No.6
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クランに入って次の日の夜、バイトを終えてゲームとGCを起動すると、唐突な知らせが僕を襲った。
「こんばんは~」
「おうタク、来客だ!」
「えっなんすかいきなり。」
僕が挨拶するなりセフィラが唐突に言ってきた。
どう言った意味での来客なのだろうか。
「...おかえり...タク...」
ほぼ毎日と言って言い程、聞いてる声が聞こえた。
「...?えっ何でいるの。」
「お前がMiyoをゲームに誘ったんじゃないんかい!?」
間違いない。が、困惑した。もうMiyoがクランに入ってるなんて思わなかった。
「いや確かにそうだけ―」
言うとしてた言葉は急に遮られる。
「おい、どういうことだ!Ta910君!」
「貴様、こんな可愛い娘どこに持ってやがった!」
「「説明しろ!」」
漫才コンビ、いやハイデンと鈴木はクッソうるさい声で尋ねてきた。
「Miyoからも何か言ってくれよ...」
「...やだ。」
「おい...」
説明を要求する時に限ってMiyoはいつもこう答える。
「まあこういうことだ。昨日Miyoも来るって言ってたから今日必死に探したらたまたまMiyoを見つけて、クランに誘ったんだけど、最初は拒否られた。けど、『タクもいるよ』って言ったら速攻食いついてきて、クランに入れて今に至るってわけだ。」
「僕を、釣り道具にしないでください...」
セフィラの説明の上手さには助かるが、正直8割の困惑が僕に纏わりついている。
「というわけで、昨日と今日でメンバーが二人も増えたんだ。よろしく!まずレベル上げから頑張ろうな。」
いつから居たのかわからないが4ritoがそう言ってくれた。
驚くことにMiyoのレベルは先にプレイしてた僕を抜いて13にもなっている。職業はアーチャー。ゲーム内の彼女の姿は現実で会った時の彼女と大して変わらない、背が低くて黒い髪そして相変わらずの鋭い目をしていた。
「おう...よろしく...」
「ほんで次に良いニュースだ。クロスの奴らが2時間前、つまり18時に星の龍を狩ったらしい。昨日言った仕様が本当なら、明日の20時に湧くことになってる。奴らは絶対この仕様を知らないからチャンスだぞ。」
クロス、恐らく「クロス・ロード」のプレイヤーがネームドモンスター「星の龍」を狩るのに成功したのだとセフィラは言った。
「だとしたら、今からでもレベル上げなきゃなあ...」
「よし、俺とデュエルしろ。」
「...は?」
鈴木のあまりにも唐突な言葉が僕を襲った。
「そうか!PvPでレベル上げればいいか!ついでにPSも上がるし!」
「そういうこと。はっきり言ってクッソ面倒なクエストより、決闘とか集団戦の方が貰える経験値が多いんだよね。それじゃ今、雲の村にいるっぽいから迎えに行くわ。ついでにMiyoちゃんもな!」
4ritoと鈴木の会話からして、やはりクエストでのレベル上げは"このゲーム"ではあまり有効な手ではないそうだ。どれほど、運営がPvPを推しているかがわかる。
数分後、僕と一緒に雲の村に居たMiyoの元に鈴木がやって来た。銀色が目立つ重装備、という割には職業が「サモナー」と「ウォール」。レベルは81で、短い茶髪に若干渋谷にいそうなチャラチャラした感じの顔をしている。
「ってことで、俺たちのクランハウスに案内するね。そこの近くで俺 VS Ta910とMiyoちゃんで勝負ね。」
「えっ勝てるわけな―」
「俺に"勝て"とは言って無えぞ!?」
彼はそう言って「フリー攻撃モード」をオンにした。
基本、ゲームの最初で選択した大陸が同じプレイヤーにはPKが出来ない仕様になっている。つまり、最初にウラノス大陸を選んだプレイヤーは、他のウラノス大陸を選択したプレイヤーには攻撃出来ない、ということだ。
そこで困るのは、相手がどの大陸に"所属"しているのかがわからないこと。幸い、同じ大陸に所属しているプレイヤーは友好的対象として、名前が青で表示されている。ちなみに敵対者は赤色で表示される。
複雑なことに、敵対者とパーティーは組めることになっている。「システム上」では敵対という関係にあっても、攻撃しないという意思があるならば関係ない、という開発者の考えの現れなのだろう。と、昨日ゲームを始める前にサイトで見たのだが、この仕様も実に斬新だ。
「ほんじゃまずはこいつから戦ってもらおうかな。」
彼はそう言って詠唱を始めて、やがて1体のモンスターが地面から現れた。
「レベル15だが、二人なら倒せないレベルじゃない。とりあえずファイッ!」
「えぇ...」
サモナーという職業特有の召喚スキルで彼が召喚したのは、「ウォールゴブリン」という名のモンスターだった。レベルは15。ゴブリンらしく、緑色で小柄だ。他のゴブリンと違うのが、小柄な体を覆い尽くす程の盾を持っていることだ。
「じゃあ...やろう...」
とMiyoは言った。
「体力もそう高くないし、普通に倒せるは...!」
軽く攻撃してみた。しかし、1200あるゴブリンのHPは1すら減っていない。流石に予想外だった。
困惑した僕にゴブリンが盾で殴ってきた。意外にも980ある自分のHPは800まで削れた。予想外に予想外が重なった時だった。
「...!」
僕を攻撃してきたゴブリンは標的を変え、同じく攻撃をしているMiyoに襲いかかってきた。しかし、ゴブリンの足は遅く、弓を撃ちながら逃げてるMiyoには到底追いつかなかった。
「ウォールゴブリンってのは基本足が遅い。それに引き換えアーチャーってのはレベルが上がる毎に、自信の移動速度が上がる。今Miyoちゃんに標的が向いてるから、どうすればいいか。Ta910でもわかるだろ?」
「うん...何となく...!」
「それと、相手は盾を持っているんだ。近接職が"正面"から向かったってHPは減らないぞ。」
「...正面?」
そうか。今更気付いた。HPが減らないのは僕の装備とレベルの問題ではない。僕の攻撃が、一々防御されていたからだ。僕から見たら盾で殴るだけの豚足にしか見えないのだが、実際は攻撃と一緒に盾での防御もしていたのだ。
(これがわかったなら、次は...)
「Miyo!そのままゴブリンを攻撃しながら引いてて。僕は5秒経ったら攻撃する。」
「お!大体わかってきたのかな?」
「何となくね。」
たかがレベル15如きで、何て一切思わず鈴木と、いつから来たのかわからないが4ritoとセフィラは僕達の戦いを見ていた。
「あー昔ペアでモンスター出してもらってレベル上げてもらったの思い出したわあ。でも、ウォールゴブリンを出してくるなんて鈴木にしては気が利いてるんじゃないかな。」
「そりゃどうもな。俺も前はソルジャーやってたよ。これで、近接にとって最も重要な事を知ってもらえれば良いんだがね。にしてもMiyoちゃん。引き撃ち上手すぎね?」
「まあ相手が盾持ってるからアレだけど、FPSやってた時を思い出したんじゃない?職業的に。」
そんな会話が聞こえた気がする。それよりも、
「よし、行くよ!」
Miyoに遅れて僕が駆け出す。相変わらずゴブリンの足は遅い、それによってチャンスは更に広がった。
「喰らえッ!」
Ta910が放ったスキル「バックエッジ」はゴブリンの背後を強く斬ってゴブリンは転倒した。1200あったゴブリンのHPは一気に100まで減った。
「Miyo!あと一撃!」
「...うんわかってる。」
起き上がったゴブリンをMiyoは欠かさず、スキル「ヘッドショット」で撃ちぬいた。そしてゴブリンは消滅した。途端に、Miyoと僕のレベルが2ずつ上がった。
「Miyoちゃんの動きは最初から完璧だったね。最初から引き撃ちが出来る奴はそう多くないから課題があるとすれば、装備かな!次はTa910のソルジャーについてだけど、何となくわかったよね?」
「はい!ああいう、背後に周るのが良いらしいんですね?」
「そう、そういうこと。ソルジャーは基本背後に周って攻撃するっていう"裏取り"が重要になる。今みたいに盾持つ、持たない関係無く。」
鈴木は僕にそう教えてくれた。酔っぱらいの割にはかなり周りを考えているようだった。
「でも引き撃ちを最初から出来るMiyoちゃんマジ強すぎるんだよね。」
「それなんだよね!結構前に練習してみたけどありゃ指が痛くなる。」
「まあMiyoなら普通に出来そうだよな。俺と同じ元FPSプレイヤーなんだし?俺も楽勝だったけどな!」
「何でセフィラいつも上から目線なん??」
「そうだよ。」
鈴木と4rito、そしてセフィラはそう言った。そして唐突に誰かが訪れた。
「ああああああああああああ疲れたもおおおおおおおおおん!」
「うるせぇ!社畜が!」
聞いたことも無いような声を4ritoが容赦無く突っ込んだ。
「はぁ...定時で上がりたい...」
「また残業か。クッソ辛そうだな。取り敢えず風呂入れよ...」
「あいよおおおおおおおおおおおおおおお!」
「だからうるせぇ!」
場もわきまえないこの人はどうやらサラリーマンのようだ。4ritoは容赦なく突っ込む。
「あの今の人は。」
「あいつは『〆サバァ!』で、別の呼び名が『社畜マン』。確かソルジャーとメイジっていうバランスの欠片も無い職業やってたな。」
耳が痛くなった僕に4ritoは教えてくれた。相変わらず変人が多いクランだ。
「ほんじゃあと2回ぐらいこいつ相手にしてみよう。」
そう言って鈴木は再びウォールゴブリンを召喚した。
10分は経っただろうか。2回とは言ってたものの軽く8回は越えた気がする。
しかし、レベルは目標の一歩手前の19へ到達した。ちなみにMiyoは既に20へと到達し、職業はセージを選んだとのことだ。
「よし取り敢えずこれで終わりー。Ta910のあと1レベは多分大丈夫だろ。後は攻略法についてと装備、それと明日IN出来るメンバーの確認。これらはハイデンとこれから話し合うんで聞いといてくれ。」
「了解ー。」
「...わかった。」
鈴木はそう言って1つあくびをした。
「うーいそんじゃあ説明するねえ。基本、メインでの攻撃は弓で行う。逆に言うと近接、魔法の攻撃はあまり通らないから注意してね。あと、龍の正面から15mから20mで攻撃することを心がけて。今回はTa910君のアイテムの事もあるからTa910君のみ特に何もしないでいい。ただ死なない事だけを考えて欲しい。」
「そういえば今回ヒーラーの数足りてる?」
不意にセフィラは聞いてきた。
「普通なら二人程度で済むけど、念の為今回だけ3人必要ね。舞姫とさっき連絡取れたトマト野郎。あとMiyoちゃんね。」
と、軽くハイデンは説明した。トマト野郎というのが少し気になるが今は置いておこう。
「一応確認だけど、龍のHPは170万ぐらいあるからね。こっちがフルメンツでも軽く20分は掛かる。攻撃パターンは3つ。1つ目は範囲ノックバック。これについてはすぐ定位置に戻れば問題無い。2つ目はブレス。ここについては装備が皆整ってるから大丈夫だけど、Ta910君とMiyoちゃんにヒールを厚くして欲しい。この2つは特に面倒じゃない。問題はHP30万を切ったら使ってくる技ね。」
「最後に龍が飛んで空から『スターダストミラー』というスキルを撃ってくる。これは範囲で10秒間攻撃が続いて、飛び終えた後から30秒間、魔法攻撃が効かなくなる。正直これが一番キツくて幾ら慣れてる俺達でもミスったら全滅はする。もちろん対策法はあるからよく聞いておいてね。」
星の龍なのに何故「ミラー」が付くのかは謎だが、案外味方を回復するヒーラーという役が重要らしい。
「技の発動には10秒ぐらい隙がある。その間に全員エリアの端っこに移動する。これだけでOK!遅れたらもちろん死ぬと思う。」
「本当これ無茶苦茶だよなあ...」
「これしか無いからね...仕方ないね。」
ゴリ押しにも近い作戦に鈴木はツッコミを入れた。
「龍が使う技についてはこれで終わり。後は皆の削り次第。明日休日だしメンバーも多分揃うだろ。ここまででわからんことある?」
「攻撃しない僕はどうしたら...」
「確かに攻撃して削り速いほうが良いんだけど正直、龍の討伐云々よりアイテムの方がめちゃくちゃ気になるんだよねえ。さっきも言ったように、ただ死なないように立ちまわって欲しい。まあちゃんと動いてればレベル19でも死なんだろう。」
「ほんじゃ明日は久しぶりにフルメンツだね。ということで明日の19時にクランハウスの前に全員集合。あい解散!」
「あいよー」
「おっつおっつ!」
「お疲れ様でしたー」
ハイデンの合図に続き、鈴木、セフィラそして僕は明日の討伐の為、それぞれ準備に取り掛かった。
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砕け散った部屋の中に男は居た。
砕け散った部屋の中で男は語りかけた。
「あのプレイヤーなら上手くやってくれるだろうか。」
誰もいない。けど、誰かにきっと届くのかもしれない。
「まだ...始まったばかりだ。」
砕け散った部屋を後にし、男は何処かへ消えた。
遅れてすまぬ...