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4月22日 古書の香り

「ぐぬぬ……」



紙をくしゃり、と握りしめた。

一時間目からずっと、何か思い浮かんだら直ぐに書きだそうって心に決めていたが、掃除が終わって下校時刻が迫っても紙は白いままだ。

無理、作詞何て絶対に無理。文字通り、何にも言葉が浮かんでこない。だいたい、常に赤点周辺を浮遊していた程度の学力しかないのに、作詞何てできるはずがないではないか。



「あれ、どうかしたの?」



明るい声が上から降ってくる。

見上げてみれば、ショートカットの同級生が覗き込んでいた。

確か――武藤千佳。あれ、名字が変わって中島千佳になったんだっけ?色々ごたごたしていた時期だったので、少し思い出せない。



「何か悩み事?」

「う、うん。ちょっと考えが纏まらなくて」



荷物を慌ただしく片づけながら、曖昧な笑みを向けた。

アイドルをやってることは、あまり知られたくなかった。日本一を目指す以上、最終的には誰もが知っている存在になるわけだが、何というか―――今はまだ恥ずかしい気持ちが勝っている。



「考えが纏まらない?」



きょとん、と首をかしげる。

私は千佳から顔をそむけながら、



「そうなんだ」



とだけ返した。

さっさと教室を出よう。夕暮れ色に染まりつつある教室から、逃げるように出ていく。そんな私の背中に、千佳が言葉を投げかけた。



「何で悩んでいるのか分からないけど、外歩いているだけで案外考えは纏まるものだよー」



振り返る。

千佳は無邪気な笑顔で、私を見送っていた。

千佳に軽く手を振り返し、下駄箱に走り出す。空模様は、いつの間にか雨。雨の町へと繰り出す。千佳が教えてくれたみたいに、妙案が浮かぶことを祈って――



「……良い詩、良い詩、何かネタ無いかな?」



ぼんやり街を歩く。

傘が雨を弾く。滴を跳ねる春の町に、ゆっくり考えを巡らせる。

こうして歩いているだけでも考えが浮かんできそうなのに、まったく妙案が出てこない。私は、大きくため息を吐いた。



「はぁ――どうしたらいいんだろう」



千佳には悪いが、私は思い浮かべることが出来なかったみたいだ。

今日は諦めて、商店街で何か食べ物買って帰ろう。

そんなことを考えていた矢先、ふと古本屋が目についた。記憶が正しければ、去年の夏頃に開店したばかりの店。だけど、一度も入ったことが無い。そこまで本に興味なかったし。



「そうだ!」



私は、ぽんっと手を叩いた。

本を買うだけの金はないけど、古い詩集でも買って作詞の勉強をしよう。

そうと決めたら、すぐに行動だ。そっと扉を開き、中に入る。すると、乾いた本の香りが鼻孔をくすぐった。本なんて読まないのに、焦るばかりの心がホッと落ち着く。



「いらっしゃい」



優しそうなお爺さんが、声をかけてきた。

私は軽く頭を下げ、高く積まれた本を見上げる。

ずらりと並べられた文字を見ているだけで、頭が痛くなりそうだ。棚の間を歩きながら、良さそうな詩集を探す。



「げ、これ全部詩集?」



見たことの無いタイトルが勢ぞろいしているコーナーに辿り着いた途端、声を漏らしてしまった。下に「詩集」ってついているから、どれもこれも全て詩集なのだろうけど――1つの棚を詩集が占領している。どれを選べばいいのか、まったく分からない。ためしに1つ、目についた一冊を手に取ってみる。細かい字で色々書かれていて、眼が拒否反応をしめしそうだ。私はため息をついて、本棚に戻した。詩集を指でなぞりながら、どれを選んだらいいかと探っていく。せっかく治まったと思っていたのに、再び焦る気持ちだけが増していく。



「お嬢さん、何かお探しですか?」



気がつくと、店長が隣に立っていた。

人の良さそうな笑みを浮かべている。お人好しな店長は、私の指先を辿り何かわかったように頷いた。



「詩集ですか?

宮沢賢治や中原中也の詩集は、印象が強く残りますよ。外国の方をお探しなら、ゲーテやハイネがお勧めですね。何か希望はありますか?」

「希望、ですか?」



眼が泳いでしまう。

希望なんてない。国語の授業は、ほとんど上の空だったし――センスとか印象とかも何もわからないのだ。私は、仕方なく



「えっと、入門みたいな詩集が良いです」

「入門?」

「はい。ちょっと作詞をしなくちゃいけなくなっちゃって――その勉強に」



そう言うしかなかった。

此方から選べないのであれば、本のスペシャリストに尋ねるしかない。

縋るような気持ちで、店長を見つめた。店長の老人は少し考えた様に顎に手を当て、そして表情を緩めた。



「それでしたら、私が勧めるのは、おこがましいかもしれませんね」

「えっ?」



雨の音だけが、薄暗い店内に響き渡る。

店長の言葉の意図がよく分からない。出来ないからこそ、世に出た詩集から色々と学び取り、勉強することが大事なのではないだろうか。私が考えを巡らせていると、店長は幾冊かの本を手に取った。



「これは、喫茶店時代に聞いたお客さんの受け売りですけどね――

誰かに伝えたい気持ちを、紙面に落としていく。これが、作詞というものだと」

「伝えたい、気持ち?」



私の伝えたい気持ち。



「韻の踏み方とか、最初は細かいところまで考えなくていい。

まずは、誰かに伝えると思って、書き出すのが大切なんじゃないかな?」

「誰かに伝える?」



私の伝えたい気持ちって、何?

私がアイドルになって伝えたいこと。

私は――私は――何を伝えたい?

古書の香りに囲まれながら、気持ちがストンッと落ちていく。嵌らなかったピースが嵌ったように、焦っていた気持ちが落ち着いた。



「ありがとうございます、店長さん!」



私は鞄を攫むと、そのまま外に飛び出した。

水溜りを盛大に踏みながら、家に向かって駆け出す。

自分の伝えたいことって、何だか分からない。でも――何とかなりそうな気がする。

それこそ、阿佐ヶ谷がよく言う根拠のない自信かもしれない。いや、根拠のない自信だ。だけど――自分の気持ちを紙面に吐き出して、精一杯唄おう。



グループ名の通り、「アクセル」全力で進んでいけばいい。

これが、今の私に出来ること。

そして、今の私が―――一番大切にしたいこと。












だが、この時は忘れていた。

7曲も作り上げないといけない、という事実ことを。

机に向き合ったとき、その事実を思いだし―――再び頭を抱えることになるのだった。




とにあさんから、中島千佳ちゃんを

蓮城さんから、皇さんをお借りしました。

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