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5月8日 夕暮れの音楽室

アイドルに必要なモノとは何か?

ある人は、踊りと答える。

また、ある人は可愛さだと答える。

だが、何と言っても大切なのは――歌唱力。

グループで唄うのであれば、1人くらい下手な子がいた方が盛り上がるものだ。だが、ソロアイドルはそうともいかない。

可愛くないのであれば、なおさら歌唱力が人気に直結してくる。いくら頑張って歌ったとしても、下手だったらソッポを向かれてしまう。

だから―――



「歌い方を教えてください!!」



私は勢いよく頭を下げた。

突然の問いかけに、先程までギターを奏でていた2人の先輩は、ぽかんと口を開けている。

当然の反応だろう。放課後の音楽室でギターを奏でていたら、いきなり見知らぬ後輩と思わしき女子生徒が飛び込んできて「歌い方を教えてください」と来たものだ。

普通、常識的に考えて驚くだろう。飛び込んでしまってから、後悔の二文字が頭を横切った。



「あっ……すみません。なんか調子に乗りました、ごめんなさい」



私は、ゆっくりと後ずさりする。

彼らは、ロックバンド「DQN’s」。腰まで伸びる金髪ポニーテールの美少女――のように見える男性:瀬島蒼龍と、無愛想な黒髪長身な美少年――に間違えられる大神義愛。蒼龍は2学年上の高校3年生、そして義愛は1学年上の高校2年生、正直――こうして無理やり押しかけなければ、接点なんてなかっただろう。




「いや、別にかまわないけど、君は誰?どうして、僕達に歌を教えてもらいたいって思ったの?」



蒼龍が、逃げるように出て行こうとする私を呼びとめる。

私は歩みを止めて、2人に向き合う。無謀なことだとは、分かっている。「DQN’s」の2人は、メジャーで通用する歌唱力や人気を誇りながらも、それでも大手と契約を結ばないのは、金で動きたくないからだと聞く。

歌を上手くなりたい理由を話したら―――断られてしまうかもしれない。

それでも――私には、これしか手が無いのだ。なけなしの勇気をかき集めて、私は思いっきり息を吸い込んだ。



「うろな高校1年生で新人アイドルの飯田夏音です。

う、歌を上手くなりたいんです。でも、どうしたらいいか分からなくて――私、どうしても歌上手くなりたいんです!!お願いします、歌い方を教えてください!!」



勢いよく頭を下げる。

心地良いような、安心するような、それでいて心に響く彼らの歌声に少しでも近づくことが出来れば、私の低い声も何とかなるような気がするのだ。一縷の望みに縋る様に、私は床の一点を睨みながら、拳を握りしめた。



「えっ、君!?アイドルなの!?」



蒼龍が驚く声が、聞こえてくる。

私は下を向いたまま、こくりと頷いた。それで、十分だった。



「うわー、本当にアイドルなんだ!凄いね、義愛、義愛!!」



そっと顔を上げてみる。蒼龍は、珍しいモノを視た様に、ぴょんぴょんと跳びはねていた。表情が明るい蒼龍とは正反対に、義愛の方は相変わらずの無表情のままだ。



「ねぇ、持ち歌を歌ってよ!」



蒼龍は、義愛の腕を引くと近くの椅子に腰を掛けた。

そして、興味津々な目で私を見上げてくる。私は戸惑ってしまった。確かに曲は仕上がったし、詩は自分で作り上げた。だから、歌えることには歌える。しかし――歌に自分がついていけないから困っているのだ。



「ほら、早く早く!」



興味津々というような眼差しに、私は根負けしてしまった。

携帯音楽プレイヤーの音量を最大に設定すると、大きく深呼吸をした。



「それでは、いきます――デビューソング『夏色サイダー』」



再生ボタンを押す。

夏らしいアップテンポな曲が、静かな音楽室に響き渡った。学校の授業とかカラオケではなく、“アイドル”として人前で歌うのは初めてだ。緊張で千切れそうな胸を抑えて、深く息を吸い込む。大丈夫――私は、いける。下手だけど、いや下手だから2人に教えてもらいたいけど、それでも――大惨事にはならないはずだ。

黙ってこちらを見つめる2人に向けて、私は口を開いた。



「頬にー冷たい瓶をー突然押しつけ 悪戯っぽく笑ってる」



声が出ない。

歌詞は同じ。曲と同じタイミングで、口から音が零れる。だけど、声じゃない。確実に歌じゃない。無理に出そうとしても、掠れる声に焦りが募る。



「夏色サイダー 2人で 走り出そうよ 今すぐ!

爽快な恋の味 飲み干したら――走り出そうよー!」



夏に芽生えた恋に、戸惑う感情が伝えきれない。

いや、それ以前の問題だ。私は、最後まで苦しそうな声しか出なかった。これでは、サイダーを無理やり飲まされて、失神する歌になってしまっている。

軽快な夏の曲が、むなしく音楽室に響き渡る。こうして曲だけ聞けば聞くほど、アイドルらしくて素晴らしい夏曲だ。つまるところ、私の歌が全てを台無しにしている。



「……」



次の曲が流れる前に停止ボタンを押した。

かちり、という音と、葬式のような空気が辺りを支配する。

私は沈黙を噛みしめ俯いた。2人は何も言わない。あまりにひどいから、何も言えないのだろうか。ついに耐えられなくなった私は、自ら沈黙を破った。



「ふ、腹式法をマスターすればいいってことは、分かるんですよ?

でも、ちょっとよく分からなくて――高い音が、どうしても出ないんです。高い音を出せないとか、下手以前の問題ですよね、あ、あはははは」

「いや、下手ではない」



可愛らしい声が、私の言葉を遮った。

男装の麗人である義愛は、まっすぐ透き通った目で私を見据える。最初に口を開くのは、てっきり話し上手な蒼龍の方かと思ったので、少し肝を抜かれてしまった。思わず、たじろいてしまう。



「横になって大きな声を出そうとすると、腹式になる。その感覚をつかめばいい。

でも、それでは根本的な解決になっていないです」

「えっ?」

「つまり、義愛は『歌う時の心構え』について言っているんだよー」



蒼龍は、胸を張って立ち上がった。



「ただ腹式をマスターしたといっても、歌が上手くなるわけじゃないんだよ。

伝えたい気持ちを乗せて、歌わないといけないんだ」

「伝えたい気持ち?」



私が問い返すと、蒼龍は元気良く頷いた。

私の伝えたい気持ちは――何だろう?アイドルになりたいのは、私自身が輝きたいため。内気な私を変えて、きらきらと輝きたいからアイドルになりたい。でも――それは私個人の気持ちであり、歌う先の人へ向けられる気持ちではない。

それに気がついて、愕然とした。



「私は――」



声は出る。

でも、今度は言葉が出ない。私が歌を通して伝えたいことは、何なのだろうか。

そんな私の悩む背中を、蒼龍はポンッと叩いた。



「歌はね、気持ちを伝えるんだよ!」

「気持ち、ですか?」



でも、その気持ちが分からなくて困っているのだ。

そのことを口に出す前に、蒼龍は言葉をつづけた。あっけらかんとした笑顔で、言葉を紡ぎ続ける。



「僕達は、お客さんたちに笑顔になってもらいたい。だから、笑顔で楽しんで歌っているんだ!」



にこやかな笑顔を浮かべた蒼龍は、きっぱりと言い放った。

その笑顔に、私は戸惑ってしまう。蒼龍が言ったことは、奇抜でもなんでもない。アイドルとして、歌手として、ロックバンドとして、あまりに当然すぎる答えだったのだから。



「いや、笑顔で歌うのは当然ですよね?」

「でも、今の夏音ちゃんは笑顔じゃないよ?」



指摘されて、弾かれたように手が頬に伸びる。

私の顔の筋肉は、これ以上ないくらい固まってしまっていた。

初めて気がついた――歌うことに夢中で、私はアイドルとして最も大事な要素「笑顔」を忘れてしまっていたのだと。



「笑顔はね、凄いんだよ。人を元気にさせる力があるんだ!歌う以上にね、笑顔は人を元気にするんだよ。だから、義愛ちゃんも笑顔で歌って欲しいんだけど――」

「……嫌です」



素っ気ない義愛の返事に、「やっぱり駄目だったかー」と青龍は笑う。

とても楽しそうなやり取りに、固くなっていた頬が少しだけ緩んだ。緩んだ頬に目ざとく気づいた蒼龍は、にぃっと悪戯っぽく笑みを深めた。義愛も、口元を緩めている。



「ね、笑顔になると楽しいでしょ?」

「ま、まぁ――そうですね」



頬に熱が集まる。

夕焼けに染まる音楽室に溶け込むように、頬も紅く染まっていくようだ。

私は――アイドルとして、何よりも大事なことを忘れていた。思えば、私は――最近、笑顔でいたことがあっただろうか?



いや、笑っていない。

笑った記憶がない。

大切なことに気がつかされて、恥ずかしくて仕方なかった。



「要は気合い」



義愛が、淡々と呟く。



「声は、その人の魅力いちぶ

心を込めて全力で歌えば、きっと心が伝わる」



まるで自分に言い聞かせているように、義愛が語りかけてきた。

見た目は男装の麗人で、同性の私も惚れてしまいそうな義愛だが、声は麗人とはかけ離れたアニメ声。十人が集まれば、何人かは拒否反応を示すであろう声だ。今までからかわれたことがあったのだろうか、それは私には知る術もない。

だが、そのコンプレックスを乗り越えて――義愛は、十人中十人が聞き惚れる透き通った歌声を奏でている。



自信を持って、心を込めた声を歌に乗せて放つ。



だから、義愛の歌声は人を惹きつけるのだろう。



「分かりました。私――頑張ってみます」



頬の硬さは、もうほとんど解れていた。

もし、目の前に鏡があったとするならば―――きっと、今の私は笑顔だろう。

染まる頬の色は、夕焼けのせいか。はたまた、別の何かか。それは分からない。

でも――この瞬間、「アイドル」の飯田夏音わたしは、初めて微笑みを浮かべていた。






「ところでさ、もうちょ――っと、化粧変えたらいいんじゃないかな?」



お辞儀をして去ろうとした私の背中に、蒼龍が声をかける。

まるで示し合わせたかのように、義愛は私の腕をがっちりつかんだ。



「化粧と言うか、髪型というか、なんだかアイドルっぽくないよ!

ちょっと待ってて、いまからメイクの仕方教えるから!髪型も、1つアクセ加えるだけで、ずいぶん変わるはず!!」

「えっ、あ、いや――ちょっと、そこまで迷惑かけられないというか」

「………せめて、髪型は変えた方が良い」



逃げようと身体を捻るが、「DQN’s」のオーラなのだろうか。

一歩も身体を動かすことが出来ない。メイク道具を取り出し、悪戯っぽい笑顔を浮かべる蒼龍が近づいてくる。



「大丈夫っ、すぐに終わるからさー!」

「ひ、ひぃぃぃぃ!!」



放課後の校舎。

がっちりと両脇を捕まれた私は、アイドルらしからぬ悲鳴を木霊させるのだった……。





アッキさんから、蒼龍君と義愛ちゃんをお借りしました。

※一部訂正


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