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高3の冬 ー完結ー

氷の張った睡蓮鉢の底には金魚がゆったりと寝ている。

こうちゃんとしろちゃんは相変わらず仲良しで、ぴったり寄り添いながら冬眠している。

金魚は変温動物で、周りの水温に合わせて体温を変える。

内臓の動きもゆっくりになるから消化器官が動かなくなる。餌も食べなくなって、ひたすら動かない。

冬は金魚の世界だけ、時間が止まったように感じる。


でも、私の時間は目まぐるしく動く。そんなに急がなくてもいいのに、意地悪なほど時間が動くのが早い。

今日は卒業式に向けて体育館で歌の練習をした。

高校最後の行事。まだ冬だけど、きっと春は直ぐにやってくる。

私は地元の福祉系の大学を受験することにした。

たくさん考えてたくさん悩んでママとパパにもたくさん相談した。

ママとパパは知り合いの福祉や医療関係の知り合いにも相談して話を聞いたり、私も直接伺ったりした。

誰かのお世話をする、そんな考えじゃない。

人に一緒に寄り添いたい。単純にそう思った。

大変な道なのは承知済み。

それでも進みたいのだ。

私のわがままだ。


優斗とはあれから一言も話さず、ほとんど会ってもいない。

正直会いたくないと思った。

自分の底にある気持ちが分からないから。

言葉にできない感情が湧いてきて、上手く呼吸が出来なくなる。

「好き」とかそんな安直な感情ではない。

別の「何か」だ。でもそれが分からない。

心の中が渦みたい。

だから会いたくない。

混乱したくない。

混乱させたくもない。

他県の大学へ行ったら優斗にはそこで優斗の生活がまた作られる。

私はそこには存在しない。


「風邪引くぞ」

低い男の人の声。

優斗だ。

声変わりしてるし顔の骨格が変わってゴツゴツしているから、一瞬他人かと思った。

高1の夏までは背も私よりちょっと高いぐらいで、女の子みたいな見た目だったのに。

今は見上げないと目を見れない。


「うん。もぅ家入るね」

「なぁ」

「なに?」

「もぅ、うんことか言わなくなったの?」

「は?」

「いや、なんか、雰囲気変わったから。言わなくなっちゃったのかなって」

「なにそれ。言って欲しいみたいに聞こえるけど」

「うん。言って欲しい」

「……変わった癖をお持ちで……」

「えっ、や、ちが、えっとなんだろ、癖って言うかさ、なんかここで優香とワチャワチャやってるのが楽しかったんだ俺」


震える。

涙が出る。

私は声を出さず蹲る。


「あ! ご、ごめん! 馬鹿にしてるとかじゃなくて、ごめん! ごめん! 懐かしいなって思っただけで! ごめんな! ごめんな!」

「大丈夫。楽しかった。私も楽しかったすごく」

私は立ち上がって優斗の顔を見る。

別人のように変わった優斗。

本当に知らない男の人と話しているみたい。

「でも、なんかもぅ違う。なんか違う感じなの」

私も自分が変わっていく。

今も、たった今も変わっていって何か別の人になろうとしている。

やりたいことを見つけて、同時に自分の中にあるものも捨てていく。

寂しい。

涙が出るほど、寂しい。

「分かる。なんかその感情、俺もちょっと分かるかも。なんか違うよな」

「急に泣いてごめんね」

「いや、こっちこそ変なこと言った」

「……」

「……」

「金魚、結構長生きしてるな」

「うん。優斗のアドバイスのおかげ。でもギネスに載ってる金魚の寿命は43歳なんだって」

「あ、あれ凄いよな」

「うん。凄いよね」

「……」

「……」

「優斗は大学、工学系?」

「うん、まぁ、うん。そっち福祉系だろ? 凄いな」

「凄くないよ」

「いや凄いよ。覚悟が決まってるっていうか。なんか」

「そうかな」

「うん、そう。なんかそう思った」

「……」

「……」

「東北の大学受けるんだよね? 一人暮らしじゃん」

「うぅん、たぶん寮かな。でも途中で出て一人暮らしになるかも。まだ分かんないけど。その前にマジで勉強頑張んないと」

「そっか。私も今ラストスパート中」

「うん……」

「……ここより寒いね。東北だと」

「そうだね、寒いだろうね」

「風邪引かないようにね」

「うん、ありがと」

「……」

「……」

「優香も風邪引くといけないからさ、家入った方がいいよ」

「うん、そだよね。じゃ」


私は玄関の扉を開けて、ふと立ち止まる。

今が最後。

私が今の私でいられる時間はもぅない。

だから、これが最後。

「優斗!」

優斗も玄関前で立ち止まり、こちらを見る。

「何?」

「うんこっ!!!」

私は満面の笑顔で叫んだ。

「……おま、ハハハ!」

「ハハハハハハ!」

「アッハハハハハハ!ひー!」

優斗の目からぼろぼろと涙が溢れた。笑いながら泣いている。

「はぁ。なんか可笑しくて涙出てきた。すげー俺久しぶりにこんな笑ったかも」


もぅすぐ終わる。

大人じゃない時間が。

この時間が、終わる。

優斗も私も分かっている。


大人になったら責任がたくさん掛かってくる。

周りの大人も私達に優しくなくなる。

今までと全然違う大変なことがきっときっとたくさん起こる。


でも乗り越える。

私達はきっと絶対に乗り越える。

大変なことが起こったとき、辛いことが起こったとき。

今のこの時間を思い出そうね、優斗。

私も思い出すよ。

楽しかったよね。


「頑張ってね、優斗。応援してる」

「うん、優香も無理しないようにな」


ふいに口をついて出た言葉。

「応援」

私は私の中の渦が川のように流れていくのを感じた。

応援してる。これだ。

優斗に向けている自分の気持ちが今はっきりと分かった。

私は優斗を「応援」しているのだ。

私達の取り巻く世界が変わっても、私は優斗の味方でずっとずっと応援し続ける。


「金魚を掬ってから優斗とバカみたいなことを何も考えずに言い合ってさ、今はもぅ出来ないけど本当にあれ楽しかった。なんなんだろね、あの自由さ」

「な、な。スゲー楽しかったよな。俺ももぅ無理。できないな。でもなんか子供を満喫した感じする」

私達はひとしきり笑い合って、「またね」「またな」と言ってお互いの家に帰っていく。


氷の下の金魚は変温動物。

私達も周りの環境に合わせて変わっていくのだろう。

ときには金魚みたいに冬は水底でじっと動かず春を待ったり、夏のように激しく泳いでみたり。


卒業式はもぅすぐだ。

子供の私とさよならする時間ももうすぐだ。

でも、もっと素敵なことがこれからたくさん起こる。そんな予感がする。

大人になっても楽しいこと面白いことがきっとたくさん起こる。

たくさんかき集めて、それを思い出にしてまた前へ進む。


私も私を応援してるから。

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