番外編 犬山
山の上に天守閣がそびえている。愛知県犬山市にある国宝、犬山城。文明元年、室町時代に作られた現存する天守閣だ。国宝に指定されている城のうちの一つで、平成までは個人が所有していた城である。
「なあ、いつになったら、東京へ帰るつもりだ?」
「服部さん、これ、どうぞ」
あきれ顔の服部に、朱音はキビ団子をさしだした。
「キビ団子?」
「ここ犬山は、岡山と並ぶ、桃太郎ゆかりの土地なんです」
朱音がぴしりと言い放つ。
「いや、それは知っている。だが、なぜ、桃太郎?」
服部は困惑する。斎王の務めと桃太郎は関係ないはずである。
「桃太郎と言えば電鉄です」
重々しく、朱音が告げる。
「いや、そのネタ、たぶん既に一般的じゃないぞ」
服部は眉根をよせた。某鉄道双六型ゲームが、一世を風靡したのはかなり昔の話だ。
「服部さん、気づいてました? この作品、作者は鉄道ものだと言い張っているそうなんです。新幹線雑誌に連載したいとか、ほざいているとか。身の程知らずにもほどがあるとは思いますけどね」
「そうなのか? そんな的外れなことを……だいたい、この話って、お前が食ってるだけの小説な気がするけどなあ」
服部は苦い顔をした。そもそも当初の予定だった忍者アクション路線は、どこに消えてしまったのだろうか。謎である。
「ですから! そういうことなら、伝説の犬山橋を見ておこうかと」
「話が全くつながらないし、そもそも、今は普通の橋だぞ」
犬山橋は、愛知県と岐阜県の県境を流れる木曽川にかけられた橋だ。かつては、名古屋鉄道、自動車、歩行者の全てが、同じ橋を渡るということで、一部鉄道ファンの間で有名だった路線である。しかし、現在は、自動車と歩行者には、もう一本別の橋がかけられており、珍しさは何も無い。
「犬山市の鉄道なら、明治時代のテーマパークで、SLとか電鉄乗った方が、それっぽいぞ」
「牛鍋、良いですよね。文明開化の味がします」
どこかあさっての返事を返しながら、名物のゲンコツ飴をなめる朱音である。
「そもそも、珍しい名古屋鉄道の鉄道風景なら、名古屋駅のホームが十分、珍しいと思うんだが」
「だって、犬山城は国宝ですよ」
それはそうだ。鉄道云々ではなく、犬山は一級観光地だ。訪れる価値はある。犬山城は国宝だし、木曽川沿いには、鵜飼いだってある。そこをつかれては、服部も何も言えない。
いつの間にか、朱音の手に豆腐田楽が握られている。甘い味噌が、香ばしく食欲を誘う。
「犬山城の話じゃなかったのか?」
「田楽豆腐って、本当に美味しいですよね」
犬山名物を口にしながら、朱音は満足そうに微笑んだ。




