそく席につく。
「はぁ……」
先週よりもさらに過ごしにくくなった教室の空気に、俺は無意識に深く息を吐いた。
こりゃ、当分めんどくさそうだな。




