第48話 紅き猫耳カチューシャの誓い
「……詩織さん。わたくし、大学を辞めて、フィアンセのもとへ嫁ぐことになりましたの」
離れの秘密基地に落ちたその一言は、いつもの賑やかな空気を一瞬で凍りつかせた。
言葉を発した麗華さんの手は、握りしめた扇子の柄が白くなるほどに震えている。華小路家の事業悪化に伴い、政界の有力重鎮の息子との『完全なる政略結婚』が決定したのだという。相手側は高圧的で、麗華さんのプライドも、大学での学びも、すべて否定して、『大人しく家に入れ』と命じているのだと。
「華小路家の娘として生まれるとは、そういうことですの。……今まで、楽しかったですわ」
寂しげに微笑み、立ち上がろうとする麗華さん。かつての私なら、ただ動揺して涙を流すことしかできなかったかもしれない。
だが、今は違う!
ガタッと勢いよく椅子を引いて立ち上がると、真っ直ぐに麗華さんのもとに歩み寄り、その両手をぎゅっと握りしめた。
「ダメ……!絶対にダメです、麗華さん!」
「し、詩織さん……?」
「麗華さんは、私の大切なお友達です!私にツンデレで(あっすみません…)、いつも優しく寄り添ってくれて、私の背中を押してくれる……親友です!麗華さんの笑顔と誇りを奪うような結婚なんて、私は絶対に許しません!」
私の瞳には、いつもはおどおどしてしていたとは思えない、力強い意志の光が宿った。頭の上の『猫耳カチューシャ』の真珠が凛と輝いてる。
「……ふっ、言ったわね詩織。なら、本気で暴れるわよ」
腕を組んで佇んでいた紫苑様が、優雅かつ不敵な笑みを浮かべた。
「東条家本家、西園寺家、そして私が築いてきた社交界のネットワークの総力をあげて、その不躾な婚約者を叩き潰すわ」
「任せてほしい」とお兄ちゃんが、すでに最高速でキーボードを叩き進めている。
作業をしていたお兄ちゃんが、「相手側の後援企業の粉飾決済および、違法な政治献金の流れを把握。また個人として裏で行っていた違法取引の証拠データの収集を完了した。これだけあれば、婚約破棄どころか、相手方の政治生命が終了するレベルのログが揃ったよ」と。
「西園寺グループのメインバンクから、華小路家への融資切り替えおよび新事業提携の準備も完了しました!」と西園寺さんが誇らしげに伝えてきた。
お義姉さんは、麗華さんのために最高の『戦闘服(新しいモダン和服)』をデザインし始め、琴音さんは「景気づけです!」と新作和菓子を積み上げる。
「みんな……わたくしのために……っ」
涙をポロポロとこぼす麗華さんの肩を、私は優しく抱きしめた。
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数日後 両家が集う格式高い料亭の広間
威圧的な態度で麗華さんと華小路の両親を見下ろす婚約者とその父親を前に、突如として静かに足を踏み入れたのは、西陣織の振袖に猫耳髪飾りを戴いた私と、洗練されたスーツ姿の紫苑様、そして高級スーツを纏った西園寺さんの三人だった。
「な、なんだ貴様たちは!華小路の私的な席に勝手にーー」
怒鳴り散らす婚約者に対し、紫苑様が優雅に一枚の書面をテーブルに滑らせた。
「東条本家の東条紫苑です。そしてこちらが、我が東条家が誇る評価2位の東条詩織。……それ以上無礼な口をきくなら、あなた方の背後にある違法資金の全データが、今この瞬間に検察と報道機関へ一斉送信されますわよ!」
「なっ……!?」
顔面を蒼白にする婚約者親子。
そこへ、私はすっと前に出た。
「麗華さんは、東条家にとっても、そして何より私にとっても、代わりのいない最高のパートナーであり、親友です。利益のために彼女の誇りを踏みにじるような方に、彼女を渡すわけにはいきません」
私の声には、1000人規模の講義を成功させ、世界と対峙してきた『助手』としての揺るがない気品と威厳が満ちていた。
「華小路家の事業につきましては、西園寺グループおよび東条呉服店との新たな共同事業として、完全に再建いたします。……ですので、このご婚約は、本日ここで『破棄』とさせていただきます」
西園寺さんが静かに手向けた破棄書類を前に、ぐうの音も出ない婚約者親子は、逃げるように料亭を去っていくのだった。
料亭の庭園。夕陽が紅く染める庭のほとりで、麗華さんは静かに涙をぬぐった。
「……詩織さん。わたくし、一生あなたについていきますわ。……本当にお見事でしたの」
「ふふっ麗華さん。また明日から、秘密基地の離れで『ゆるゆる』とお茶を飲みましょうね」
優しく微笑むと、麗華さんはフンっと照れくさそうに顔を背けつつ、そっと自前の紅い猫耳カチューシャを取り出して頭に乗せた。
「……仕方ありませんわね。これからも、あなたの『最強の親友』として、お側で支えて差し上げますわ!」
誰かに守られるだけだった少女は、いつの間にか『大切な親友の未来』すらもその小さな手で鮮やかに救い出す、本物のカリスマへと成長していたのだった。




