第33章 首位の勉強法
十二位は、十二人しかいない場所では、最下位と同じだった。
知花颯真は、県内統一模試の封筒を机の中央へ置いた。
開封口へ定規を当てる。紙を破らない。机の上には余分な物がなかった。五教科のファイル、黒と赤のペン、卓上時計。教材の角はそろい、椅子は机と平行だった。
国語、四十九点。
数学、五十五点。
英語、五十二点。
理科、四十四点。
社会、四十七点。
合計、二百四十七点。
偏差値六十七。
県内十二位。
数字は悪くない。
だからこそ、悪いところだけが目についた。
颯真は総合成績表を脇へ置き、単元別分析を開いた。
数学、初見融合問題、二点/二十点。
理科、実験考察、四点/十五点。
国語、複数資料統合、五点/十二点。
知識問題と標準問題には丸が並んでいる。見たことのある形式なら、速く、正確に処理できた。だが単元名が書かれていない問題、複数の知識から方法を選ぶ問題になると、鉛筆が止まっていた。
颯真は分析票を横半分に折った。
折った部分へ、塾内模試の順位表を重ねる。
一位 知花颯真。
それで、紙の上は正しくなった。
「帰ったぞ」
玄関から父の声がした。
颯真は県内統一模試の封筒を、英語長文のファイルへ滑り込ませた。
*
颯真の勉強法は、間違っていなかった。
小学生の頃、算数のテストで八十点を取ったことがある。父は怒鳴らなかった。間違えた四問を切り取り、似た問題を三種類ずつ作った。
「才能は信用するな。再現できる方法を信用しろ」
それが父の口癖だった。
一日目は解説を見ながら。
二日目は穴埋め。
三日目は何も見ずに。
四日目は時間を縮めて。
颯真は次のテストで百点を取った。
中学へ入ると、父の分類はさらに細かくなった。方程式、関数、図形。時制、助動詞、比較。地理、歴史、公民。試験範囲が発表される前から、出題される型を予測した。
「出ない問題を考える時間で、出る問題を三周しろ」
父の予測は、よく当たった。
定期テストでは学年上位。塾内模試では首位。県立型模試でも高得点を外さない。颯真は、同じ問題を繰り返すことを嫌がらなかった。解答時間が一分縮まるたび、自分が強くなったと分かった。
努力は裏切らなかった。
正確には、父が選んだ努力は、父が予測した試験で裏切らなかった。
颯真は、何を勉強するか考える必要がなかった。
考えないことを、効率と呼んでいた。
*
父は夕食後、食卓にノートパソコンを置いた。
「県内統一模試は?」
颯真は総合成績表だけを差し出した。
父は二百四十七点にも、偏差値六十七にも反応しなかった。赤いペンを取り、失点数を書いた。
五十三。
「国語十八、数学九、英語十四、理科二十六、社会二十一」
「うん」
「数学はあと五点取れた。英語も語彙で落としている。理社は演習不足だな」
父の分析は速かった。颯真が何時間見ても気づかない規則を、数分で見つけることがある。その能力が、自分を首位にした。颯真はそれを知っていた。
「でも、今回の問題、いつもの形式と違って」
「だから類題を増やす」
父は画面を回した。注文済みの問題集が三冊並んでいた。
「最難関校は、奇問で合否を決めるわけじゃない。標準問題を速く終わらせ、考える時間を残す。お前が今まで勝ってきた方法だ」
正しい。
反論するなら、正しさより強い証拠が必要だった。
「単元別の分析は?」
父が聞いた。
「総合票だけだった」
嘘は短く言う方が安全だと、颯真は初めて知った。
父は疑わなかった。
「今月は演習量を二割増やす。平日の数学を四十五分から六十分。週末に融合問題を入れる。教材は私が選ぶ」
颯真は頷いた。
選ばなくてよい安堵と、選べない息苦しさは、よく似ていた。
*
翌日の塾で、黒瀬が三枚の問題を配った。
表紙に単元名はなかった。
「制限時間は二十分です。正答数だけでなく、どの知識を選んだかも見ます」
一枚目は、バスの時刻表と料金表、移動距離を組み合わせた数学。二枚目は、英文の実験手順を読み、理科のグラフを選ぶ問題。三枚目は、二つの文章と統計資料から筆者の主張をまとめる国語だった。
颯真は一枚目を見た。
速さ。一次関数。割合。
どのファイルにも似た問題はある。だが、どれを最初に使えばよいかが書かれていない。
速さの式を書いた。消した。
一次関数の表を作った。条件が余った。
料金の差を先に出した。設問二にはつながらない。
隣では、新垣蓮が時刻表へ線を引いていた。
蓮の手も止まっている。だが、止まり方が違った。式を一つ書いて正解を待つのではなく、図を描き、使えない線を消し、別の条件を囲んでいる。
二十分後、颯真は全問を埋めた。
蓮には空欄が二つあった。
採点結果は、颯真が十七点、蓮が十四点。
勝った。
それでも黒瀬は、颯真の答案の中央を指した。
「この三問は、同じ誤りです」
「計算ですか」
「いいえ。最初に選んだ方法を、条件に合わないと分かった後も使い続けている」
黒瀬は蓮の答案も置いた。
「新垣君は正答まで届いていません。ただし、三つの方法を試し、二つを捨てた。知花君は知識がないのではない。方法を選び直す訓練が不足しています」
十七点と十四点の差が、急に細くなった。
「類題を増やします」
颯真は言った。
「どの類題を?」
「融合問題です」
「何と何を融合した問題ですか」
颯真は答えられなかった。
黒瀬は追及しなかった。答案を返しただけだった。
*
廊下へ出ると、蓮が後ろから来た。
「これ」
差し出されたのは、大学ノートだった。表紙に「姉妹問題」と書いてある。字は汚い。横に、美咲らしい小さな二重丸があった。
「同じ知識で、聞き方だけ変えた問題。自分で作ると、どこ分かってないか出る」
「僕には必要ない」
「さっき困ってただろ」
「君より三点高かった」
言ってから、颯真は答案を握った。
蓮は怒らなかった。ノートを引っ込めもしなかった。
「そうだな」
その返事が、かえって気に障った。
「君は試せるんだよ」
「何を」
「新しい勉強法。失敗しても、失う順位がないから」
蓮の眉が少し動いた。
颯真は続けた。
「僕が基礎へ戻って、順位を落としたら、誰が責任を取る。交互に解いて効率が落ちたら? 自分で問題を作って、出ない問題に時間を使ったら? 本番までの時間は同じなんだ」
自分の声は、父の声によく似ていた。
「そうかもしれない」
蓮は言った。
「でも、分からないまま守ってる順位って、何を守ってるんだ」
颯真はノートを受け取らなかった。
「順位は順位だ」
蓮はそれ以上言わなかった。論破しようとしないところが、最も腹立たしかった。
*
自室の机に、新しい問題集が三冊積まれていた。
一冊目を開く。
一次関数の典型問題。
見慣れた図。
見慣れた条件。
見慣れた解法。
颯真は一問目を三分で解いた。正解した。二問目は二分四十秒。三問目は二分二十一秒。
安心した。
その安心が、嫌だった。
余白に、今日のバスの問題をまねて一問作った。料金の条件を変え、時刻表を反転させる。途中まで書いたところで、廊下に足音がした。
颯真は消しゴムを取った。
自分で作った問題を、跡が消えるまでこすった。
「勉強、進んでる?」
母が扉の外から聞いた。
「大丈夫」
声は、いつも通りに出た。
母は「無理しないでね」と言い、階段を下りていった。
颯真は英語ファイルから県内統一模試の分析票を取り出した。別の場所へ隠した方がいい。父は復習状況を確認するため、ファイルを開くことがある。
辞書では浅い。
机の引き出しも危ない。
結局、使わなくなった音楽の教科書へ挟んだ。
父が開かない教材を、颯真はよく知っていた。
*
翌日の塾内テストで、颯真は一位だった。
塾独自の各科百点テストでは、数学九十六点。英語九十四点。五教科総合も首位。
教室の前に順位表が貼られると、何人かが振り返った。講師は「さすが」と言った。父の端末にも、塾から通知が届いたはずだった。
一位 知花颯真。
名前は、いつもの場所にあった。
颯真は一番前の席へ座った。机も椅子も、昨日までと同じ高さだった。それなのに、背中をどこへ預ければよいか分からなかった。
その夜、県内統一模試の分析票を、音楽の教科書からさらに奥へ移した。
隠したのは、点数ではない。
自分にも、解けない問題があるという事実だった。
神崎の赤ペン補講
反復すれば伸びる。それでも足りない理由
同じ種類の問題をまとめて解く方法を、ブロック練習と呼びます。計算手順、英語の文法、理科・社会の基本知識などを初めて身につける段階では、とても有効です。速さと正確性を作るには、反復が欠かせません。
問題は、反復そのものではなく、「この問題では何を使うか」が最初から分かる練習だけで終えることです。
一 ブロック練習で型を作る
例:方程式を連続して解く。現在完了の問題をまとめて解く。
効果:手順を覚え、処理を速くする。
注意:問題の見出しが、使う解法を教えてくれる。
二 交互学習で型を選ぶ
例:方程式、関数、図形を混ぜる。時制、助動詞、比較を混ぜる。
効果:「何を使う問題か」を自分で判断する力を鍛える。
注意:短期的には正答率が下がり、進歩していないように感じやすい。
三 条件を変えた問題で転移を確かめる
数字、語順、資料、図の向きを変えます。同じ答えを覚えたのではなく、原理を新しい場面で使えるか確認します。
四 結果目標と熟達目標を併用する
結果目標:模試で三百点、学年十位、第一志望合格。
熟達目標:初見長文で主語と動詞を取る、複数の解法から一つを選ぶ、誤答原因を説明する。
順位だけでは、何が伸びたか分かりません。技能だけでは、入試までの距離が分かりません。両方が必要です。
五 保護者は「準備」と「決定」を分ける
学習場所を用意する、教材候補を調べる、費用を負担する。これは大切な支援です。一方で、何が分からないか、どの方法を選ぶか、何を反省するかまで大人が代行すると、子どもは自分で学習を調整する機会を失います。
効率化が悪いのではありません。効率とは、努力の量を消す魔法ではなく、必要な量を、必要な場所へ配る技術です。
型を作る反復。
型を選ぶ混合。
型を越えて使う初見問題。
三つを順番に組み合わせてください。




