14.木べら
こんのすけが第一部隊に示した次の出陣先は1868年1月1日。元旦のこの日、時間遡行軍が京都の薩摩藩邸を襲って壊滅させるという演算結果が出た。これにより二日後の鳥羽伏見の戦いは発生しなくなり、歴史が大きく変わってしまう。
第一部隊は薩摩藩邸を襲う時間遡行軍を撃退し、鳥羽伏見の戦いを勃発させた。この戦いでは薩摩長州が勝利し、旧幕府軍は敗走する。
鳥羽伏見の戦いからさらに三日後、旧幕府軍の敗走を受けた徳川慶喜は滞在していた大坂城を脱出。軍艦で江戸に逃げ帰った。その翌日、朝廷は慶喜の追討を決定した。
ここまでは正史通りだが、こんのすけの演算で示されるこの先の偽史『江戸で徳川軍と朝廷軍が全面戦争』は変わらなかった。
面影は言う。
「この強襲調査では核となる人間が歴史改変の流れを生み、驚異的な力を持つ異形と癒着して修復を阻んでくる」
「異形? ……第二部隊が遭遇した、坂本龍馬を呑み込んだ巨大なムカデのような蟲か」
則宗が尋ねると面影はうなずいた。
「そうだ。私が先行調査中に遭遇したのも巨大な、何がしかの蟲だった。核となる人間を見つけ出し、蟲を消さなければ歴史改変の流れは最終的に止まらない。これまでの下関港や京都での時間遡行軍の動きを見るに、徳川方の誰かが歴史改変の核となる人物ではないかと思う」
面影の意見をもとに、則宗たちは徳川慶喜の動きを追うことにした。
江戸に着いた慶喜は、早朝江戸城へと向かった。朝廷軍の追討を止めさせるためには、江戸城大奥に住んでいる天璋院篤姫と皇女和宮に面会し、朝廷側との橋渡しを頼まなければならない。篤姫は薩摩藩出身で、西郷隆盛とつながりがあった。皇女和宮は先代天皇の妹であり、この時代の天皇の叔母である。
こんのすけの操作パネルでは江戸城に向かう慶喜を時間遡行軍が襲うという演算結果が示されていた。第一部隊は慶喜が江戸城に無事入れるまで護衛した。
時間遡行軍が退却すると、慶喜と家臣たちは道中で急に現れて護衛を務めた刀剣男士たちの正体をいぶかりはじめた。
「急げ! 説明している時間はない! 一刻も早く篤姫と和宮に仲裁を依頼し朝廷軍の追討を止めなければ、江戸は火の海になるぞ!」
と則宗が一喝すると、慶喜と家臣たちははっとして江戸城大手門へと駆け出した。
則宗たちはそのまま慶喜の動きを追い、屋根伝いに江戸城に侵入した。
江戸城の内部は落ち着きのないようすで、家臣も女中たちも右往左往していた。慶喜が篤姫との面会を急ぎ請願しているのに、肝心の篤姫の姿がどこにも見えないらしい。
「このままでは江戸城の無血開城が達成されず、朝廷軍との全面戦争になります。篤姫を捜索しなければ……それらしい反応を探してみます」
そう言ってこんのすけは操作パネルを開いたが、そのとたん、操作パネルはけたたましい警告音を発した。
「二の丸城跡に蟲の反応を感知! 二の丸城は二週間前に火事で焼失しています」
「焼け跡に、蟲が? 篤姫はどうする」
則宗が確認するとこんのすけは急いで操作パネルを閉じながら返事した。
「篤姫を捜索する前に蟲を排除してください。その後、なんとしても篤姫と慶喜を面会させなければ!」
二の丸城跡は、焼けた残骸はほぼ片付いていたが、木々や下草に焼け焦げが残っていた。その焼け焦げとはまるで関係なさそうに、不思議な光を放つ花々が咲き誇っている。
そこには巨大な蝉が待ち構えていた。
「あれか!」
則宗たちは刀を構えた。
蝉の影から薙刀を持った女性がするりと現れた。
「なるほど、お前たちが何もかもを台無しにしてくれたのか」
その女性の目がまがまがしく紅く光る。
「天璋院篤姫です!まさか蟲と一緒にいるとは…」
こんのすけは驚きながら言った。
和泉守が言う。
「……篤姫は蟲に操られているのか?」
「どうやら彼女が面影の言う『核となる人物』のようだな。蟲を斬るぞ!」
則宗の号令で全員蝉に斬りかかった。
蝉は前脚で応戦した。その巨大な鎌にはのこぎりのような刃がついている。蝉の刃をかわすのはそう難しくはないが、蝉の体は装甲のように堅牢で、こちらの刃が立たなかった。
苦戦しているところを篤姫の薙刀が斬り込んでくる。
「あんたが慶喜と面会しなければ、徳川は滅びるんだぞ!」
和泉守が叫ぶと、篤姫は薄ら笑いながら返した。
「私は軍勢を借り受けるとき契約した。徳川の世を守り、新たな歴史を作ることを」
「誰と契約した?」
面影の問いかけに篤姫は小首をかしげた。
「さてなぁ……どこの誰かまでは聞いていない。お前と同じ顔をしていたが」
それを聞いた面影は緊張した表情になった。
「同じ顔? 下関港でオレたちに化けたあいつか。面影の姿で工作しやがって、かく乱のつもりか」
と和泉守が言い、
「そんな手で僕たちを惑わそうったって無駄だけどね」
と堀川が言った。
面影はまったく疑われないことにかえって戸惑った。なぜ疑わないのかと問いかけても、きっと皆は「仲間だから当たり前だ」と笑うのだろう。
蝉は羽をばたつかせ、宙を弾丸のように突進してきた。皆はすかさず退避したが、そこを篤姫が薙刀で襲ってきた。蟲に取り憑かれているためか、人間離れした動きだ。
「目を覚ませ! このままでは徳川を滅ぼすことになるぞ!」
則宗は太刀で篤姫の薙刀を払いながら言った。
「この私が寝ぼけているとでも言いたいのか?」
薙刀を振るいながら篤姫は笑った。
「今このとき、日の本はひとつにまとまらねば押し寄せる異国に食い物にされる。異国は内戦で弱ったところを狙ってくる。もはやこの時流は変えられぬ。徳川だろうと薩長だろうと、朝廷は結局は戦に勝った側につくであろう。強い軍でなければこの国を守れぬからだ。この状況で、仮に徳川が薩長を制圧したところで歴史がいかほどに変わろうか。新しき政権に並ぶ顔ぶれの中に、徳川方がいくらか加わるだけのことではないか?」
「つまり、お前さんはその新しい政権に関わりたいのか?」
則宗の言葉に篤姫は失笑した。
「私はこの江戸城の主として役目を果たすまで。主が世の乱れに恐れをなし、城を捨てて逃げ出せば、二百五十余年に渡って徳川に仕えた者たちの立つ瀬がないではないか。それだけではない、この国の下々まで人心も乱れよう」
篤姫は紅い目で刀剣男士たちを見据えた。
「私はこの国が乱れぬよう、異国に食い荒らされぬよう、最後までこの城を、徳川を守る」
篤姫の左手がゆらりと持ち上がる。篤姫は空を切るようにその手を振った。
それを合図に蝉が大音量の音波攻撃を放った。刀剣男士たちは蝉や篤姫の位置から大きく後退させられた。
音波攻撃が止んだ隙に全員で斬りかかったが、しばらくするとまた音波が発生して後退させられてしまった。何度かそれを繰り返した。
音波を放っている間は近づけないが、どうやら蝉もときどき休みをはさむ必要があるらしい。
蝉の音波が止まったとき、面影は皆に言った。
「蝉は羽をこすり合わせて音を出す。音波が止んでいるうちに羽をもごう」
皆はそれに応えるため動いた。前田は蝉の目の前で右へ左へと飛び跳ね、注意を引きつける。他の者たちがそのすきに蝉の背後に回り、四枚の羽の付け根をそれぞれ狙った。
羽をもがれた蝉は後脚で立ち上がると、他の脚をじたばたさせた。前田と堀川がその脚をかわしながら蝉に斬りつけた。
立ち上がった蝉の背から飛び降りざま、則宗は篤姫の薙刀を弾き飛ばした。篤姫の手を離れた薙刀は宙を回転しながら飛んでいった。
すると蝉は攻撃を受けながら移動し、篤姫に覆いかぶさった。
篤姫は驚いて「あっ」と悲鳴を上げた。
蝉は巨体の下に篤姫を隠したまま、前脚を使ってすさまじい勢いで地面を掘り始めた。その穴の中に篤姫の衣装がちらりと見えた。
全員で蝉の前脚に斬りつけたが、そこは装甲のように堅牢で蝉の動きは止まらない。
和泉守が刀を振るいながら言う。
「こいつまさか、篤姫と一緒に土の中に逃げるつもりか?」
「そうはさせない!」
面影は跳躍し、大太刀を深々と蝉の脳天に刺した。
蝉は六本の脚を内側に折り込みながら消えていった。穴の中に入れた篤姫を抱きこんで隠そうとしているように見えた。
蝉の巨体が消えたあと、蝉が掘っていた穴には篤姫があおむけに横たわっていた。
気を失っている篤姫の胸元には木べらが乗っている。その上等な衣装には似つかわしくない、使い込まれたようすの素朴な木べらだ。
前田は首を傾げた。
「木べら…? 蝉が消えた後にどうしてこんなものが」
「そういえば第二部隊も、巨大なムカデを倒した後に手紙の束があったと言ってたね」
堀川の指摘を受けてこんのすけはうなずいた。
「はい。坂本龍馬のとき残っていた手紙の件と合わせて考えると、時間遡行軍は思いが強く残る遺品を依り代に蟲を顕現したと考えられます。今回はおそらくあの木べらがそうでしょう」
こんのすけの推測を聞いていた堀川は不思議そうに言う。
「でも木べらって、料理やお菓子作りで使うものだよね?」
「彼女の夫である徳川家定の趣味は、お菓子作りだったと聞いています。この木べらがもし家定の遺品なら、あの蟲は篤姫をかばって穴に隠そうとしていたのかもしれませんね」
前田はしんみりと言った。
木べらは前田が丁寧な手つきで篤姫の帯に挟んだ。和泉守が篤姫を抱え、二の丸跡から西の丸へ運んだ。篤姫を探して人々がざわついている御門付近で、則宗はわざと大声で人を呼んだ。
「誰ぞ! 天璋院様が見つかったぞ!」
女中たちがあわてふためいて御門へと駆けつけてきた。和泉守はそっと篤姫の背を玄関の壁にもたらせて座らせた。女中たちは涙声で喜び、気を失っている篤姫にすがった。
「まあ、まあ! よくぞご無事で!」
「薬湯を! いやお駕籠を!」
「天璋院様を送り届けてくれた者たちは……?」
女中たちはあたりを見回したが、篤姫を運んできた者たちは煙か霞のように消えてしまっていた。
大奥のさらに奥、天守閣の土台の陰でこんのすけは操作パネルを開いた。江戸城の天守閣はこれより約二百年前に明歴の大火で焼失し、土台だけが再建されていた。
「篤姫と慶喜の面会は、多少時間は遅れますが成功するとの演算結果が出ました。正史範疇に収まりましたね」
前田は心残りがあるようすで西の丸の方角を眺めた。それに気づいた則宗が「前田、どうした」と声をかけた。
「篤姫が語ったことを考えていました……本丸が襲撃されたとき、主君もきっと最後まで本丸を、僕たちを守ろうとしていたに違いないと思って。篤姫は僕たちの主君と同じように、守るべきものを守ろうとしただけですよね。彼女は何も間違っていないのに、僕たち、その願いも祈りもすべて斬るしかできない」
悲しそうに言う前田に向かってこんのすけは言った。
「間違っているのは篤姫の願いにつけこんだ歴史修正主義者です。あなた方は何も間違っていません。役目を十分に果たしました。これですべての任務は終わりです。大手を振って帰りましょう」
「おっ、たまには良いこと言うじゃねぇか」
和泉守が茶化すように言うと、こんのすけは後ろ足で立ち上がり前足をばたつかせて憤慨した。
「たまには?! 私だっていつもちゃんと役目を果たしていますよ!」
前田が少し笑って
「こんのすけが頑張ってるのは、僕たちちゃんと知っていますよ」
と言うと、こんのすけはフンスと鼻息を鳴らした。
「分かってくださっているならいいです!」
鼻息を荒くするこんのすけを囲んで、第一部隊の皆は笑った。




