22.菜の花畑
一行はこんのすけがつないだ経路を通り、正門をくぐって夢の本丸を訪れた。
正門の奥、石畳の上では十五振りの夢の本丸の男士たちが透けた姿で刀を抜き、侵入者を待ち構えていた。一振り目の面影の姿はそこにはない。
「消えかかっている……」
「面影は、どこに……?」
表の本丸の者たちから悲痛な声が漏れた。
二振り目の面影は戦意がないことを示すために大太刀を鞘ごと腰から外し、右手で差し出した。
「一振り目の私よ、我々に戦うつもりはない。話を聞いてほしい。お前が守りたかったもののために」
面影が語りかけても夢の本丸の男士たちは厳しい表情で刀を構えたままでいる。
「お前がかつて過ごしていた本丸の主が消えかかっている。分断された二つの本丸を、お前の夢を斬ってつなぐ能力で、この夢の断片を核に再構築し統合する。主を取り戻すにはそれしか方法がない」
面影は粘り強く説得するつもりだった。自分の裏の本丸の仲間たちとここを訪れたときは問答無用で追い返された。それなのに彼らは刀を構えたままで動かない。やはり表の本丸の者たちと一緒なら、必ず説得できるはずだ。
長谷部は目の前で進路をふさいでいる刀剣男士たちを一瞥した。面影本人は姿を見せず隠れている。それは、皆を前にすればここに一人残るという決意が揺らいでしまうからに違いなかった。
「面影! どこだ?」
長谷部を皮切りに表の本丸の皆は口々に面影の名を呼び始めた。すると夢の本丸の男士たちはひるみ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
「一振り目の面影は姿を現さないままだったな」
鶴丸はやれやれと苦笑した。
「隠れ鬼でもするつもりか?」
「俺、川のほうへ探しに行ってみます! 面影さん、思い出のある場所にいるかもしれないから」
そう言って走り出す鯰尾を日向が「僕も」と追う。
「外はあの二人に任せて我々はまず本丸の中を探そう。あまり散らばらない方がいい」
蜻蛉切が言うと残っていた皆はうなずいた。
皆はそれぞれ遊戯室や厨など、思い当たる場所を探しに行った。だが三日月は一人だけ、本丸の建屋に入らず、そのまま菜の花畑に向かった。思い出の場所なら、三日月にはひとつ心当たりがあった。
三日月は切株の野原に立ち、菜の花畑を見回した。そして、はなうたを歌いはじめた。
菜の花畑に一匹の紋白蝶が姿を見せ、ゆらゆらと漂い、やがて菜の花に止まった。
「……面影、そこにいるのだろう?姿を見せてくれないか」
三日月は姿を現さない面影に向かって語りかける。
「またこの歌を聞かせると約束したな。……約束を果たしにきたのが遅れて、怒っているのか?」
「……ちがう」
菜の花畑の中に面影の後ろ姿が現れた。幻のように向こうが透けて見えている。
三日月に背を向けたまま一振り目の面影は言う。
「帰れない。私のせいでお前たちを巻き込んだ。私の夢をつなぐ能力は時間遡行軍からつけ狙われている。本丸に帰れば、また皆を危機にさらすだろう」
「それでもお前のその力が必要なのだ」
三日月は諭すように話しかけた。
「二つの本丸を統合したとて主が戻る保証はない。そして主の歌も時間遡行軍から狙われている。主とお前が本丸に帰還すれば、さらに困難を呼び込むかもしれない。俺たちはただ、わずかな希望の切れ端をつかもうとあがいてるに過ぎん」
「最後まで、あがく……」
面影は少しだけ三日月の方に首を傾けた。横髪に隠されて表情は見えない。
三日月はうなずく。
「そうだ。生きてこの身がある限り、あがき続けるしかない」
ちょうどそのとき川から走って戻ってきた鯰尾と日向は、野原に立つ三日月と、菜の花の中に立つ面影を見つけた。そして顔を見合わせると、急いで本丸のほうへ皆を呼びに行った。
「ここを訪れてようやく分かった。お前はずっと俺たちの本丸に帰る夢を見ていたのだな。迎えが遅くなってすまなかった」
三日月が謝ると面影は首をそっと横に振った。
「この夢に残るのは、私が選んだことだ。お前たちの本丸を守るために」
「俺はあのときお前の意志を尊重するつもりで、むごいことをした。何がなんでもお前を止めるべきだったと今は思う」
三日月は面影の反発を期待してわざとそう言ったのだ。我が身を犠牲に皆を帰したことを「止めるべきだった」と否定すれば、面影は言い返そうとしてこちらを向くはずだ。
その思惑通り、面影は気色ばんで三日月を振り返った。そして面影は三日月の目からこぼれ落ちるものを見て驚き、口をつぐんだ。
「俺はまた、お前にとってむごいことをしようとしているのかも知れん。それでも、主とお前を取り戻す道があるのなら……」
「三日月……」
「主とお前を狙って時間遡行軍が襲ってくるなら、ともに戦おう。力を貸して欲しい。……お前の決意を踏みにじる身勝手な俺たちの願いを、聞き入れてくれないか」
三日月の声はかすれていた。面影の知る三日月は常に冷静で、このような感情の乱れを見せたことはない。面影は言葉を失って三日月を見つめた。
そこへ、二振り目の面影を先頭に、本丸内を捜索していた者たちが走ってきた。
面影の足は地面に貼りついたように動かなかった。このまま仲間と対峙すれば、ここで夢を続けるという決意は間違いなく粉々に砕け散ってしまうだろう。彼らをこれ以上巻き込まないためには、彼らの本丸を守るためには、帰ってはいけない。帰りたくとも帰れない。そう思うのに、体が言うことを聞かない。
二振り目の面影は三日月のそばで一度足を止めた。そして一振り目が逃げ出さないように用心しながらゆっくり歩いて、一振り目の前に立った。
「一振り目の私よ、どうか私を受け入れてくれ」
二振り目の面影は一振り目に向かって右手を差し出した。
「私は、仲間を守りたい。私を家族のように遇してくれた仲間に、報いたい。お前とひとつになることで、この身が、仲間とつむいだ思い出が、すべて消えようとも」
一振り目の面影は驚いて二振り目を見た。自分が黒の面影を説得しようとしたときとはまるで逆の立場になっている。
自分はかつて、何としても仲間を守りたい、報いたいと願い、夢の断片を再構築することで彼らを本丸へ帰した。
あのときとまったく同じ願いを持って、もう一人の自分がいま目の前に立っていた。
あのときとまったく同じように、仲間が見守る前で。
一振り目は二振り目の手を目を見比べた。本当にこの手を取っていいのだろうか。そうすれば本当に彼らの主は戻れるのだろうか。
一振り目の右手がゆっくりとぎこちなく伸びた。帰りたい、ともに戦いたい。彼らの主が助かる可能性があるのなら、その希望に賭けてみたい。
面影の右手は二振り目の右手をしっかりと握った。
二振り目の面影は微笑んだ。安堵と喜び、そして覚悟を決めた表情が、しだいに空気に溶けていく。それとともに、消えかかっていた一振り目の面影の姿がはっきりと濃くなっていった。
皆が固唾をのんで見守っている前で、ひとつになった面影は両の掌を見つめた。そして見守る皆の方へ視線を移し、それぞれの顔を見回してから力強くうなずいた。
面影は鞘から大太刀を抜き放ち、気合を込めて大きく振るった。あのときは自分と仲間たちの居場所を切り裂くために振るった刀だが、今は違う。
空一面がまばゆく光った。




