第06話 負け知らずのお市ちゃん
「違うの……。違うの! 松平様!
私は、兄に命じられて、あんな役を嫌々……」
一ヶ月ほど前、私は初潮を迎えた。
遂にこの時が来たか、という気持ちだった。
姉さんによると、私はどちらかというと『軽い』ほうらしい。
「だから、ほら! 私の手を握ってください!
震えているでしょ? 本当に怖かったんです……。」
しかし、母親は重かった。激重だった。
顔を合わせるたび、説教を喰らわしてくる。
『女の幸せとは、殿方と結ばれることです』
『武家の女に生まれたからには、どんなに醜い相手でも受け入れなさい』
『理解はできませんが、あなたが女を好きなのは知っています』
『夫となる方の子を得てからにしなさい』
『夫とは別に好いた相手を持つ。そんなのは、ありふれたことですから』
『武家の女として、義務を果たしなさい』
実際は、もっと長く、だらだらと続くが、要点をまとめるとこうなる。
一週間前なんて、半日以上も正座したまま、休みなく説教を受けた。
さすがの私でも、これにはげんなりだ。
結婚そのものは御免だが、許婚を立てて母親を黙らせる作戦を考えていた。
「あっ……。ご、ごめんなさい。
わ、私ったら、殿方の手を勝手に!
ふ、ふしだらな娘だなんて思わないでください……。」
だが、史実の旦那である浅井長政、てめーは駄目だ。
父親との確執で家中をまとめきれず、右往左往。
挙げ句の果てに、ここぞというときに信長を裏切り、敗北した。
そんな敗北主義のドクロなんて、私が超エキサイティングにシュートしてやる。
「……でも、松平様の手、固くて大きいんですね。
男の人の手って、こういうものなんですね……。キャっ!?」
私は戦国時代をそれなりに詳しい。
数多いる綺羅星たちの中で、ついに見つけたのだ。
後の世に『徳川家康』と名乗る、『松平元康』こそ、私に相応しい。
天下を治めるに至るのは言うまでもなく、彼は忍耐と従順を兼ね備えた人物だ。
私が『待て!』を命じれば、彼はきっと忠実に従うに違いない。
これで、私は堂々と女の子たちと仲良くなれる。完璧すぎる計画だ。
もっとも、人生は長い。
一年に一度くらい『良し!』を与え、一人くらい子どもを作ってもいいかな。
「はっ!? ……竹千代!
市を娶らないか! 側室でも構わないぞ!」
ようやく、信長が察してくれた。
さっきから何度も目で促していたのに、我が兄ながら、ダメダメすぎる。
しかし、これで勝者はやっぱり可愛い、お市ちゃんだ。
「いや、暴力を振るう女性は嫌です」
ところが、元康は首を左右に振った。
「えっ!? ……えっ!? えっ!? えっ!?」
何を言われたのか、頭が拒否反応を起こし、私は呆然と立ち尽くした。
「聞き間違いかな? ……えっ!? 私、振られた?」
俯いて、こめかみを右手で掴む。
今も耳に残る言葉を頭の中で反芻し、顔をはっと上げる。
「いや、いや、いや! ない、ない、ない! あり得ない!」
慌てて立てた右手を何度も振った。
「だって、お市ちゃんはこんなに可愛いもーん!」
そして、小首を傾げながら両頬に人差し指を当て、にっこりと微笑んだ。
「では、もう一度言います。暴力を振るう女性は嫌です」
改めて、真っ直ぐに目を覗き込まれ、はっきりと告げられた。
私の時は止まり、笑顔が凍った。
「……ぷっ!?」
場を静寂が支配しかけた瞬間、信長が吹き出した。
「勝家!」
「ははっ!」
私の声に応えて、柴田勝家は跪き、その右膝に組んだ両掌を乗せた。
私は駆け、両掌の上で踏み切る。
勝家が持ち上げた力も利用して、私は天高く舞う。
「ムぅぅーーーンサルトプレス!」
「のわわわっ!?」
「た、竹千代おおおおおっ!?」
空中でくるりとバク転。
元康に渾身の体当たりを叩き込んだ。
「えいしゃ、おらっ! えいしゃああああっ!」
「ま、待て! は、話せば、分かる!」
続けざまに、元康の元へ駆け寄った信長に向かって、掛け声と共に駆ける。
跳んで、すれ違いざまに信長の首を抱え込み、その勢いを利用して、くるりと回転。
「トルネードDDTぃぃぃぃぃっ!?」
「ぐえええええっっ!?」
自分の体重をフルに使い、信長の脳天を大地に叩きつけた。
「さっきのはノーカン!
だから、可愛いお市ちゃん、大勝利いいいいいいいいいいっ!」
「さすがです! お市様!」
「お見事です! お市様!」
私が人差し指を天に勢いよく掲げ、勝利宣言した。
柴田勝家と木下藤吉郎が拍手喝采をし、私の勝利を讃える。
「いやいや……。どう見ても、負けだろ?」
「稲妻レッグラリアットおおおおっ!」
「ぐへっ!?」
しかし、そこにバカ犬がいた。
私は躾のため、その首に蹴りを放った。
――第一部、完。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




