第一章 ~貧乏姫の戦争~(10)
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「私が今回の軍の責任者カミラ・アルテシアだ。故あって、この地を占領する。無駄な争いはしたくない。大人しく降伏して欲しい」
黒鎧の軍隊の中で、更に黒眼黒髪を持った巨躯の男が、馬に乗ったまま前に出てきた。
森の中には、多数の弓を持った聖樹の森の民兵達が潜んでいるはずだが、それを気にもかけない態度が、雄弁に自分たちの優位をアピールしている。
だが、現実に続々と敵兵が集まりつつあり、騎馬だけでもざっくり約五百、その他の兵士立もいれれば五千は下らないだろう。
聖樹の森の人口がどの程度かわからないが、今まで暮らしてきた感触だと恐らく一万もいないのではないだろうか。
その半分が戦えたとしても、総兵力五千。
しかも、装備は皮か布の服、そして鋤と鍬だ。
うん。これは詰んだな。
ただでも、戦力に差があるのに、あの閃光のせいで初動でも完全に出遅れてしまったのだ。
さすがに、どうしようもないだろう。
「これだけの被害を出しておいて、争いをしたくないと言われても信じられません」
キリアもそれを悟ったのか、一人でカミラと名乗った馬上の男の前に出てきた。
いつもの水色のドレスや金髪に、緑色の葉っぱが乗っている。
……すごい派手だけど、どうやって森に隠れていたんだ?
「先ほどの兵達の暴挙については、素直に詫びよう。どうやら俺の隊にも、蟲が紛れ込んでいたらしい。今後の待遇改善の材料にしてもらってもいい」
「……どうやら、貴方は先ほどまでの連中はとは違うようね」
「ゴート帝国の名に懸けて、恥を雪ごう。それで、投降はしてもらえるのかな?」
黒鎧の表情はこちらが抵抗するとは、一片たりとも疑っていない様子だ。
「断ると言ったら?」
「残念ながら、鎮圧戦を行わなければならない。無暗な殺生は私の好むところではないが、これも戦だ。其方に無駄な死人が出る事は避けられないだろう」
脅しでさえない、確固たる事実として語られる『死』。
あまりにも、「ソレ」が当然のように語られる事が、ただたた胸糞悪い。
だが、俺の力は余りにも無力だ。
たかだが魔法カードを十数枚手に入れただけで喜んでいた、さっきまでの自分を全力でぶん殴ってやりたい。
「わかったわ。ただし、我が国の民に一人でも傷をつけたら、この命を賭しても貴方の首を落としてみせます。そのつもりでいて下さい」
「貴様!カミラ将軍に……」
「よい!……貴女の覚悟、見事なり。お名前を伺っても?」
「聖樹の国、次期女王キリア・エウドラよ。人質が必要でしょう?私を捉えれば、誰も抵抗しないわ。連れて行きなさい」
「ふむ。やはり王族でありましたか。それでいながら、堂々とした威風。ますます見事ですな」
確かに、腕を組み仁王立ちするキリアの姿は、まさに王族としての威厳に満ちていた。
ここで無意味に震えているだけの、惨めな俺と何と違うことか。
俺はうなだれ、拘束されようとするキリアを見た。
ここで眼を逸らせば、本当にただの負け犬になってしまうと思ったからだ。
だが、俺はそこで見てはいけないものを見てしまった。
「キリア、待て!」
キリアは、震えていた。
王族としてのキリアでも、俺をぼこぼこにしていた強い武人としてのキリアとしてでも無く、ただ一人の女の子として恐怖と悔しさに震えていたのだ。
当たり前だ。
いきなり攻めてきた男達の集団に、ただ一人女の子が拉致されるのだ。
怖くないわけがない。
「ミナト様?すいません。貴方を国に帰すって約束を守れそうにありません。カミラ将軍……彼は、この国の民ではありません。見逃してもらえますね?」
「……いいでしょう。一人逃したところでどうにかなるものでもありませんし」
「だから、待てって言ってるだろ!」
俺は、イライラしていた。
どいつもこいつも、俺を無視して話を決めやがって。
「誰が、キリアを連れて行っていいって言った?」
「ミナト様!?何を言ってるんですか!?やめて下さい!私はいいんです!これは戦争なんです!貴方が邪魔になれば、こいつらは貴方を実力で排除することに何の躊躇も持ちません!」
キリアは必死に俺を止めようとするが、関係ない。
胸の辺りがざわざわとするんだ。
俺が、震える女の子を、見捨てる?
助けられない?無力だから?
ミステル?
ダレモ、タスケラレナイ……
ソウ、アノトキノヨウニ……
「ふざけるなああああ!俺は認めない!貴様ら!キリアを連れて行きたかったら、俺を殺していけ!」
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!
心臓が、激しく鼓動を打ち、血と共に流れるナニカが、俺の思考を食い潰さんばかりに赤い怒りに染める。
「ミナト様!?馬鹿な事を言わないで!彼らは本気なのよ!?」
「小僧。その気概は買うが、あきらめろ。お前に何ができる」
ここで、初めてカミラが俺を見た。
日本人のような黒い眼と黒い髪だが、その表情は現代日本では見たことがない、生き死にの遣り取りを経験した武人の顔だ。
その顔が、無機質な中にも優しさと少しばかりの哀れみを込めた眼で、俺を見つめてくる。
「カミラ様、ここは我々が抑えますので、このまま城に……」
だが、俺は連中からただの無害な一般市民だと思われたらしい。
カミラの手を煩わせるまでもないと、銀髪の男が前に出た。
「ハインツ。その男は、この俺とその軍勢を前に一歩も退かなかった丈夫だ。丁重に扱え」
「はっ!何人か来い。この男を抑えるぞ、決して無駄な怪我をさせるなよ」
「だから……」
どいつもこいつも、俺を舐めている。
当たり前か。
俺はちっぽけだ。
でも、俺の懐には「でっかい」のがいるんだぜ?
「だから……キリアを連れて行きたかったら、俺を殺していけと言っているだろ!?『召喚、女王巨人蜘蛛』!!!」
「なにぃぃぃぃ!?」
俺は、暴れる心臓を右手で抑え、地面に叩きつけた。
◇
俺を中心に半径数百メートルの金色の円が描かれる。
円は同じく金色の粉を撒き散らしながら、渦を巻き、不可思議な文字を円の中に紡いでいく。
「ば、馬鹿な……!」
「報告は本当だったのか……」
「本当に一人で召喚したっていうの!?」
俺の眼下には、驚くキリアやカミラ、そして先ほどの銀髪の男。
そして黒鎧の連中はもちろん、森の中から隠れていた弓兵達まで出てきて驚愕の表情を浮かべている。
「マリア。頼んだよ」
《R゛R゛オ任セ下サイ》
俺が、女王巨人蜘蛛に付けた名前は「マリア」。
女王と聞いて、何となく浮かんだ名前がマリアだった。
ちなみに、命名の瞬間を傍で聞いていたクロスケからは、珍しく不機嫌な気配が伝わってきた。
もしかして、クロスケも洋風な名前が良かったのだろうか。
「RRRR!」
「RRRR!」
俺が考え事をしている間にも、マリアはスキル『仔蜘蛛増殖』で、次から次へと仔蜘蛛を生み出している。
ただし、仔蜘蛛と言っても例の巨人蜘蛛だ。
一匹一匹が人間大のサイズで、しかも只の蜘蛛ではなく立派な魔物である。
これはどうやら、物理的に仔蜘蛛を産んでいるのではなく、魔力で作り出す使い魔的な存在らしく、地面から小さめの召喚陣と共に夥しい数が湧いてくる。
「うわぁ……」
マリアの頭上から見ている分には、気持ち悪いなぁという感想で済むが、下はちょっとした地獄絵図である。
「ぎゃああああ!」
「腕が!俺の腕があああ!」
「落ち着け!隊列を乱すな!魔法兵を優先で援護……うわっ、うわあああ!?」
仔蜘蛛一匹でちょうど黒鎧一人と同じぐらいの戦闘力のようだ。
ただ、仔蜘蛛達は死を恐れず、がむしゃらに特攻を繰り返すし、敵味方関係無しに踏み越えて敵の陣を掻き乱すので、黒鎧達は連携が取れず四苦八苦しているようだ。
更に、その合間を縫うように森から矢が放たれ、次々と帝国兵が沈んでいく。
「召喚『火燕剣』」!」
カミラが胸に右手を当てた後、天に向かって一枚のカードを掲げると、彼の手に一本の長剣が現れた。
「ハインツっ!一般兵共を下げろ!盾持ちは殿だ!魔法兵は火属性を優先で撃ちながら下がれ!」
その剣で一騎当千の働きを見せ、縦横無尽に戦地を駆ける。
どうやら、味方の救助を優先に動いているらしい。
ばっさばっさと、あの巨大な蜘蛛を一太刀で両断する腕もすごいが、あの剣もさすが魔法の世界の剣だった。
攻撃を振るうたびに、剣から火が出ているのだ。
その火と斬撃の効果が合わさり、蜘蛛達を軽々と屠っているのだろう。
あんな素敵な代物は間違いなく、産まれて初めて見たはずだが、剣の中心に埋め込まれた真っ赤な宝石にどこか見覚えがある気がする。
「退けっ!退けぇ!カミラ様の邪魔になるぞ!!」
銀髪が、槍を振り回しながら絶叫している。
しかし、退却理由が、あの黒髪の邪魔になるからだと?
あいつ、あれだけ無双してやがるのにまだ全力じゃないのか。
「術者は、私が仕留めます!」
「ハインツ!無理はするなよ!」
しかも、今度は直接俺を狙う気らしい。
波打つように地を這う蜘蛛の群れを、蝗のような跳躍でかわしつつ、銀髪の男が、俺に向かって飛びかかって来た。
「うおっ!?『突風弾』!」
「疾っ!」
黒い鎧ではなく、肩と胸を守る程度の軽装だったため、一撃当てれば容易く落とせると思ったが、甘かった。
槍で簡単に俺の魔法を弾くと、マリアの脚を台にして更なる跳躍を行う。
「こんな化け物の召喚を維持しながら、更に魔法を撃つとは……貴様を甘く見れば、我々が痛い目をみそうだ。悪いが腕一本はもらうぞ!」
「しまっ……!」
マリアの頭上が、唯一仔蜘蛛達がいない死角になっている。
《サセルカ!『落石』!》
「甘いっ!」
マリアが俺のフォローをするために、石を落とす魔法を放ってくれたが、それも槍の一閃で払われた。
(こいつ、強いな!?)
キリアにしごかれた俺の動体視力でも、槍の動きが全く見えなかった。
「『防御強化』五枚!」
俺は回避をあきらめ全力で防御に回ったが、ハインツの槍は、『防御強化』の魔法の白い幕を貫き、俺の左腕を抉った。
「ぐっ、があああああ!いってええええ!」
「ミナト様!?」
「ぬぅっ!?逸らされたか!やはり、凄まじい魔力だ!」
だくだくと流血が流れ、マリアの甲殻を血に濡らしていく。
《ゴ主人様!申シ訳ゴザイマセン!!》
「ぐっ……大丈夫だ!『治癒』!」
マリアから謝罪の念が伝わってくるが、これは俺のせいだろう。
女王巨人蜘蛛という強大な戦力の上にいるからと、正直油断していた。
まさか、アパート並みのサイズがあるマリアの上に、ジャンプで登ってくる人間がいるとは思っていなかったのだ。
「っ……!」
血を流し過ぎたのか、それとも痛みに弱いのか、たかが今の一撃で俺の顔は脂汗まみれだ。
『治癒』で血は止まったが、えぐれた肉は戻らないらしく、少しでも気を緩めればあっさりと意識を手放してしまいそうだ。
「ぬっ、まだ戦えるか!抵抗すれば、傷が増えるぞ!」
ハインツは、時々放たれるマリアの魔法を躱しながら、再度俺に襲い掛かて来た。
「ちっ……!」
体を硬直させ、再度の痛みに身構えたが、その槍は俺に届かなかった。
「やらせない!」
「キリア!」
今まで急展開に戸惑い動きを止めていたキリアが、ハインツ同様に数回のジャンプでマリアの頭上まで上がり、ハインツに対峙した。
「姫様は、大人しく捕虜になるのではなかったのですかな?」
「ふっ、弟子が師匠のために、ここまで頑張ってくれているのです。私が簡単にあきらめるわけにはいかないでしょう?」
さっきまでの怯えた様子はどこにもない。
いつものキリアの「イイ笑顔」だ。
いや、いつもよりも更に獰猛な深い笑みを浮かべている。
「ミナト様。申し訳ありませんが、この獲物は私が頂きますわ」
「ど、どうぞ……」
ちなみに、俺は必死にしがみついているので分かり辛いと思うが、別に女王巨人蜘蛛は停止しているわけではない。
仔蜘蛛を掻い潜りながら、時々思い出したように剣を向けてくるカミラに対応するため、かなり激しく動き回っているのだ。
その状況下で、キリアとハインツはこの調子で会話をしているのである。
正直、俺からすればこれだけで、こいつらも十分化け物である。
黒鎧が減るにつれ、森から撃たれる矢の数がカミラに集中し出しているのに、むしろ少しずつではあるが、仔蜘蛛の数が減らされている。
どうやら本当に、さっきまでの動きが全力ではなかったらしい。
下のカミラも十分以上に化け物だ。
「ちぃぃぃぃ!複合魔法『武器強化』、『水の槍』、千本槍!」
どうやら、カミラの方ばかりに注目している場合でも無いようだ。
ハインツが使う魔法は、自分の槍に合わせた魔法らしい。
以前、キリアが見せた大木を折った魔法のようなものだと思う。
ハインツが槍を突き出すと、それに合わせて水でできた槍が数本から十本程も飛び出し、キリアを貫こうとする。
「複合魔法『防御強化』、『鎧強化』、竜翼!」
対してキリアは、ハインツの槍も水の槍も、全てスカートの布地ではたき落としていく。
そんな激しいスカートの使い方をすれば、脚が見えるぞ……と、思っていた本当に見えた。
おお、いい脚だ。とか思ってる場合じゃないな。
あ、でも今ので痛みが少し和らいだ気がする。
男とはかくも単純な生き物である。
「『速度強化』!」
「複合魔法『武器強化』、『攻撃強化』、竜爪!」
ハインツの高速の連続突きを、キリアが両手を叩きつけ、攻撃の芯をそらしてしまう。
がいんがいんと、どう聞いても素手と金属がぶつかっていると思えない甲高い音が周囲に響いている。
「無駄だ!素手で俺の槍は越えられんぞ!」
ハインツは、キリアの抵抗を挫こうと自身の槍の強さをアピールするが、キリアはそれを無視し、ひたすら槍を叩き落としていく。
「はあああ!あきらめろ!複合魔法をそんなに連発すれば、魔力が持つわけなかろう!」
「……!」
ハインツの声を無視し、ひたすら腕を振るうキリア。
このまま、キリアの魔力か体力が切れた時が最後かと思った、その時だった。
「なんだとっ!?」
びしりと音を立てて、、ハインツの槍にヒビが入り砕け散ったのだ。
「ふーっ、やっと折れましたか。かなり良い槍でしたね」
もったいない。と、ぼそりとキリアの声が聞こえた気がした。
「ば、馬鹿な!俺の槍はミスリル合金だぞ!?いくら魔法を使っても素手で折れるものか!」
「はっ、馬鹿はそちらです。いくらミスリル合金とはいえ、使い手が三流では只の棒ですわ」
キリアが本当に馬鹿にするように、冷たい笑みを浮かべ、ハインツを見下している。
「く、くそおおお!」
ハインツは、穂先が砕けた槍を構えたが、さすがにこの状態でキリアに立ち向かおうとは思えなかったらしい。
「『武器強化』……ちぇあ!」
「うおっ!危なっ……クロスケありがとう」
やけくそ気味に、槍の残りを俺に投げつけ、ハインツはマリアの頭上から飛び降りた。
クロスケが咄嗟に影から飛び出してくれなかったら、思いっきり俺の頭に当たるところだった。
しかも、あいつさりげく、『武器強化』まで使っていきやがった。
「キリアもありがとう。助かったよ」
「いえ、ミナト様お礼を言うのは私の方ですわ……でも、それもまだ時期尚早みたいですね」
「え?」
一難去って……と言うか、そもそも、最初から一番の問題はあいつだったっけ。
キリアとハインツの戦いがあまりにも激しかったので、すっかり忘れるところだった。
「げ……マジか……」
キリアが無言で指差した、地面を見れば、夥しい数の仔蜘蛛死骸の上に立ったカミラが、燃え盛る剣を構え、こちらに鋭い眼光を飛ばしていた。




