第01話 お市ちゃん、大勝利!
海へ向かって、砂浜を歩く。
寄せては返す波の音が、穏やかに耳を満たす。
ミャーミャーと鳴く海鳥が、夕陽に赤くきらめく海面の上を横切っていった。
足先で軽く蹴り上げ、草履を脱ぎ捨てる。
まだ昼の熱をほのかに残した砂が、足の裏にやさしく伝わった。
心が、少し軽くなった気がした。
いっそ、着物も脱いでしまおうか。
ふと湧き上がった大胆な誘惑に抗えず、歩きながら着物を一枚、また一枚と脱ぎ捨てていく。
ああ、なんて軽い。
赤い腰巻きの帯にも手をかけ、ゆっくりと解いた。
今の私は、一糸まとわぬ生まれたままの姿。
そよ風が素肌をやさしく撫で、ふくらみ始めた胸をくすぐっていく。
足もとに、波がそっと触れた。
その冷たさを楽しみながら、私は右手で風に靡く長い髪をかき上げる。
そして夕陽へ向かって、そっと呟いた。
「神よ、私は美しい……。」
「アホだな」
間一髪入れず、無礼千万な言葉が飛んできた。
「俺も昔は『うつけ』と呼ばれたものだが……。
お前も大概だな。見ているこっちが恥ずかしくなる」
私は踵を返し、無言のまま砂浜を全力で駆け出した。
腕を組み、白けた顔で立っている兄。
『織田信長』の目の前まで走り寄り、勢いよく跳び上がる。
「ふんっ!」
「ぬおっ!?」
太ももで信長の顔を挟み込む。
体をひねり、落下の勢いをそのまま回転へと変えた。
同時に、信長の足首をしっかりとつかむ。
「フランケンシュタイナあああああっ!」
「ぐえっ!?」
次の瞬間、視界がぐるりと反転する。
信長の体は、容赦なく砂浜へ叩きつけられた。
「むむぅっ!? むむむむーーーっ!?」
信長は砂浜の上でもがき、必死に逃れようとする。
だが無駄だ。
私は股間を信長の顔へと押し付け、その両足をしっかり抱え込んだ。
さらに前のめりに体重を乗せ、逃がさぬように押さえつける。
「ワンッ……。ツゥーッ……。スッルィィィィィっ!」
二つ目を数えたあたりで、信長は早くも抵抗をやめ、ぐったりと力を抜いていた。
「だーーーっ! 勝者は、やっぱり可愛いお市ちゃん!」
こうしてまた、私の無敗記録が一つ増えた。
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「殿っ!? 信長様、しっかりしてくださいっ!?」
「う、うーーーん……。」
私は転生者だ。
戦国時代にタイムスリップして、憑依者までしている。
属性を盛りすぎだろう、と思っただろう。
安心してほしい。私もそう思っている。
「勝家!」
「はっ!」
「着物を着せて?」
「喜んで!」
そして極めつけは、名前。
後の世では『お市の方』として知られる、信長の妹。
つまり、織田市。
やったぜ。
戦国一の美女、確定である。
「猿か? 俺は……。
はっ!? おえええええええええっ!?」
「殿、水です! 水!」
ただ、致命的な問題が一つある。
私の前世、男なんだよね。
言葉遣いは、育つうちに自然と身についた。
立ち振る舞いも、母に厳しく躾けられて矯正された。
だけど、どんな美男子を見ても、心がときめかない。
私は、可愛い女の子が好きだった。
「市! お前のが口に付いたではないか!」
「ご褒美じゃん? 泣いて喜んで?」
「ああ、泣きたくなるわ! お前の嫁の貰い手の無さにな!」
今年、私は十三になった。
実を言うと、懇意にしている女の子が何人もいたりする。
同性というのは、実に便利だ。
ぐっと近づきやすい。
時には、信長の妹という立場を少しばかり使えば、あれよあれよという間に仲良くなれてしまう。
だから、信長には天下を取ってもらわなければ困る。
私は、まだ見ぬ可愛い女の子たちと、たくさん仲良くなりたいのだ。
「大丈夫! お嫁なんかいかないし!」
「勘弁してくれ!」
怖いのは、いわゆる『歴史の修正力』だ。
この世界が歴史通りに進むなら、将来、私は『浅井長政』に嫁がなければならない。
男に抱かれるくらいなら、私はハラキリを所望する。
試しに何度か想像してみたが、そのたびに吐きそうになった。
「ふふーん!
……って、勝家! 今、お尻にちょっと触った!」
「も、申し訳ございません」
「だぁーーーめ! 許さないんだから!」
「ああっ……。お、お市様っ……。」
しかし、私がお嫁にいかなかったら、どうなってしまうのか。
歴史のお市の方が産んだ、茶々、初、江の浅井三姉妹。
特に、茶々と江の子どもたちは、後の歴史に大きく関わっている。
でも、やはり私には子作りなんて無理だ。
どうしてもと泣いて頼むなら、一回くらいなら許してやろう。
「……顔を踏まれて喜んでいる。
俺の知っている『かかれ柴田』はどこへ行ったんだ……。」
「柴田様……。ずるいですぞ」
「さ、猿っ!? お、お前まで、いつの間にっ!?」
大名家の娘として、操はきちんと守っている。
だが、興味がないと言えば、それは嘘になる。
男女の違いこそあれ、前世でも結局、経験はなかったし。




