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世界にゲートが現れた


 十七時間ぶっ通しでゲームをしたあとに寝ると、人はかなり深く眠れるらしい。


 少なくとも俺はそうだった。


 ベッドから目を覚ました時、まず最初に思ったのは喉が渇いた、腹減った、頭が重いの三点だ。


 寝起きとしてはまぁいつも通りである。


 高校生男子の休日なんて、だいたいこんなもんだろう。


 ただ一つだけ、いつも通りじゃないものがあった。


 視界の端に、半透明の板みたいなものが浮いていたのだ。


「……なんだこれ」


 寝ぼけた目を擦る。


 消えない。


 もう一回擦る。


 やっぱり消えない。


 透明なウィンドウっぽい何か。


 文字が並んでる。


 名前らしきものと、数字らしきものと、変な枠。


 ゲームのUIみたいだ。


「終わったかもしれん」


 思わずそう呟いた。


 飛蚊症かもしれない。


 疲れ目かもしれない。


 十七時間ゲームしたせいで、ついに脳が変な領域まで行った可能性もある。


 ゲーム脳ってやつか。


 昔よく言われたな。


 ゲームをしすぎたら頭がおかしくなるよって。


 ふとベッド脇のスマホを拾って時刻を見る。


 昼の十二時四十分。


「うわ」


 寝すぎた。


 しかも通知がえらいことになっていた。


 家族グループ、クラスのグループ、SNS、ニュース速報、よく分からない緊急通知っぽいやつまで重なって、ロック画面が縦に長い。


 ちょっとしたホラーである。


 その瞬間、部屋の外から妹の声が飛んできた。


「兄貴! 起きた!? やっと!?」


「起きたけど……」


「昨日から世界やばいんだけど!」


「その説明、頭悪すぎない?」


「いいから早く下りてきて!」


 やばい、という単語だけで世界の変化を説明しようとするあたり、凛は今日も凛だった。


 雑である。


 雑だが、声の感じがわりと本気なので少し気になる。


 ベッドから出てカーテンを開ける。


 外はやけに明るかった。


 春っぽい、少し乾いた昼の光。


 住宅街の景色はいつも通りに見える。


 でも、いつも通りじゃないものがあった。


 遠く、公園の方角だろうか。


 空中に黒い球体が浮いている。


 大きさはよく分からない。


 離れているからだ。


 ただ、見間違いでは済ませにくい存在感がある。


 黒い。


 静かに黒い。


 妙に目を引く。


「……なんだあれ」


 視界の端の変なウィンドウも気になる。


 外の黒い球体も気になる。


 寝起きで受け止めるにはだいぶ情報量が多い。


「兄貴ー!」


「分かったって!」


 半分寝ぼけたまま階段を下りる。


 居間からはニュース番組の声が聞こえていた。


 落ち着いてる風を装ってるが、内容が落ち着いてない時の声だ。


 居間に入ると、父さんも母さんも凛もテレビの前に揃っていた。


 三人とも微妙に顔が硬い。


 休日の昼の家族の空気ではない。


「蓮、昨日どこにいた?」


 父さんが開口一番そう言った。


「部屋だけど」


「ずっとか?」


「ずっと」


「何してた?」


「ゲーム」


 そこで一瞬、空気が止まった。


 責められてるのは分かる。


 ただ、事実だから仕方ない。


 ここで見栄を張っても意味がないし、俺は昨日、間違いなく部屋でゲームをしていた。


 世界がどうなっていたかを知らずに。


 凛が呆れたように肩をすくめる。


「兄貴、すごいよ。マジで世界ひっくり返ってる時にゲームして寝てたんだから」


「その言い方だと、俺だけ能天気バカヤロウみたいじゃん」


「ほぼそうでしょ」


 否定できないのがつらい。


 テレビには日本地図と、各地に打たれた大量のマークが映っていた。


 県に一つとかいう可愛い数じゃない。


『昨夜未明より全国各地で確認されている黒色球体について、政府は現在も調査を続けています』


『通称ゲートと呼ばれるこの現象は、今朝の時点で国内数千ヶ所以上に出現しており――』


 映像が切り替わる。


 住宅街。


 駅前。


 河川敷。


 ショッピングモールの駐車場。


 いろんな場所に、あの黒い球体が浮いている。


 さっき窓から見えたものと同じだ。


 続いて、さらに意味の分からない情報が流れた。


『また、一部の人類が特殊能力に覚醒したとの報告も相次いでいます。視界にゲーム画面のような表示が見える、自分のレベルや属性が確認できる、といった証言が世界中で確認されており――』


「……え」


 テレビの中の男が、興奮した様子でスマホを振っている。


『本当に見えるんですよ! 名前の横に覚醒者って!』


 別の女の人は、少し青ざめた顔で言う。


『火属性って出てて……意味が分からなくて……』


 さらに画面下のテロップには、覚醒者、レベル、属性、ダンジョン内部、モンスター確認、などの単語が並んでいた。


 そこで俺は、視界に映っていた半透明のウィンドウを凝視した。


「……これ、マジモンだったの?」


 声に出ていた。


 凛が即答する。


「だから朝からそう言ってるじゃん」


 俺はほとんど反射的に居間を出て、自分の部屋へと戻った。


 心臓が少し速い。


 ニュースで聞いた単語と、自分の視界に出ていた変なウィンドウが、さっき繋がった。


 椅子に座る。


 視界の端を意識すると、やっぱりそれはそこに出てきた。


 半透明のウィンドウ。


 名前らしき表示。


 数字。


 いくつかの欄。


「……マジかよ」


 今度は飛蚊症扱いする気にもなれなかった。


 恐る恐る、ウィンドウに目を通していく。


 氷室蓮。


 覚醒者。


 レベル1。


 下に、ステータス。


 スキル。


 アイテム。


 そういう項目が見える。


「うわ、ほんとにゲームじゃん」


 小さく呟きながら見ていく。


 スキル欄は空。


 アイテム欄も空。


 そこまではまぁ想像通りだ。


 想像通りって言うのも変な話なんだけど、他に表現がない。


 その下に見慣れない項目があった。


【実績】


「……実績?」


 なんだそれ?


 レベルや属性があるのは分かる。


 強さの指標だろうし、分かりやすい。


 だけど実績って何だ。


 ゲームでも好きな要素ではあるが、現実に実装されるとだいぶ怖い。


 開く。


 そこで、少し固まった。


 並んでいた条件が、思っていたよりもずっとひどかったからだ。


 普通に戦ってたら絶対取れない。


 偶然でもまず無理。


 そもそも発想が意味不明。


 それがずらっと並んでいた。


【D:同一モンスターを非利き手だけで連続100回殴る】


【C:ダンジョン内でスクワット1万回を達成する】


【C:同一モンスターと12時間以上、互いに死なずに行動を共にする】


「……何考えてんだこれ」


 ひどい。


 ひどいが、妙に気になる。


 まともな人間なら無視する。


 でも、こういうのを見せられると、逆に燃えるやつもいる。


 たぶん俺みたいなやつだ。


 俺は少し身を乗り出して、実績欄をスクロールした。


 意味が分からない。


 意味が分からない。


 意味が分からない。


 でも、妙に面白そう。


「……やばっ!」


 思わず声が出た。


 属性とかレベルとか、そういう分かりやすいのももちろん大事だと思う。


 SNSでもみんなそこを見てる。


 火属性だ、雷属性だ、レベル上がった、ダンジョン行った。


 楽しそうに騒いでるやつも多い。


 でも、俺の目は完全にこっちに心を持っていかれていた。


 実績。


 狙わないと取れない。


 普通のやつは取ろうともしない。


 そういうの、めちゃくちゃ好きなんだよな。


 俺はスマホを開いて、改めてSNSを見た。


 さっきは雑に眺めただけだったが、今度はちゃんとした目的がある。


 ダンジョンに入ったやつがどうなったのか、そこを確認したい。


 投稿は思っていたより多かった。


 怖かったというやつ。


 中にモンスターがいたというやつ。


 すぐ逃げ帰ったというやつ。


 怪我したというやつ。


 そして、ちゃんと帰ってきたやつも普通にいる。


 もちろん全部が本当かは分からない。


 承認欲求で盛ってるやつもいるだろう。


 ただ、少なくとも「入ったら即死」みたいな感じではないらしい。


「……まぁ、大丈夫だろ」


 根拠としてはだいぶ雑だが、ゼロではない。


 行って帰ってきた報告がこれだけあるなら、完全初見の即死ゲーではなさそうだ。


 そのたぶんを信じて、俺は立ち上がった。


 リュックを引っ張り出して、水、カロリーメイト、モバイルバッテリー、タオルを放り込む。


 懐中電灯も入れる。


 ついでに、部屋の隅に立てかけてあった金属バットを手に取った。


 昔、親父とキャッチボールならぬバッティング練習をした時のやつだ。


 今はほぼ置物だが、素手よりは百倍マシだろう。


「さすがに、丸腰はな」


 鏡に映った自分を見る。


 制服でもない。


 ただの部屋着にリュックと金属バット。


 かなり怪しい。


 夜道で見たくないタイプだ。


 でも、今はそこを気にしてる場合じゃない。


 玄関から外に出ようとした時、リビングから凛が顔を出す。


「兄貴、どこ行くの?」


「ちょっと散歩」


 凛の視線が、俺の手元の金属バットに落ちる。


「……バット持って散歩とか草」


「失礼だな」


「どこの野球少年だよ」


「備えあれば憂いなしって言うだろ」


「その憂い、だいぶ物騒だけど」


 まぁそこは否定しない。


 実際、素手で行くよりはマシだろうし。


 凛は呆れた顔のまま、玄関で靴を履く俺を見ている。


「ほんとに行くんだ」


「まぁ、磯○も待ってるだろうし」


「リアル○島気取るな」


 鋭いツッコミを食らった。


 分かるやつには分かるネタが通じるところ、さすが我が妹といったところだ。


「……でもまぁ、気をつけなよ」


「おう」


 その一言を背に、俺は外へ出た。


 晴れた土曜の昼下がりだった。


 さっき公園に出来ていた黒い球体。


 昨日まで絶対になかったものだ。


 世界中の覚醒者が、まだそれをどう扱うべきか話し合っている最中の異物。


 普通なら、レベルを上げに行くとか、強くなりに行くとか、そういう言い方をするんだと思う。


 でも今の俺は、そっちじゃなかった。


 実績だ。


 あの意味の分からない条件を、狙って取りに行く。


 普通のやつが見たら、何それ?で終わるようなやつを。


 そんなの絶対に意味あるだろ、と本気で思えるのはたぶん俺が廃ゲーマーだからだ。


 怖さがないわけじゃない。


 危なくないわけでもない。


 でもそれ以上に、今はちょっとワクワクしていた。


「……よし、最初はどの実績にするかだな」


 そんなことを考えながら、俺は意気揚々とダンジョンの方へ歩き出した。

本作はカクヨムで週間総合2位、現ファン月間1位になった作品です。

こちらでも多くの方の目に留まればという想いで投稿させていただきます!


面白い!

斬新な設定だな!?!?

この先も期待してるよという方、


ブックマークと評価頂けますと、作者甲賀流、跳んで喜びますゆえ\\\\ ꐕ ꐕ ꐕ ////

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