高1の夏
高校に入って1年目の夏休みに入ろうしているのに、私はなんと未だにボッチ。
マジで焦ってる。
内弁慶の人見知りだから、なかなか人に声を掛けれない。モタモタしてたらグループができてしまって、私はクラスの中で余ってしまったのだ。
春の入学式から夏に入るまで、お昼休みはずぅっと1人でお弁当を教室でもそもそ食べる毎日。
せっかくママが作ってくれたのに、味がしない。
どうしよどうしよと内心焦るけど、何をどうしたら良いのかもぅ分からない。
「お弁当一緒に食べよ?」
今日も1人かぁぁ。あぁぁぁヤバいことになったよぉぉと思いながらお弁当を鞄から出すと、目の前に女の子が立っている。
あれ? 誘われた? え? 今なんと? マジ? これ夢?
「幻?」
「何言ってんの?」
なんかチャンスの女神ってのがいるらしい。
で、その女神は前髪しかないらしい。
で、その子が真美ちゃん。
私にとって学校を楽しめるチャンスをくれた女神。
茶色のツヤツヤした綺麗な後髪もある女神。
「た、食べふ!」
私はチャンスを食い気味に掴む。
真美ちゃんは肌も白くて、マシュマロとココナッツみたいな女の子。
アイスでマシュマロココナッツとかいう商品があったら絶対に美味いと思う。
あとで聞いたことだけど、茶色の髪は染めてなくて、色素が薄いから元々そんな髪の色らしい。
真美ちゃんのママから学校の先生に連絡がいってるようで、風紀は問題なし。先生からは注意されないらしい。
普通におしゃれでうらやま。
真美ちゃんが私の前の席の男子に「椅子使って良い?」と聞いたら何故かその男子も「い、いいい、いいよ!」と食い気味で返事する。
耳を真っ赤にして去る男子を見送り、真美ちゃんは椅子に座ると私の机の上でゆっくりお弁当を広げた。
真美さま、神々しい。
「もっと早くに誘えば良かったね。私も1人でご飯食べてたの」
「そうだったの? どこで?」
クラスで1人でお弁当食べてたの私だけだったような。
「美術室の部室」
「部室あったっけ?」
ていうかクラスから出てお弁当食べても良かったんだ。知らなかった。
「うん、すっごい狭い部屋。今度来る?」
「え、行きたい」
「埃っぽいよ?」
「全然いい、全然いい」
次の日から私も美術部に入った。部室を使わせて貰うために。
絵はあまり描いたことないけど、真美ちゃん曰く私の絵は色使いが芸術的らしい。
「すごい! アフリカの原住民のような色彩感覚を持ってる日本人初めて見た! すごいよ優香ちゃん!」
独特の褒め方をする真美ちゃん。
でもなんか嬉しい。
お昼休みになったら部室の鍵を先生にこそっと借りて、2人きりでお弁当を食べる毎日。
部室は狭くて汚くて埃っぽいけど、私達だけの秘密基地みたいで気に入った。
真美ちゃんは教室では大人っぽいのに、私と2人きりになったときだけガハガハと笑うけっこう元気な感じの子になる。
お昼休みは毎回、もし学校に象が集団で押し寄せたらどうする? みたいな「もしも」話や大喜利ごっこをして美術部の部室は大盛り上りだ。
真美ちゃんはゲラゲラと笑う度になぜか足をバタつかせる癖があるので、その度に「真美ちゃん! 埃が舞うからやめて!」と真美ちゃんの暴れる足を押さえつけるのがちょっと大変。
友達もできて、部活にも入って。
そんなこんなで春のどんよりした気分が嘘みたいに夏の初め辺りからは気分良く家に帰るようになった。
そして、庭の金魚を眺めてから家の中に入る。
「ぅうむ! 良い感じ! うむぉっふう!」
毎日一緒にご飯を食べる友達がいる幸せを噛み締めて、私はたまに睡蓮鉢の前で奇声を上げちゃう。
ニヤつきながら睡蓮鉢を眺めていたら、ふと異変に気付いた。
ん? なんか? 金魚が斜めになって? る?
こうちゃんが身体を斜めに倒して泳いでる。変な泳ぎ方!
「え? え? なんで斜めってんの? こうちゃん!? こうちゃん!?」
全身真っ赤な金魚がこうちゃん。
尾が白いのがしろちゃん。
中3のときに金魚掬いでやってきた2匹は隣の家に住む幼馴染の優斗の爺ちゃんから貰った睡蓮鉢で倍以上の大きさになった。
私はこうちゃんの身体を両手で支えて真っ直ぐ泳がせる。
でも、手を離すとまた斜めに戻る。
泳ぎ方急に下手くそか。
「こうちゃん! こうよ! 真っ直ぐ泳ぐの! こう! こうちゃん!」
「こうこう何言ってるんだよ。さっきからうるせぇな」
「あ! おい! 黒髪くそマッシュ! こっちこい!」
優斗は中3の夏休みが終わると普通に黒髪に戻した。
高校も、同じ高校に進学したけど、クラスが遠いから学校ではほとんど会わない。
たまにすれ違ってもお互いに無視を決め込んでいて、目も合わさない。
最近は家に帰っても会わない。
ひたすら会わない。
ママが言うには優斗はバイトを初めたらしい。
生きてる時間が違うようだ。
「斜めになってるの! こうちゃん! あ、病気? 薬浴? 薬浴しなきゃかな?」
金魚について私も色々調べた。飼い方とか種類とか。
優斗は睡蓮鉢を覗き込みながらウーンと唸る。
「薬浴は最後の手段だ。ていうか餌やり過ぎじゃね? どれくらいやってんの?」
「んーと、朝と夕方2回」
「量は?」
「知らない。食べたいだけあげてるもん。いちいち量なんか見てないよ」
「どうせドバドバやってるんだろ。今日から1週間餌抜きだな」
「は? そんなことしたら死ぬよ。何言ってんの? 意味分かんないんだけど」
「死なない。1週間ぐらい餌やらなくても死なないんだ金魚は」
「死ななくてもお腹がすくだろがい!」
「金魚は胃がないから空くとか空かないとかの問題じゃねぇ」
「ほら、餌くれパクパクしてるじゃん! 今! 見てよ、やっぱりお腹空いてるんだよ」
こうちゃんとしろちゃんは私の顔を見ると水面に顔を出して口をパクパクする。
学校から帰っても日がまだ明るかったらいつも餌をあげている。
今日も私の目をじっと見つめながらパクパクするこうちゃん白ちゃん。
すっごい可愛い。
やろう。餌やろう。うん。黒髪クソマッシュは無視だ。
「金魚自体は強い魚だけど、腹は弱いんだって言っただろが。たまに餌抜いて腸を休めないと。俺は爺ちゃんから金魚の飼い方についてすっげー詳しく教えてもらってるんだから俺の言う事信じろ。じゃないと、こうちゃん死ぬぞ」
優斗は真剣な表情で私を見つめながら話した。ムカつく顔してんなこいつ。
「……。分かった。ブラックマッシュオブザうんこの言う事は信じないけど、お前の爺ちゃんは信じる」
「高校生になってもうんこって言う女子、お前ぐらいだぞ……。いや中学でもいないか」
「水換えはどうしたらいい?」
「水換えは普通にいつも通りで良いよ」
「他は気をつけることある?」
「あんま覗くな。餌もらえる思って寄ってくるぞ。お前耐えられないであげちゃうだろ。あ、あと日の当たる時間は簾掛けておけよ。夏は茹で金魚になるぞ。あと素手で触るな。人間の体温で火傷するからな」
「分かった」
覚えきれないけど。
「お前犬は? 高校生になったら飼うんだろ?」
正直、週に一回の水換えすら面倒くさいのに犬飼うのがどれほど面倒くさいことなのか考えたらもぅちょっと犬はいいかなと思ってる。
金魚もめっちゃ懐いて可愛いし。
お弁当を1人で食べてたときも、帰って金魚を眺めてると、水の中の異世界を覗き込んでいるようで癒された。
その代わりにママに月1でワンちゃんカフェに連れて行って貰ってる。
保護犬の里親募集しながらカフェもやってるとこ。
赤点を取らないのが条件だけど。
ってこいつに説明すんのが面倒くさい。
「……お前には関係ない」
私はそっぽ向いて、てきとーに言ってやる。
「面倒くさくなったんだろ?」
「なってない! けぇれ!」
「けぇれって……。んだよキモいな」
「あ、バイト始めたの?」
「うん」
「何してんの?」
「カラオケの厨房」
「へぇ。あっそ」
「俺の行きたい大学遠いから、高校卒業したら家出ないとなんだ。金、今のうちに貯めておきたいからさ。受験の時期は勉強でバイトできないだろうし」
「あ、ごめんそこまで聞いてない。そして興味もない。けぇれ」
「おま……ほんとダルいな。2度とお前と話さねぇ。一生俺に話し掛けるな」
「そっちがな」
「いやそっちから話し掛けたんだろが」
「知らねぇよ」
「バーカ!」
「お前がバカ!」
「お前の方がバカ!」
「バーカバーカ!」
「あ、爺ちゃん死んだんだ」
急にぶっこんできた。
「え? いつ?」
「先月」
「……知らなかった」
「言ってねぇもん」
「この睡蓮鉢、返そうか? 形見でしょ?」
「良いよ。使って貰ってる方が爺ちゃんも喜ぶ。ていうか爺ちゃんの庭、睡蓮鉢だらけだから。もぅ要らねぇ」
「そっか……」
「……」
「……」
「……爺ちゃん、優香のこと覚えてた」
「そなの?」
小さい頃しか会ってなかったのに。
無口だけど、優斗と広い庭で暴れていたらお菓子をビニール袋にたくさん詰めて渡してくれた爺ちゃん。
大きくなってからは優斗と遊ぶこともなくなって、優斗の田舎に一緒に行くこともなくなった。
「睡蓮鉢貰いに行ったとき、優香が金魚飼うって言ったら爺ちゃん喜んでた」
「そなんだ」
「うん」
「……へぇ」
「……」
「……」
「じゃな」
「おぅ」
話すこともなくなって、優斗はすっと家に入って行った。
外側は深い藍色で、中は淡くて澄んだ水色の睡蓮鉢。この睡蓮鉢で泳ぐ金魚はまるで空を泳いでいるようで、すごくすごく綺麗。
幻想的な世界がうちの庭にあるっていう不思議な心地が1人でお弁当を食べる現実を薄く包み込んでくれた。
だから学校に行けてたし、真美ちゃんと出会えた。
「爺ちゃん、ありがとね」
私は空に向かって呟いた。
金魚は1週間後には元通り泳ぎ始めた。
[金魚治った。]
私はお小遣いで買ったケーキ屋のクッキーの袋に付箋を付けて優斗の家のポストに入れ込んだ。
あれからなかなか優斗に会わないけど、たまに高校で見たら元気そうにしている。
お互いに無視を決め込んでいるから学校の皆からは他人同士だと思われてるだろう。
でも、それで良いと思う。
金魚がたゆたうように私も優斗もそれぞれ別の場所でゆらゆらしながら極偶に会って、それでお互い元気にやってるんだなぁ思えていたら、それで良い。
「今は……」




