第一章 〜貧乏姫の戦争〜(5)
貧乏姫の戦争(5)
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俺は、キリアとの特訓の中を抜け出して、ファラ姉妹の家に遊びに行くのが日課になっていた。
もちろん、ファラに会いたいという下心満載である。
キリアはいくら美人でも、組手中に何度もあの「イイ笑顔」でボコられれば、そんな気持ちも何もかもが萎えてしまう。
恐らく生半可な男では、キリアの恋愛相手を務めるどころか、指一本触れることすら叶わないだろう。
もしもキリアが唯一の後継者なら、将来この国は、婿探しに苦労するはずだ。
ただ、俺がのんびりとトレーニングと逢引(?)を繰り返している間も、この国の戦争はひっそりと進んでいたらしい。
帝国の兵士の目撃情報が頻繁に聞かれ始め、最近では森から、赤い色のついた兜や鎧、鉄の剣などが運び込まれている。
兜や鎧の中身がどうなったかは、とてもじゃないが怖くて聞けないが。
それでも、この国の人達は「いやあ、鉄が増えて助かるなぁ」と、嬉々として鋳潰して農具に変えていた。
恐るべし辺境の民族である。
普通は、敵の装備を奪って、自国の装備を充実させるのでは……?
充実するのは鋤や鍬と言った農具ばかりである。
◇
ある朝、寝ぼけたまま宙を漂うアヴェルの手を引いたまま食堂に入ると、キリアと爺さんが、深刻そうな顔で話し合いをしていた。
「キリア、爺さんおはよう。朝っぱらから、何かあったのか?」
「ミナト様、おはようございます」
「ああ、ミナト様。おはようございます。いえ、遂に帝国の偵察部隊が、森を抜けるルートを発見したらしく、最近は国民から生きた帝国兵の発見報告が急増してきているのです」
さりげなく、「生きた」と強調されているところに、恐怖を感じる。
「え、じゃあ……」
「はい。いよいよ、本格的な戦となりましょう」
「ええええ!?た、大変じゃないか!?すぐに避難しないと!?」
「避難と申されましても、我々は逃げるところはありません。この国と国民を守る義務があります」
キリアの気迫のこもった表情と口調に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「……勝てるんだ?」
「戦いに絶対と言う言葉はありませんが、負けるつもりはありませんよ」
「ただ、帝国は一個大隊で一万人規模の兵力を動かせるそうですが、我が国は城を守る近衛兵以外は、全て民兵でその数は千にも届きません。決して楽観視はできないでしょう」
「いやいやいや、一万対一千で十倍じゃん……。楽観視どころか絶望的じゃないか」
何故か、余裕な飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない爺さんに、俺は呆れてしまったが、横のキリアもさも当然と言った様子で頷いているので、こいつらは本気で十倍の兵力で迎え撃てると思っているらしい。
古来より、防衛戦の方が有利とは言うものの、この国の城の周りにちょっとした壁がある以外に、あとは何もない。
しかも、鉄を全て農耕具や調理器具等に使っていると明言していたので、武器も鎧も無いのだろう。
まだ見たことは無いが、きっと帝国の方が装備も充実しているはずだ。
うん、どう考えても勝てる道理は無い。
……さて、逃げる用意でもするかな。
俺がひっそりと逃亡を決意していると、部屋に一人の男が転がり込んできた。
「ひ、姫様!大変です!て、帝国兵が……」
「どうしました?落ち着きなさい。帝国が攻めてくる事は、前からわかっていた事でしょう」
「ち、違うんです!帝国の奴ら、巨人蜘蛛の巣を壊したらしくて……」
「何だと!?」
「何ですって!?場所は!?」
「北の森です!」
男の報告を聞いた、二人は血相を変え、男と共にすぐさま食堂を飛び出していった。
「え?ど、どうしたんだ?」
残された俺は、思わずアヴェルを見た。
「ふぁ……巨人蜘蛛か、厄介じゃの。星数は精々三ツ星程度じゃが、何ぶん数が多いからの」
「多いったって……しょせん、蜘蛛だろ?凄い毒でもあるのか?」
「毒はそれほどでもないが、一匹一匹が成人した人間大の大きさがあるからの。しかも、巣には子蜘蛛を含めれば、最低でも百は居るじゃろうし……」
「おいおいおい、そんな蜘蛛がいるのかよ……非現実的にも程があるだろう……って、さっきの奴なんて言ってた!?」
そこで、俺は、先ほどの報告に来た男の言葉を思い出した。
「北って言ってたよな!?やばいっ!!」
「お、おい!ミナト!お主が行ってもできることは何もないのじゃぞ!?」
俺はアヴェルの制止を振り切って、キリア達に続いて食堂を飛び出した。
◇
「ミナト!落ち着け!カードの一枚も無いお主じゃ、行っても何もできんぞ!?」
「そんなの、行ってみないとわからないだろ!」
キリアとの特訓で基礎体力も向上し、俺は日本にいた頃よりも遥かに早いスピードで、北に延びる農道を駆けた。
北の最も森に近い家に、ファラ姉妹の家がある事を思い出したからだ。
あの絵に描いたような暖かな団欒が、化け物蜘蛛に食い散らかされる、そんな想像をしてしまえば居ても立っても居られなくなってしまった。
昔から、誰かが困っていれば手を出さずにはいられない質だった。
ナギには、事あるごとに「お節介は程々にしろ」と怒られていたが、これが自分の性分なのだろう。
ナギも、最近では説教するのもあきらめている様子だった。
「それにしても、あいつら脚早いな!?」
「魔法カードを使ってるのじゃろう!むしろ、ミナトは魔法も無いのに早いな!?」
ほんのわずかなタイムラグしか無かったと思ったが、既にキリア達の背は遥か向こうに見える。
その背を全力疾走で追いかける、俺の横をアヴェルが飛んで並走していた。
「見えたっ!」
走ること約10分、やっと見えたファラ姉妹の家からは黒い煙が上がっている。
そして、その家を囲むように、見たこともないサイズの大きな蜘蛛がわさわさと群がっている。
「気持ち悪いな!」
その蜘蛛を相手に、鋤や鍬と言った農具で、数名が応戦している。
……農具活躍してんじゃん。
その中に、キリアや爺さんも交じっており、その二人の周囲の蜘蛛は、冗談の様に宙に投げとされたり、八本ある脚を吹き飛ばされたりしている。
「うん。確かに、俺の出番は無いな」
正直、一ヵ月近くも特訓したので、少しは戦争に参加できるんじゃないかと思っていたが、見積もりが甘すぎた。
蜘蛛の動きもさることながら、農家の皆さんの戦闘力が凄まじ過ぎる。
鋤で蜘蛛の脚を裂き、鍬で蜘蛛の頭を砕きと獅子奮迅の働きを見せているが、あれは明らかに農民の動きではないと思う。
前に、キリアがこの国の国民は全員何らかの戦闘技術を身に着けるのが必須だと言っていたが、本当の事だったのだろう。
「ん!?あれは、ファラとファナか!?」
いつの間にか、蜘蛛が数匹家の中に入り込んでしまったのだろう。
家の扉を破って、ファラとファナが転がり出て、更にその後を蜘蛛と格闘中の父親が出てきた。
「危ない!」
「お、おい、ミナト!?」
ファラの父親は武器を持っていなかったらしく、素手で蜘蛛を抑えていたが、そこは多勢に無勢。
「ぐ、ぐああああ!」
「お父さん!?」
「パパ!!」
娘達を守りながら、他の蜘蛛を抑えることは難しかったらしく、蜘蛛に左腕を噛まれてしまった。
「うおおおお!」
俺は、蜘蛛の群れの中に飛び込みむと、ファラの父親に噛み付いていた蜘蛛に体当たりをし、家の中に押し戻した。
「ミナトさん!?」
「いいから、家の戸を閉めろ!」
うわああああ、カッコつけたのはいいが、滅茶苦茶気持ち悪い!
俺の眼の前を、蜘蛛の顎ががちがちと噛みながら、八つの複眼で俺を睨み付けてくる。
硬い毛がびっしりと生えた、自分と同じぐらいのサイズの蜘蛛を見れば、なるほど正しく魔物であると納得できる。
ただ、現状はそんな事を考えている場合ではない。
「うわ、うわああああ!?」
当然にように、あっさりと蜘蛛に押し返され、俺の首筋に蜘蛛の牙が迫ってくる。
「ミナト!―-『闇之槍』!!」
だが、その牙が俺に刺さる前に、黒い槍が蜘蛛の頭部を砕いた。
「アヴェルか!?」
槍が飛んできた方向を見ると、アヴェルが金の魔法陣と共に、右手をこちらにかざしている。
おお、ちみっ子のくせにすごいカッコいいぞ!?
「ふっふっふ。大魔王アヴェル様の実力に驚いたか!」
「驚いた、驚いた!すごいぞ、アヴェル!」
「はっはっは、そうじゃろそうじゃろ!」
「ああ、すごいすごい。アヴェルは超すごい!だから、すごいついでに、この人の傷も治してくれ!」
調子に乗っているアヴェルの手を引き、床にのびているファラの父親の元へと連れていく。
傷は大した事無さそうだが、素人の俺が見てもわかるぐらい、真っ青で不味い顔色をしている。
「あー、その、ミナト……我はもう魔力が切れたのじゃ……」
「なっ……このタイミングで、まさかのガス欠か!?」
これだから、自称魔王は!
ファラの父親の回復をアヴェルに頼むが、どうやらもう頼りにはできないらしい。
「『治癒』のカードなら持っています!これで!これでお父さんを治してください!私も、もう魔法力が残っていないの……!」
俺も魔法の使い方なんてわからない。
だが、ファラは必死で俺の手に魔法のカードを押し付けてくる。
ただの紙切れ一枚に、物凄い重量を感じる。
「アヴェル!?」
「くっ、魔力が切れてしまえばカードがあっても、無理じゃ!……ええいっ、仕方がない!ミナト!お主がやるんじゃ!」
「えっ!?お、俺がやるのか……!?くそっ、やるしかないのか……折角の魔法なのに、夢も希望もあったもんじゃないな!」
確か、胸にカードをあて、カードの名前を呼ぶんだったっけ……
俺は右手に『治癒』のカードを持つと、胸にあてた。
「『治癒』!」
心臓が、ドクンと一つ跳ねた。
「ぐっ!?」
クロスケを捕まえた時よりも、激しい力が体中から抜けていく。
だが、それも一瞬ですぐに力のコントロールを掴むと、「ナニカ」がカードを通し、「チカラ」に変換されていくのを感じる。
効果は劇的だった。
ファラの父親の傷はみるみるうちに塞がり、顔色も血色を取り戻していく。
「お父さん!」
「パパ!」
父親が一命を取りとめた事を察した、ファラ姉妹は、父親にすがりついている。
よかった、と一息つきたい所だ。
だが、状況は決して安心できるような状況ではない。
この家の周りでは、未だ激しい戦闘音が響いており、家の周辺に置かれたバリケードもがたがたと激しい音が鳴っている。
「ミ、ミナト君、これを使いなさい……」
俺が厳しい顔で、家の外を睨んでいると、ファラの父親が一枚のカードを俺に突き出している。
「これは……!?」
カードには、『突風弾』の文字と、二つの星が描かれている。
『突風弾』風属性 ★★
【気圧の高低差を人為的に操作する事で、乱回転する気流を生み出し弾とする事ができる。ただし、生み出した気流に、魔力は余り付与されていない。】
「この国で、一番使われている、基礎的な、攻撃用の魔法カード、だ」
途切れ途切れでも、必死に言葉を繋ぐファラの父親が痛ましかった。
『治癒』で、毒を抜くことはできなかったようだ。
幸い毒性は弱いので、数週間大人しくしていれば死ぬような毒ではないらしいが、さすがにこの急場を切り抜けることはできそうもない。
「これを使って、娘達を、逃がして、欲しい……」
「それはいいが……お父さんはどうするんですか?」
「私は、足手まといに、なる。置いて、行きなさい」
「そんな!お父さん!?」
「娘を、頼む……!」
なんだ、この重い展開は!?
俺にどうしろって言うんだよ!
「ミナトさん!お願い!お父さんを助けて!」
ファラが必死の形相で、俺に掴みかかってくる。
幼いファナは、無言だが両目に限界まで涙を溜め込んで俺を見上げてきている。
「……」
任せろというのは簡単だ。
だが、俺にあの化け物蜘蛛を蹴散らすような真似はできそうにない。
「やべっ!」
しかし、悩んでいる時間もないようだ、バリケードの一部が勢いよく吹き飛び、気持ちの悪い蜘蛛の脚が、家の中に侵入してきた。




