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4月26日 夏色



URONAレコード。

うろな町の中心部にビルを構え、細々と経営している。

ヒット曲に恵まれず、CD売上4000枚突破で大喜びしているような小さな会社だ。

この不景気の世の中では、いつ潰れてもおかしくはない。現に、危機的なまでに経営は傾いていた。


「だからワシは、アクセルに賭けたというのに!!」



代々木社長は、がんっと机を叩く。

度重なる不祥事。次々と辞めていく職員。唯一残った――さして可愛くもないアイドルに一縷の望みを託し、アイドル事情に詳しいと聞く少年をアルバイト兼マネージャーとして迎え入れた。しかし――その人事は、果たして正しかったのだろうか?

ひりりと痛む拳を擦りながら、大きなため息をついた。



「やりましたよ、社長!!」



悩みの種が、扉を突き破る様に入ってきた。

左腕の痛々しいまでに白い包帯が目立つ阿佐ヶ谷修也は、まるで怪我をしているとは感じさせない笑顔だった。しかし、この眩いばかりの笑顔に騙されてはいけない。代々木社長は苦い顔を崩さずに、阿佐ヶ谷を睨みつけた。



「どうしたのかね、阿佐ヶ谷君」

「見てください、契約取ってきました!!」



右手に握りしめた紙を、社長机の前に広げる。

代々木社長は、慎重に――どこか恐々と文字を読み上げた。



「なになに――全国ネットで7月放送開始の深夜アニメ――」

「『アヤカシ博覧会』の主題歌とのタイアップ候補まで漕ぎ着けましたよ!!」



どこか得意げに、阿佐ヶ谷は目を輝かせる。気のせいか、代々木社長の眼には、阿佐ヶ谷が尻尾を揺らすように視えてしまった。代々木社長の周りに悪雲が漂うことに、気がついていないのか――阿佐ヶ谷は話し続けた。



「アニメの内容は分かりませんでしたが、これでアニメ方面のファンも釣り上げられるかと――」

「馬鹿野郎が、小童が!!」



代々木社長の声が、ビルを震わす。

ここでようやく、阿佐ヶ谷は口を閉ざした。しかし、何故怒られたのかが分からないらしい。少し首をひねって、やや不満げな表情を浮かべていた。



「阿佐ヶ谷……タイアップというのはな、数十曲の候補の内から、1つ選び出すものだぞ?」

「はい、だから期限までに音源を提出しろって――」



やはりな、と代々木社長は頭を落とした。

タイアップ候補ということは、他にもタイアップする可能性のある曲が用意されているというわけだ。これまでも、タイアップ候補にまで漕ぎ着けたことは幾度かある。しかし、URONAレコードよりも大きな会社がタイアップ権を獲得。いつしか、URONAレコードの名前は忘れられていくことになったのだった……。栄光を見ることなく潰えて行った夢を瞼の裏に描きながら、子どもに言い聞かせるように口を開いた。



「我が社には力が無い。だからこそ、アイドルの質で勝負しなければならないのだよ?」

「分かってますよ。大丈夫、飯田は日本一のアイドルですから!!」



その根拠のない自信は、何処からくるのだろうか。

お世辞にも歌も踊りもたいして上手くなく、特別に可愛いとは言い切れない飯田夏音を『日本一』にするなんて、夢が大きすぎて卒倒しそうだ。せめて、武道館ライブが行われるようなアイドルにするくらいなら「良い夢だね」と応援できたものの……。代々木社長は、疲れた様に目を閉じた。



「しかし、作曲家は捕まえたのかな?作詞の調子はどうなっているのかね?」

「問題ありません!今、何人かと交渉中です」

「だから、その交渉はいつ終わるんだ?」

「今週中には終わらせます!!」



作曲家だって、そう簡単に曲が思い浮かぶわけではない。

曲が出来上がり、PVを撮影し、特典映像を作るとなると――タイアップどころか7月のメジャーデビューに間に合わない。明るい未来が、全く見えなかった。



「すべては、飯田夏音に託すしかない」



彼女が作詞の才能を発揮し、7曲の詩を今週中に仕上げなければ――全ての計画が崩れ落ちる。もちろん、そのことは飯田夏音にもわかっているだろう。出来れば、それでよい。出来なければ、そこまで。アイドルの世界とは、非情な上に成り立っているのだ。



「……少なくとも連休前に仕上げろ、いいな?」

「はっ!!」



まるで軍隊の様に返事をすると、阿佐ヶ谷は去って行った。

1人部屋の残された代々木社長は、ぼんやりと空を見上げる。そして、ポツリとつぶやいた。



「この会社も――ワシで最後だろうな」























「あー、駄目!」



どうやったって、思い浮かばない。

やっとの思いで、3つ絞り出してみたが、4つ目がどうしても思い浮かばなかった。

アイドルと言う夢に走り出す気持ちを歌った詩、少し前に遠くに行ってしまった先輩を思い出しながら書いた詩、桜の木の下でいちゃつくリア充に「爆発しろ!」という思いを込めて書き上げた詩。

だけど、他に何を書いたらいいのだろうか?



「発売日7月何だから、夏っぽい歌詞を書きたいんだけどな」



小さくため息を吐いて、ペンを置いた。

背もたれに寄りかかり、薄汚れた天井を見上げる。

今日は、これ以上――考えても何も思い浮かびそうにない。気晴らしに外にでも出て、考えを巡らしてみよう。ジャケットを羽織って、外に飛び出す。空を見上げてみても、太陽が視えない。灰色の雲が空を覆っている。まるで、私の心みたい。憂鬱な思いで、重い脚を動かす。気のせいか、眼下に流れる川まで鈍よりしているように見えてしまう。



「あー、灰色の川辺を歩くー……微妙かな?でも、その後、どうやって続ける?」



憂鬱な気分。

どうにかして、晴れさせないと――。気分転換に、どこか店にでも入ろう。

ふらりと方向転換する。商店街に迷い込むように入り込み、適当な店に吸い込まれる。



「あらあら、夏音ちゃん。久しぶりね」



優しそうな老婆の声。

そこでハッと目を開けた。駄菓子の懐かしい香りが、鼻をくすぐる。

奥田商店。近所の子どもたちのたまり場になっている駄菓子屋だ。私も、小学生の頃は先輩に引っ張られて来たものだ。高学年の頃から、なんとなく足が向かなくなって、それっきりだったけど。



「久し振り、奥田の婆ちゃん」



時間が早いからか、他に客はいなかった。

なんとなく駄菓子を選びながら、詩の内容を考える。小学校の時の思い出話でも、紙面に落とそうか?でも、なんだかピンとこなかった。少なくとも、夏らしくもなければ、アイドルの歌詞になりそうなわけでもない。良案は、相変わらず「0」だ。



「何か悩んでいるみたいだね、夏音ちゃん」



駄菓子から、顔を上げた。

奥田の婆ちゃんは、全てを見透かしたような目を向けてくる。

生き知恵とでもいうのだろうか。この老婆は、いつも確信をつくようなことを告げてくる。



「大した悩みじゃないですよ」



私は、追及を逃れるようにラムネ瓶を手に取った。

青色の瓶は、ひんやりと冷たくて、心地よく掌に収まった。



「はい、これ買います」



投げるように、1枚の硬貨を婆ちゃんの手に渡した。

寂しそうな青色をしたビー玉を力強く押し、蓋を開ける。しゅわりっと心地の良い音が、暗い店内に木霊した。



「アンタが小さい頃も、よく買ってたねぇ」



懐かしそうに、婆ちゃんは呟いた。

水滴が付いた冷たい瓶を、頬に押し付けられて。飛び上がらんばかりに驚いたんだっけ?

悪戯っぽく笑う先輩に怒りながらも、どことなく嬉しくて。同級生で仲の良い子なんていなかったから、私を見てくれる先輩が好きで好きでたまらなかったんだ。

まぁ……LOVEの好きじゃなくて、LIKEのほうだけど。



「そうですね」



今にも雨が降り出しそうな曇り空。

太陽なんて見えないし、心まで沈んだ気持ちにさせる。

だけれども――不思議。サイダーを飲むこの空間だけ、夏のように感じる。

しゅわり、と喉を伝う爽快な味は、懐かしくて寂しくて愛しくて。あの一瞬の―――先輩との思い出は輝いていて、涙が滲みそうになる。



「あぁ、そうだ」



最初に、私を連れ出してくれたのは先輩だった。

独りぼっちの私をひっぱり出して、夏を教えてくれたのは――間違いなく先輩だ。

私にとっての夏は、このサイダーの味。先輩と一緒に遊び回った小学生の頃。



「サイダーは、夏色だ」



やっと見つけた夏。

私はサイダーの瓶を握りしめ、気が付くと笑っていた。

夏色のサイダーを、アイドルの詩らしく書き上げよう。

小学生の思い出をそのまま描くわけにはいかないから、恋愛っぽく仕上げてみようか。

奥田商店を出ても、空は相変わらず厚ぼったい灰色の雲が覆っていた。

でも、私の心は不思議なくらい爽快だった。家に向かって走り出す。




今なら―――いい詩が書けそうな気がした。





三衣千月さんから、奥田の婆ちゃんをお借りしました。

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