謀略
1559年8月の事。
親泰は織田家のフランキ砲の解析結果を受け取っていた。当時の技術力とは思えないフランキ砲の頑強さ、精密さには親泰も驚くしかなく、長宗我部の技術力の低さを悟った。
しかし、その直後に親泰に新たな報告が入った。
「後装式ライフル砲ならびに後装式ライフル銃の開発が完了いたしました!」
非常に喜ばしい知らせであった。だが、早すぎる。全く予想外。あり得ない。しかし、あり得た。
ご都合主義の如き技術発展は、世界が元の軸より完全にズレている事を現していた。いや、そもそも転生者がいる時点でズレているのは確定している。
だが、そんな程度の低い仮説で納得するほど親泰はバカではなかった。
「分かった。下がってよいぞ」
「はっ!」
報告を行ったものを下がらせ、親泰はただ考える。この異常事態における諸外国の強さを。
元々、親泰は海外出兵でインドシナ、フィリピン、台湾、海南島は占領する予定だった。しかし、こうイレギュラーが舞い込んでくると、諸外国の実力を見直さねばならないだろう。
イギリス、スペイン、ポルトガル。その他欧州、アラブ諸国の実力は並大抵のものではないだろうし、ここまでくると明と朝鮮も些か怪しい面があった。
親泰は戦略を組み立て直さねばならない。もとよりガレオン数十隻で十分だと考えていた海外出兵も、毛利や織田のように鉄で覆われた艦船が必要になるだろう。
「前弩級戦艦、作る価値はあるかもしれない。もはや、戦列艦など作っている暇はない。しかし、前弩級戦艦を作るには技術力が足りなすぎる。建造できる程度に製鉄技術はあるものの、鋼鉄を叩くほどの工作機械はない。それにリベットもいれば、スクリューもいる。舵取りは当然の如くとして、前弩級を用いるならば、大口径が必要だ。一々カルバリンやフランキなどの小口径を積んでいては長宗我部の威信にかかわる。直ちに対策を講じなければいけない……」
自分に言い聞かせるような独り言。アニメ的表現であれば、あまりの忙しさから目がぐるぐると回っている様な状況。そんな状況下に親泰は単身で歩を進めていた。
「長門守!」
「こちらに」
「直ちに南蛮諸国の軍備を調べ上げるように命令を出せ。織田や毛利、武田は後だ。今は日ノ本の外に目を向けねばならない」
「御意に」
静かに現れ、また音もなく去っていく。しかし、親泰はそんな事を考える事もなく、先程まで机にあった和紙を破り捨てた。それは今後の戦略計画が書かれていたものであった。
「殿、報告を」
直後、一人の諜報員が親泰のもとに現れる。
「何だ?」
「織田家から情報を得る事に成功しました」
親泰は織田家から情報を得ていた。勿論無断である。
「織田家は多数の艦艇を配備している模様で、そのほとんどを鉄で覆われた艦艇が占めております。また、大砲にはライフリングがあり、後装式。殿のお考え通りの結果でございました」
「ご苦労」
親泰はその情報を忍び、いや、諜報員から受け取る。それを読み解けば、織田家の技術力の高さは歴然で、長宗我部も急速な準備を必要としていた。特に海軍。我が軍では勝てないであろう艦艇の数々。
「平手の爺……! やってくれたなぁ!!」
親泰は拳を畳みに打ち付けた。それに込められたモノは怒りでもあり、悔しさでもあり、妬みでもあった。
しかし、いつも冷静沈着であった親泰からは思いもよらない行動でもあった。
「誰か!」
親泰は人を呼ぶ。そして、すぐに近習が現れた。
「如何されました」
「和泉と摂津の全部隊に伝えよ! 織田家との国境を掠めてやれ!」
まさに予想外。恐らくは脅しのつもりだろう。軍事力が桁外れに織田家への挑発行為。戦争になっても文句は言えなかい。
しかし、親泰にはそれだけやる意味はあった。
「それでは織田家と戦になりまする!」
「問題ない! たとえそうなったとしても、我が軍は精鋭だ! 織田の弱兵如き何でもないわ! 早く行け!」
「は、ははっ!!」
近習は逃げるように去っていく。
「織田も毛利も勿論長宗我部も、やりすぎた。世界の秩序は崩壊し、史実は崩れ去った。これからは台本はない。全てアドリブで乗り切らなければならない。歴史は収束する。それを食い止めるには全てを勝つしかない……。これは、何とも大変な大戦争になりそうだ……」
親泰は部屋から出て空を見上げる。朝までは晴れていたが、昼過ぎ。もうすぐ夕方という現在では、雲が厚く空を覆っている。親泰の見立てでは大雨が降るだろう。災害に備えなければならない。親泰はすぐに自室から大広間へと向かっていた。
その時の雲、親泰には今後の長宗我部家の苦労を予言しているようにも見えた。
その後、和泉、摂津の両国に駐屯する部隊1万8千名は、行軍訓練と称して織田家との国境を掠めた。畿内各地で織田家と長宗我部家が戦になるのではないかと心配する声もあったが、それは杞憂に終わった。
しかし、織田家からは苦情状が送り付けられた。




